第8話



キャロルは次の日には朝一の稽古に参加した。


「その状態で参加するのか」

騎士達さえも驚く。

「はい。素振りだけでも」

キャロルは答える。

別に骨は折れてないのだから、問題ない。


「意欲は認める。だが、無理はするなよ」

「はい。ありがとうございます」

キャロルは素振りを30分付き合ったのち、休憩した。


皆は1時間みっちり素振りしたのち、木剣で手合わせする。


その後、各々の得意な武器で訓練を始める。多種多様なので、なかなか面白い。

体術をずっと訓練している騎士もいる。


その騎士の所にキャロルは近付いた。


「どうした」

「先日はありがとうございました」

キャロルは頭を下げる。


「ん?ああ、体術訓練のことか」

「はい。あれが無ければ、死んでました」

「役に立ったなら良かった」

その騎士はにこりと微笑む。


「どれ、その話聞かせてくれ」

「はいはいはいはい」

その話を始めようとした所、ダリスが訓練場に現れた。


「ダリス様」

「キャロル嬢、まさか訓練していた訳じゃないですよね?」

そう問うダリスの顔が怖い。


「訓練はまだ先ですよ。ほら、日が無いんですからありとあらゆることを叩き込みますよ」

「……お、覚えられると思いますか」

キャロルは顔を引き攣らせる。


「当たり前でしょう。閣下の側近がそんなんでどうします」

「っ!」

そう言われるとキャロルは気合いを入れた。


本当に扱いやすい娘である。

ダリスは内心で苦笑しながら、邸内に彼女をつれて戻っていくのだった。







「こ、これも見て良いのですか」

キャロルはダリスについて回りながら尋ねる。

なかなかに機密情報だと思うのだが。


「寧ろ、このお仕事がメインでしょう。側近なのですから」

ダリスは普通に帳簿とかを彼女に見せる。

「緊急の物やあなたでは無理そうな物は終わらせています。あまり気負わず、やってみて下さい」

彼は色々と教え込む。


「収支、取引先などやっている内に分かるでしょう。特に注意しないといけない相手もいません」

「……本当ですか?ダリス様がいなくなった途端、ややこしい人が来るとかそんなのないですか」

キャロルは不安げな顔をする。


「ひと月保たせてくれたらそれで良いのです。妻の出産が終われば帰ってきますから」

「絶対ですよ?」

「はいはい。何なら、私の家教えておきましょうか」

ダリスは言う。

「是非!なにかあった時、聞きに行きます」

キャロルは大きい声を上げる。


「分かりました。では、また地図を描いておきます。あと、明日なんですが」

ダリスはチラと彼女を見る。


何を言われるのか、キャロルはビクつく。


「明日の夜、皆で食事を摂りますよ」

「皆?ですか?皆とは?」

「邸の者全員です」

ダリスは微笑んだ。


「さあ、とりあえず、あなたは閣下の側近なのですから閣下のことを把握しなければなりません」

「はい」

「閣下の好みや趣味など色々と伝えます。勿論それは他言無用です。それをもし誰かに喋った場合、などの契約を結んでもらわねばなりません」

ダリスは紙を1枚取り出す。


そこには、アーサー・ウォン・ヴァレンティアガの側近になるにあたり、遵守すべき項目と書かれている。

彼のプライベートのことを話さないこと。相手が大公より上の立場の者で且つ信用のおける者にしか話してはいけないこと。


「これは、陛下ご夫妻くらいしかいないのでは?」

キャロルは苦笑する。


次に大公に不用意に触れないこと。


「これは流石に間合いに入るのに結構勇気がいるので、難しいので大丈夫です」

キャロルはこれについても苦笑する。


それと、大公のことを詮索しないこと。


「詮索、ですか」

キャロルはダリスを見る。

「はい。閣下の身の上話や過去のお話、などです」

「……?なにか変な過去がおありなのですか」

キャロルは首を傾げた。

その言い方だとそういう風に聞こえる。


「いえ、ありません。ですが、閣下はあまり話したがらないので節度は保って下さいね、ということです」

「かしこまりました」

キャロルは頷く。


「あ、でも、前に戦の話聞いてしまいました。大丈夫だったのでしょうか」

不安げな顔で尋ねる彼女。

「あれに関しては大丈夫です。閣下も変な空気を出していなかったでしょう?」

「はい」

「あなたならば、閣下の空気が分かると思うのでそれは読んで上手くして下さい」

「かしこまりました」


「で、では、閣下に無闇に近付いてくる者達はどうすれば良いのですか」

色んなパーティーで大公に近付いてくる輩がたくさんいる。

大公は社交的に振る舞っているが、空気がどんどん怖くなっていくのは見ていて分かる。


「よっぽどだと思ったらどうにかして下さい」

「……わ、分かりました」

キャロルは答える。

どうにかするってどうすればいいのか不明だが。


彼女は隈なく書類を読んでから、署名捺印した。


「はい。では契約は終わりです。改めて、よろしくお願いしますね」

ダリスは言った。


「あと、女性1人ですので何かと不便があるやもしれません。セクハラがあったりとかあれば、遠慮なく言って下さい」

「……もし、それがあった時はどうするのですか」

「処分しますのでお気遣いなく」

ダリスはにこりと答える。


「紅一点ですので、本当にどうなるか分かりません。あなた自身が過ごしにくいと思えば辞めてもらっても構いません」

「え!そんな!」

「私もあなたには居て欲しいです。ですから、なにかあれば必ず言うこと。まあ、私すぐにいなくなるのですが、騎士達になら喋りやすいでしょう?」

ダリスは言う。


このキャロル・ファン・リードを逃したくない。

あの大公が認めた女性なんて初めてだから。


「むしろ、何で女の私を採用してくれたのですか」

キャロルは尋ねる。

大公邸は女を働かせていないのに。何故。

一緒に仮採用で働いていたリュークとニックが不出来だった訳ではないだろう。


「先日の食事会が最終審査だと言いました。決め手は完全に閣下の好みを知っていたあなたの行動ですね」

「ですが、護衛としては失態でした」

キャロルは言う。

結局、大公に出張ってもらったので、失態には違いない。


「いえ、自分の実力が分かっているからこその勝たなくていいという発言は良かったかと。実力が伴っていないことを公言出来るのはなかなかですよ」

ダリスは微笑む。


「そのまま精進しなさい。リード伯爵邸では無理だったかもしれませんが、この大公邸なら伸びます。確実に。もっと、強くなります。食らいついていきなさい」

「……はいっ!」

キャロルは元気良く返事した。


「では、こちらの書類を仕分け、各部署に届けたのち、閣下の護衛を」

「承知しました」

キャロルは書類作業に入る。


彼女が執務する場所はダリスの執務室だ。

その隣に大公の執務室がある。


「私は今から閣下とスケジュール調整して来ます。なにかあれば隣の部屋へ。あ、もうこの邸では迷わないんですよね?」

ダリスは確認する。


「流石にもうひと月ですので、覚えました!」

「ならば良かった。では、よろしくお願いしますね」

ダリスはそう言って、部屋を出ようとする。


「あ」

出る間際、ダリスは振り返る。


「これからよろしくお願いしますね」

「はいっ!」

キャロルは笑顔で答えるのだった。


ダリスは彼女の笑顔を見て、微笑んでから部屋を出た。


「………さて、何処まで使えるか」

彼は呟く。


側近の仕事はあまりにも多い。

経理、人事、料理人、騎士、雑務をこなす使用人等、色んな場所から報告が上がり、それを纏め上げる。


仮採用期間は、掃除などの雑務をこなさせ、騎士と同じようなきつい訓練をさせることでふるい落とすものだった。


これからは、それとは全く違う仕事内容になる。報告書を読めて理解出来無ければ話にならないし、不審点があれば指摘しなければならない。


「どうだ?」

アーサー大公は部屋に入ってきたダリスに尋ねる。


「さあ、どうでしょうか。まあ、見てみましょう」

「使えなければ、お前は休み取れないぞ」

彼は脅す。


「そんなの関係なしに休みは取りますよ」

ダリスはあっけらかんと言う。

「仕事より、家族の方が大事ですから」

「……俺も大事だろう?」

アーサーはそんなことを言う。


「気持ち悪いこと言わないで下さいよ」

ダリスは睨む。

「妻に決まってます。婚期を逃した私を好いてくれた珍しい女性なのですから」

「寂しくなるな」

「ですが、あの娘がいますから寂しくはなりませんよ。楽しくなるのでは?」

ダリスは笑う。


「今のところマイナス点はないが、俺は女だからと言って甘くはないぞ」

「承知してます。それより、明日は歓迎パーティーですからね」

「了解」

2人はそれから仕事を始めるのだった。

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