第6話 ティーナイという国

“獣人を工房職人として抱えているのは事実です。

彼らは全てドワーフの名職人の指導の下、認められる品を作れるまで修行を積んでおります。

体毛が挟まっているのでは、と?

はて、ドワーフの職人も体毛は濃いですが、そのようなご心配を頂いたことはございませんな”



「この文から分かることが三つある。


 一つは、他の書物にほとんど出てきていなかったドワーフがエルフ社会においてどういう扱いだったのか。

 二つ目として、古都にはかなり大量の獣人と呼ばれた人々が働き手として存在していたこと。

 そして三つめとして、エルフ社会での拭えない差別意識はやはり存在していたということだな」


 作業の合間の休憩に宿屋の食堂への道すがら、俺は今作業中の書類について先輩の話を聞いていた。


「これは古都の著名人についてのエピソードをまとめたものだと思っていましたが」

「おそらくそういう対応が語り草になるほど異例だったんだろうよ」


 角を曲がって宿屋の玄関口まで来ると、珍しく荷馬車が止まっているのが見えた。

 戸惑う俺を安心させるかのように先輩が言った。


「見ろよ。 今話していた古都、今で言うティーナイからの差し入れだ」



“古都とも呼ばれるこの街と帝都のとの差は 一目瞭然だ。

帝都が石碑の知恵の恩恵で作られた魔法都市であるのに対し、古都は昔ながらのエルフの伝統を重んじているように見える。

一人あたりの樹木の数も古都の方が多く、『魔法の帝都と樹木の古都』とも称されている”



「やあ、休憩中かね? 牧場の景気はどうだい?」


 荷馬車の主らしい中年の商人がにこやかに言うのに、先輩は俺に目くばせで「余計なことを話すな」と警告してから対応した。


「まあ、そこそこかな。

今度新入りも入ったし。俺、教育係もやってるんだ」

「そりゃあすごいな。うんうん、いいこった」

「女将さんはいないのかい?」

「今ちょっと、奥に引っ込んどるよ。

そうだ。なんなら、荷運びを手伝ってくれんかね?品物のチェックは終わっとるんだ」

「構わないよ。自給自足じゃどうにもならないものも多くて配送の世話になってるからね」


 先輩は俺に目配せしてから荷物に手をかけた。



“「古都の街を支える労働者のうちの約半数が他種族の人々だ。

いくら人手不足という言い訳に甘えたとしても、難民を安易に引き受けすぎたのだ。

魔法を効率的に使用すれば、エルフだけでこの町は十分成立し得る。

平原の民は不要だ」


 パンにバターを塗りながら、某貴族氏は語った”



「おやっさんは図書室の事は知らない」


 商人の目が届かない物置の奥で先輩はそうこっそりささやいた。


「頼まれ仕事で荷物を運んでるだけだ。そうわかった上で喋ってくれ」


 俺は静かにうなずいた。


「あと、こちらから持っていく包みがあるはずなんだが、わかるかね? 国の偉いさんからの依頼なんだがねえ」


 戻った俺たちに商人が困り顔でたずねてきた。


「おかみさんがなんか言ってた荷物がありましたよ。持ってきましょうか」

「大事なもんなら出発直前に乗せた方が良さそうかね?」

「夜露に濡れていいもんかわからないですからね」


 先輩が奥から取り出した包みを渡された俺は、 それを商人に渡す際にその中身が何か分かった。


 植物紙の束。俺が翻訳した分もある、配布用の植物紙本だ。


「あらあらごめんなさいね、お待たせして」


 パタパタと奥からおかみさんがやってきたのに先輩が声をかけた。


「すんません、おやっさんに渡す荷物ってこれでよかったですかね?」

「ええ、ええ、それそれ。あとはこっちでやっておくわ。お疲れ様。休憩?」

「何ならこっちで茶ぐらい入れますよ」

「頼んじゃっていいかしらん。いつもの所にあるから」


 商人の対応をおかみさんに任せると、俺達は勝手知ってる台所の方へと行った。


 台所で、今届いたばかりの高級な茶葉を取り出すと先輩は言った。


「これらのものもティーナイから来ている。 あの国は文化で相手を殴る国だから」



“古都を支配する商工組合からの通達は以下の通り


一、エルフの住民は奥に隠し、来訪者への対応は人間か獣人が行うこと


二、周囲の外壁を越える者には何人たりとも武器を持ち込ませないこと


三、客は差別せず、すべて平等に、何百年も磨いた圧倒的な文化で、もてなしをぶちかませ”



「帝国文化の後継者を歌うティーナイは、安全のために文化と文明を切り売りにする宿命を選んだ。そのために常にネタ切れの恐怖が付き纏う」


 ポットに熱湯を注ぎながら先輩は言った。


「そこへここから必要な情報を与えるかわりに、自給自足で足りない分を送ってもらっている、というわけだ」

「ここのスポンサーというわけですか」

「ティーナイだけじゃないがね」


「おお。今夜、お前んちで泊めてもらっていいか?」


2人分の茶が入ったところで商人のおやっさんが先輩に声かけた。


「ここのお泊りじゃないんですか?」

「たまには姪っ子の手料理も食べたくなってな。お邪魔か?」

「うちのも喜びますよ。早いうちに知らせておきます。いきなりだと怒られるんで」

「嫁さんにしっかり尻に敷かれてんなぁ。いいこった」

「……先輩、結婚してたんですか?」


 商人が立ち去ってから俺は思わず問いただした。


「……嫁さんに客あるって知らせてくる」

「いや、ちょっと先輩……」


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2024年12月13日 12:00
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最果ての図書室 草屋伝 @so-yatutae

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