第5話 魔術と極北の石碑

“エルフ帝国末期に存在した「魔法研究所」、その基本的方針はかつて発見された極北の石碑の内容を解読し発展させることにあり、独自の方法を作り上げることには苦言を呈されていた。

これが後に魔法力減退の原因と見なされている”



「帝国における魔術って一体何だったんでしょうね」


 文献における「魔力を用いて」の頻出具合に、俺はつい先輩にそう言った。


「なんか知らんが、『極北の石碑とかいうものの知恵』とか言われていたらしいな」

「本当にあったんですかね」

「あったんだろう。物はないが、そこに行くための道は今でも残っている」



“「巡礼の森」


帝国の古都から連なる全踏破に一か月はかかる長い森。

極北の石碑が発見された際に帝国内への移設が提唱されたが全く動かず、やむを得ず森の方を石碑まで延ばしたという。

かの石碑がなくなった今も巡礼の道として使用されている”



「魔術の研究書などは教会も放置していないでしょう。石碑も同じような理由で無くなったんですかね?」

「うーん、まあ、そういう面もあったんだろうな」


 少し言葉に詰まって天を仰いだ先輩に、俺はさらにたずねた。


「そんな異端の術を使っていたから エルフたちの国は壊滅の目に遭ったという事でしょうか」

「教会はそう言いたいだろうがそうでもない。

そもそもエルフ達は聖樹を中心とする精霊信仰が中心だったはずだ」



“極北の石碑がどれだけ帝国民の魔法を変えたことか。

聖樹の威光の下に民が暮らしていた頃の魔法は、花や樹木など森に満ちた力をもとにした精霊魔法が主だった。


故に極北の石碑の知恵を持ち帰った賢者は、聖樹に仕える神官たちからは長らく異端とされてきた”



「つまり、そもそも魔術はエルフ達の中でも異端だった?」

「だから『魔』の術なんだろう。正当な術だと思っていたら『魔』なんてつけないだろ?」

「そんな術に何でエルフたちは傾倒していったんでしょうかね」

「精霊の力だけじゃどうにもならないことがあったんだろうよ」



"人々の中には未だに聖樹の巫女の世を立ち返るべき理想と思うものもいるようだが、暗黒の嵐の夜、我らは身も守れぬ獣に等しかった。


だが今、極北の石碑の知恵の下、森を覆う結界は作られ、幼子を不安がらせることなく朝を迎えられる日々を手に入れたのだ”


ある魔術師談



「つまり自分たちの安全を確保するために、支配していた精霊信仰に牙を向いた、と?」

「いや、それはどうかな」


 先輩は俺の言葉を言い過ぎと言わんばかりに まゆをしかめると、二、三の文献を書見台に並べ始めた。



“かの学士、僧正の面前にて「かの石碑を精査することで精霊の力の一端を理解でき得るやもしれぬ」と語れば、一同「何たる不遜」と眉をしかめり”


“学士 「かの石碑にすべての力の秘密が隠されているのだ!」”


“精霊の根絶を図った学士の係譜が魔法使いへと続いている”



「時代ごとに極北の石碑を見つけた賢者について言及した文を並べてみた。

後の世になるに従って、古の賢者は聖樹の神官の支配にたてついた危険人物として脚色されていったが、最初に言及された審問の場の本人の言動を見てみると……」

「まるっきり普通の学徒の言にも見えますが」

「ついでに言うと真ん中は聖樹に仕える神官の腐敗が著しい頃に帝国で流行った芝居に出てくる古の賢者の台詞だ」

「まるきり作り物じゃないですか!」

「だが後期にはほとんどの場で、古の賢者とはそういう人物だ、という一般的な知識として定着していることがほとんどの文献で見られる」


 俺は、時の流れの中で変わっていった風評の持ち主に一瞬思いをはせた。


「……俺達も、時の流れの中でただの学徒ではないように思われてしまうんですかね……」

「安心しろ。俺達の事が世の人達に取り沙汰されることはない」


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