第7話



「ちっ」

キャロルは舌打ちする。

侵入者は5人。2人は背後から襲撃出来たので、難なく伏せれたが、そこで存在がバレた。


3人は彼女を囲むように配する。


妙な気配は侵入者だった。


(さて、どうするか)

キャロルは考える。


侵入者3人、得物は短剣。隙もない。レイピアを振るうと、間合いに入られる。


(この事態を想定しての訓練か……っ!)

キャロルは舌を巻いた。

接近戦である。


キャロルは素手で構えた。


「はっ。素手で勝てるとでも?」

その侵入者は嘲笑い、踏み込んだ。

短剣を彼女目掛けて振るい、キャロルは頭を後ろにして躱す。


すると、後ろから彼女の背中を狙って短剣を刺してこようとする者が1人。

半分だけ体を捩ることでそれを避けたキャロル。


前後で攻めてきた侵入者達は互いがぶつからないように上手く避けるため、距離を取る。

そして、その隙にキャロルが逃げられないよう、もう1人の侵入者が彼女を襲う。


「ちっ!」

キャロルは短剣を持つ相手の肘を上手く押さえ、膝蹴りをかまそうとするが、それは止められる。


「ぐっ!」

キャロルは後ろに飛んで距離を取る。


「何しに来たわけ」

彼女はまた手を構え直し、尋ねた。

集中していないと大怪我を負う。


「戦の鬼の首を」

その侵入者は短剣を構え直し、にやりと笑って答えた。

「ならば、余計に通す訳にはいかない」

キャロルは彼らを睨みつけた。


「やれるものならやってみろ」

侵入者達は3人一斉に襲いかかった。


(集中…っ!)

キャロルは1人目の攻撃を避けてそのまま腕を掴み、2人目へ投げる。

2人目がモロにそれに当たって体勢が崩れ、3人目は上手く躱すと反転してキャロルに向かってくる。


短剣、足、短剣、くるりと体を捻って肘。


「ぐっ!!」

胸に肘鉄が入った。だが、倒れてられない。

そいつは、そのまま追い討ちをかけるように彼女の顔面目掛けて短剣を振るう。


短剣が頬を掠めた。


接近戦で教えてもらったことは2つ。

集中と致命傷だけは絶対避けること。


「っ!」

首を庇った腕から血が流れる。だが、それは致命傷じゃない。痛いだけ。

(我慢しろ…っ!)

キャロルは言い聞かせ、ぐっと足を踏ん張る。


髪が切られようが、顔に傷がつこうが、腕からいくら流血しようが、致命傷じゃなければ問題ない。


「ちぃぃぃ」

キャロルは無謀にも特攻していき、マントを翻しそこにいるように見せかけ、攻撃に転じた。


1人の足を力任せに踏んづける。

そして、申し訳ないがそのまま股蹴りをかます。


「ぐぁぁああああ」

悶える侵入者。そのままお股を踏み台にして、キャロルは飛んだ。


(………)

見ているだけで悲惨すぎる。彼女を見張っている影は顔を歪める。なりふり構っていられないのだから仕方ない。


「こんの!くそがっ!!」

キャロルは唾を吐くと力任せに足蹴りをかます。

回し蹴り、顔面を狙った拳、短剣を避けながらの体術。

前後左右から時間差を使った残り2人の攻撃を必死に躱す。


もう躱すことだけに集中する。反撃の隙があればしてみせるが、あまり上手く入らない。


「………よくやった」

限界だったとき、ふと、声が聞こえた。


一瞬にして、侵入者が地面に伏せられた。


「…はっ…」

キャロルは息も絶え絶えに地面に膝をつくと、見上げた。

そこには大公がいた。


「か、閣下……っ」

「よくやった方だろ?」

彼は見張りの影に尋ねた。


「……ですね」

影は姿を現し、答える。


「立てるか」

大公は尋ねる。

「……恥ずかしながら立てません」

キャロルは顔を歪めながら答えた。


「修練が足らんな」

「申し訳、ございません」

彼女は謝りながら、意識が遠くに飛んでいくのを感じた。大公が来てくれて、安心してしまったのだろう。


瞼が落ちていくのを感じた。


「!」

傾いでいく彼女の体を慌てて彼は受け止める。そして、彼女を横抱きにして立ち上がった。


彼女の全身はぼろぼろだった。血もこびりついているが、不思議と大怪我はない。


「致命傷だけ、避けたか」

大公は呟く。

「はい。見込みありますよ」

影は答え、流血している腕は布を巻いて縛っておく。


「ダリス、帰るぞ。そちらは終わったか」

大公は振り返り、口を開いた。

ダリスが歩いてくるのを見て、影は姿を消す。


「終了しました。2人採用でも構わないと思っていたのですが、どう足掻いても合格はその娘だけですね」

ダリスは答える。彼は1人だった。リュークもニックもいない。


「では、帰るぞ」

大公達は王宮に背を向けた。





「……!!!」

キャロルが目を覚ますと、そこは大公邸の自分に与えられた部屋だった。


「ああ、目を覚ましたか」

そう声をかけてきたのは、邸の騎士だった。


「……っ!」

起き上がろうとしたキャロルだったが、体が痛すぎて起き上がれず、顔を歪め呻く。


「ああ、無理するな」

その騎士は彼女の体を支え、ゆっくり起き上がらせる。

「すいません。お手数おかけして」

「これくらい何ともない。が、包帯を巻いたりするのに服を捲ったり体に触った。それは許してほしい」

騎士は頭を下げた。


「それはお気になさらず。私が弱いのがいけなかったのですから」

キャロルは水をもらい、嚥下する。


「とりあえず、目覚めたことを知らせてくるから、ゆっくりしてろ。飯は食えそうか?」

「お腹は……すいてます!それより、あれから大丈夫だったのでしょうか」

「ああ。閣下がいたから大事にはならないさ」

「流石、閣下」

「だから、お前は自分の体を治すことに集中しろ。ついでに食事も持ってきてやる」

「はい。ありがとうございます」

その騎士は笑顔で部屋を出た。


キャロルは自分の体を見る。

どうやら腕の負傷が1番多い。動かすと痛い。

だが、何処も折れていないし、日常生活は問題なさそうだった。

思わず安堵の息をつく。


怪我具合を確認し終えた所、扉がノックされた。


「入りますよ」

ダリスの声だ。

ダリスと大公が入室してきた。


キャロルは寝台から降りて跪拝しようとする。


「その姿勢には感心しますが、怪我をしているので大人しくしていて下さい」

ダリスは彼女の動きを制す。


彼と大公は近くの椅子に腰を下ろした。


「ということで、まずは、体調は如何ですか。熱っぽさとかは?」

「ありません。それより他の方はお怪我はなかったですか」

「大丈夫です。あなたが食い止めましたからね」

ダリスは微笑む。


「よくやった」

大公はそう一言発した。

その一言だけでキャロルは嬉しくなり、顔が綻ぶ。


「よく食い止めたな。あちらの方が格上だったろう」

「……はい」

キャロルは悔しそうな顔をした。

「結局閣下の手を煩わせる形になり、申し訳ありません」

彼女は深く頭を下げる。


「それに関しては仕方あるまい。このまま鍛錬は続けよ」

「はいっ!」


「それと、仮採用だったのを本採用とさせて頂きます」

ダリスは言った。

「……?え!本当ですかっ!?」

キャロルは目を見開く。

「ええ。よく、閣下の好みをご存知でしたね」

「?そのこと、ですか?これだけ一緒に過ごしていますから、分かりますよ」

キャロルは首を傾げながら答える。


それが分かる方が凄いのだ。リュークとニックは気付いていなかったのだから。


「とりあえず、あと5日で私は休暇に入ります。子供が産まれたら帰ってきますが、それでも時短勤務になりますので、仕事の殆どをあなたに任せることになります。いけそうですか」

ダリスは言う。


「やるしかないので、やります」

キャロルは答えた。

その答えを聞いて、ダリスは唇の端を上げる。


「今日はゆっくりお休み下さい。明日から忙しくなりますよ」

その言葉にキャロルは顔を引き攣らせた。


「私は先にお暇します。食事が来たようですから」

ダリスは腰を上げる。

大公も一緒に腰を上げた。


扉をノックする音が聞こえ、騎士が食事を持って帰ってきた。


「じゃあな、キャロル嬢。これからよろしく」

大公は部屋を出て行く間際、そう言って去って行った。


騎士は頭を下げて彼らを見送り、その後に部屋に入る。


「1人で食べれそうか」

騎士は尋ねる。

「……む、難しいかもしれません」

キャロルは答えた。


「俺が手伝ってもいいか?」

「お願いします」

「それで、閣下は褒めてくれたか」

「はいっ!!」

キャロルは嬉しそうな顔を向けた。


「なら良かった。ようこそ、大公邸へ。改めて、これからよろしく」

「よろしくお願いしますっ!!」


キャロルは正式に大公邸の一員となったのだった。

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