第4話 吟遊詩人の詩
“昔 世界が寒くなって
たくさんの人が南に行った
人がたくさん南に行って
森がどんどん広がった
斧や炎で戦った人は
ついには森に飲み込まれた
森を受け入れることにした人は
森の恵みを得ることになった”
古代から赤の部族に伝わる昔話
※
夕方の宿屋の食堂。
珍しく吟遊詩人が歌っている。
吟遊詩人に限らず他の客がいるのは、この宿には珍しいことだ。
「おや、お久しぶりです」
一曲終わって一息ついた吟遊詩人が声をかけてきた。
「お忘れですかね? ここをお知らせした旅の者です。無事に到着されたようで何よりです」
ああ、そうか。
彼は放浪中にこの最果ての図書室を教えてくれたあの吟遊詩人だったか。
「再会の記しに何か古いものでもやりましょうか。どうせ他のお客もいないようですし」
そう言って彼は手持ちのリュートをポロンと掻き鳴らした。
※
“見よ 魔法の砦に 弱者の鎚が打ち込まれる
ああ エルフの都よ
その手足にエルフを見たか
救いを聖樹に求めるな
成長を望んで 森ならざる力を手にし
森を飛び出した者どもよ”
帝国崩壊期の吟遊詩人の歌曲より
※
自分が大学を飛び出したのはもう何年も前のことになるだろうか。
大学で研究を行う学徒の端くれとして指導役の先達について日々資料を翻訳する日々。
大貴族への寄贈本の翻訳の下原稿に忖度の ための訂正を入れられ、「ここでは本当の意味での研究はできない」と大学を飛び出した。
自分を受け入れてくれる場所は他になく、ただ「文が書ける」、その一点を頼りに旅から旅への代筆屋としての流浪の身となり、もはや 学徒として身を立てることは叶うまい、そう思った時のことだった。
※
“破滅の獣 地に伏し
生き残った勇者は 憂いし顔を故郷に向ける
友と語った道はなく 愛しき者に手渡した花も絶え
聖樹の巫女は 高らかに宣誓す
聖樹の御力は 芽生えの力
汚されし大地に 太き根は張り
我らは再び ここを故郷にせんと”
古曲「破滅の獣と勇者」より
※
「随分と古い曲をやるものだな。『破滅の獣』とは、帝国最初期のころのことだろう?」
道端の木陰で掻き鳴らす吟遊詩人にふと声をかけると、思わぬいたずらでも見つかったかのように彼は首をすくめた。
「おっと。
まだ習得中ゆえお耳汚しはご容赦を。完璧に仕上げましたならば何処かの酒亭にてご披露いたしましょう」
そして彼がこっそり服の下に隠そうとした小冊子。
その植物紙の冊子こそが、ここ最果ての図書室から配布されたものだった。
しばらくの間、古い時代の話に花を咲かせることができる彼とはしばらく旅を共にした。
その別れ際、彼は一通の書状を俺に渡して言った。
「古い時代の歌の元となる文献を多数揃えた図書室が最果ての地にあります。
信頼が置ける学徒は喉から手が出るほど欲しいところですから、気が向かれたら行かれてはいかがですか?」
その紹介状によって俺はここに来ることができた。
※
“月は大地の 一人娘
独り立ちして 空に行った
だけどとっても わがまま娘
次から次へと 母にねだった
花 草 木の実 塩 鳥 獣
病の母などお構いなしに
怒った母は すべてひっぺがし
月は裸で 空にいる”
古くから伝わる遊び歌
※
「よぉ。
先生にいろいろ言われたのか?」
珍しく先輩が宿屋の食堂に顔を出したのは その一件について気にかかっていたからだろうか。
「なんか、ここの外の事情について色々聞きましたよ」
「まあ、ここがこんな場所にあるのも色々訳があってな」
「置いてある本は大丈夫なんですか?」
「まあ、大丈夫だ。
……とは言っても、あまり目立ったことはできないな」
「……ここなら学徒としての仕事ができると思ったんですが」
「配布する本を作るだけが学徒の仕事じゃない。
学び、研究し、引き継いでいくこともまた、仕事だ」
「できるだけ変えることなく」
「もちろん」
そう言い切る先輩に、俺は心の何かが慰められた気がした。
※
“お祖父さんが 狩りに行って
おばあさんは 木の実取り
子供はゆっくり眠って待ちましょう
お父さんが 枝を払って
お母さんは 水やり
子供はゆっくり眠って待ちましょう
お兄さんが 魔法使いで
お姉さんは お嫁さま
子供はたくさん寝て待ちましょう”
帝国の子守唄
※
「ちょっと!
ここは子供もいるんだから大人向きの歌は勘弁してちょうだい!」
厨房から女将さんの声が飛んでくる。
「いやいや、ちゃんとお嬢が寝るまで待ったじゃないですかー。
なんなら食器洗いとか手伝いますから、目こぼししてくださいよぉー」
歌い手とのやりとりを遠くから聞きながら、俺は先輩にずっと気になっていたことを聞いてみた。
「……天井裏の先生と宿の女将さんって、どうやって結婚までこぎつけたんです?」
「勘弁してくれ……。俺はもうあの人たちの事については首を突っ込まないと決めてんだ……」
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