第6話



食事会当日。

リュークとニック、そしてキャロルは緊張していた。


現国王ノルンの隣に座る王弟大公、アーサー。

このパーティーの主催側だと言える席の位置だった。おかげで試用中の身の3人は、内心ビビり散らかしている。

ダリスは少し離れた所に控えている。


大公の元に次々と令嬢達が挨拶に来ており、それだけで予想していた食事会と違うかった。

彼女達の挨拶が終われば、皆食事へと移る。

客達は立食形式でそれぞれの家と牽制し合いながら、話を交わしている。


「どうだ、アーサー。誰かいるか」

「何をお聞きしているのやら。私は結婚しないと言っているでしょう」

国王に小声で尋ねられ、大公は笑顔を貼り付けたまま上手に反対のことを告げる。


「アーサーのことが好きな奴は沢山いるんだがなぁ」

国王は呟く。

「気のせいですよ」

大公はため息をついた。


「リューク。酒を持って来い」

彼は振り返り、リュークに頼む。

リュークが動き、ニックもなにかつまみを取りに行く。


キャロルは護衛。2人がいなくなったことで、彼女は一歩半だけ前に出た。

きちんと護衛を遂行しようとしている彼女に大公は唇の端を上げる。


彼の間合いに入らないギリギリの所までちゃんと近付いてきた。


「……ところで、後ろの騎士は誰なんだ」

国王はチラと一瞬だけキャロルの方を振り返り、弟に尋ねる。

「私の護衛ですよ、兄上」

「は?お前に護衛は要らんだろう?しかも女じゃないか。それも、手練れ」

「側近仕事に応募してきた奇特な娘ですよ」

「何処の家の娘だ。そんな奇特な娘など……」

国王は呟きながら、はたと思い至る。


「リード伯爵家のじゃじゃ馬か!」

「そんなに有名なのですか」

その言葉に大公の方が驚く。


「お前、本当に興味ないよなぁ」

国王はため息をついた。

「キャロル嬢、聞こえているだろう?」

2メートルほど離れてはいるが、大公は振り返って彼女に問いかけた。


「はい。私の噂を知らないのは、閣下くらいです」

キャロルは答えた。

「……だがまさか、ここまで手練れだとは思っていなかった」

国王が彼女を上から下までじろりと見る。


「手練れではありません。閣下の足元にも及びません」

「謙遜はいらない」

国王は言う。


きちんと弟の間合いを把握し、それ以上近付かない賢明さは手練れの証拠だ。


「閣下、お待たせしました」

リュークが酒をニックがつまみを持って帰ってきた。

それを見て、国王とダリスが顔を歪めた。

キャロルは目を瞬く。


「閣下。少し離れることをお許しください」

キャロルは進言した。

「ああ」

大公はその酒とつまみをそのままキャロルに渡す。


彼らが持ってきたのはオーソドックスな酒とよくあるつまみ。所謂ありきたりな物ばかり。


「お待たせ致しました」

キャロルが持ってきたのは、別の物。

少し辛い酒と塩辛めのつまみ。しかも、肉の塩焼きと魚介の塩漬け。

あと、少しの野菜。ソースもいくつか取ってきている。

跪いてそれらを見せるキャロル。


「この野菜は?」

大公は片眉を上げながら尋ねる。

顔は怖い。だから、リュークもニックも戦々恐々としていた。


だが、キャロルは恐れていない。

何故なら、顔は怒っているように見えるだけで雰囲気は怖くないから。

怒っているなら、威圧される筈だから。

だから、彼女は思い切って口を開く。


「お野菜の摂取量が少ないですので、少しだけ取って参りました。閣下が好きそうなソースも選んでいます。お好きなつまみを取って来ましたので、それに免じてお野菜も食べて下さいませ」

「………」

大公は無言。


「くく。これはこれは、2人目のダリスじゃないか」

国王は笑う。

「………よく私がこれを好きだと知っていたな」

塩辛いつまみを指差す大公。


一口大に切った塩だけで焼いたステーキと魚介の塩漬け。


「何の為の側近ですか。給仕に掃除、訓練などあらゆる邸の人と接するのですから、閣下の好みくらい分かります」

「だが、私は言ったことがないだろう?邸の者も言わなかったはずだ」


大公の好みがこれであれで、など詳細を語るような者はいない。

それはバラすことと同義。弱点になりうるからだ。


「食事も偏ったメニューでは無かったはずだ。なのに、何故知っている」

バランス良く出されていたし、残しもしなかったはずだ。


「晩酌しているのを知っているからです」

「あー、晩酌のつまみをつくっているのを見たのか」

大公は気付く。

「そうです。それもあります」

「他に何がある?」

彼は眉間に皺を寄せる。


「戦の話を騎士達からよく聞いていました」

「?ああ。それがどうした」

「遠征や野営で食べた時のこれが美味しかった、などは過去の話としてぽろぽろとお聞きします」

キャロルは笑顔で答えた。

「成程」

大公は唇の端を上げる。


遠くで控えているダリスも会話を読唇し、大公と同じく唇の端を上げた。

閃き、気付き、それは側近にとって大事な要素だった。


「酒は?お前達の前でこの酒を飲んだことはないぞ」

「はい。知っています。ですが、晩酌はこれでしたでしょう?閣下の為の食事会だということはここに来てすぐ分かりましたので、兄君であられる陛下なら閣下の好きな物を用意しているのは当然です」


「晩酌の現場を見たこともないのに、何故この酒が好きなのを知っている。おかしいだろう」

「それは簡単です」

キャロルは微笑む。


「掃除をするということは、ゴミ出しもするのです」

「………空き瓶か」

大公は尋ねる。

「仰る通りです。このお酒の空き瓶が定期的に出ていましたから。皆さんで飲むならもっと多く空が出てもいいのに、一本ずつ定期的でしたから」

キャロルは答えた。


「はっ。気に入った」

大公は笑った。

こんな大衆の面前で、珍しく、心からの笑顔。


「っ」

国王が目を見張った。

「リード伯爵息女。やるじゃないか」

彼はそうキャロルに言った。

「恐悦至極に存じます」

キャロルは低頭する。


「キャロル嬢も食うか?」

大公は尋ねる。

「まさか。冗談はよして下さいませ。後ろにいますので、なにかあればお呼びを」

キャロルは会話を終わらせ、後ろへと下がった。


大公に認められた彼女を見て、リュークとニックは歯噛みするのだった。





アーサーは相変わらず、退屈そうにこの食事会を過ごしていた。


令嬢と共に来た家長達は、それはそれはもう大公に媚びへつらうので、彼の機嫌がどんどん悪くなっていく一方だった。


もうそろそろお開きだという頃、アーサーがふと立ち上がった。

その数秒後、キャロルも辺りを見回す。


彼が立ったことで皆が彼に注目した。


「閣下。こういう時の側近です。そのままこちらで待機していて下さいませ」

キャロルがアーサーの背後に近付き、小声で告げる。


「陛下のお傍に」

「お前が勝てる相手か」

大公は殆ど唇を動かさずに問う。


「勝てなくても良いのです。皆の避難誘導が終わるまでは耐えてみせます」

キャロルは少し緊張しながら答えた。


「出来るのか」

「耐えるだけなら。勝たなくて良いのならば」

彼女はそう答える。


「ならば良い。任せる」

「御意」

キャロルは踵を返し、素早く会場を出た。


「………何処に?」

リュークとニックは顔を見合わせる。

「良い。気付かん方が幸せだ」

大公はそう答えると、また腰を下ろした。


ダリスは一応つれてきていた気配を消している護衛に命を出した。


「お手並み拝見といこう。とりあえず、出来るだけ手出しは無しで」

「御意」

影の護衛はキャロルを追った。



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