第5話
それからと言うもの、大忙しのキャロルだった。
まず、自分の荷物を運び入れて整理し、すぐさまダリスから粗方の説明を受ける。
試用してくれるというのだから、それはもう彼女は二つ返事で了承し、両親の許可など得る間もなく大公邸へと越してきた。
邸内の把握、人の名前、仕事内容もそうだが、覚えることがたくさんあり、頭がパンクしそうになるキャロル。
伯爵邸と違い、こちらは大公の邸。
使用人の数も広さも部屋の数も段違いだった。
そして、キャロルより先に試用されているカディラ子爵家の次男坊であるリュークとフランベ男爵家の三男坊であるニックと3人で仕事を覚えていく。
しかも、皆違うことをやっていくのだ。
キャロルは初めの1週間、ひたすら掃除と給仕をしていた。リュークは側近仕事。ニックは騎士との基礎訓練。素振りや走り込み、筋トレなどである。
三者三様の仕事内容をこなし、1週間経てば他の人がやっていた仕事を申し付けられ、交代しながらやっていく。
基本、ダリスと大公はすれ違った時くらいしか挨拶しない。
キャロルは基本、跪拝で挨拶するが。
そんな彼女達の経過を、ダリスと大公は晩酌しながらいつも話をする。
「カディラ家の次男坊はどうなんだ」
「リューク殿ですね」
ダリスは言う。
興味のない者の名前は覚えられない大公。
「子爵家の手伝いをしていただけあって、経営などはよく分かっていますよ。帳簿も読めますし、特に問題はないです」
「ふぅん。だが、剣は使えんのだろう?」
「ええ、まあ」
ダリスは苦笑しながら答える。
「で、もう1人のガタイのいい奴は?」
大公は尋ねる。
「ニック殿ですね。彼は力仕事に向いていますよ」
「だが、それだけだろう?」
「意欲はありますね。知らないことも覚えようと必死ですし、まあ地頭の方はそこまで良くないのかもしれませんが」
ダリスは苦言を呈す。
力仕事は出来るが、物覚えと効率が悪い。
今まで家の中でしか過ごしたことがないことが丸分かりだ。
「ふむ。そうか」
そう言って大公は酒を煽る。
「……それだけ、ですか?」
ダリスは尋ねる。
「ん?後、何がある?」
大公は酒のつまみを口にした。
「もう1人のことは?」
「あー、キャロル嬢か?彼女のことは聞かなくても構わん。皆から話題に上がるため、よく耳にする」
彼は答えた。
「まあ、そうですね。今日は何をお聞きになりましたか」
ダリスは少し笑いながら尋ねた。
「そうだなぁ。朝一の騎士達の稽古に一緒に混じっているのを聞いた」
「どうやらそうらしいですね。ここに来てから、1日も欠かさず。しかも夜も稽古していると」
ダリスは立ち上がり、窓から訓練場の方を見てみる。
訓練場では、まだ稽古している騎士達の声がよく聞こえる。
もうすぐ日が変わるというのに、本当に脳筋共だ。
「らしいな。本当に、よくやる。女だが、体力はその2人よりはある」
大公は言った。
騎士を目指すなら体力は必須。いつ戦に出掛けてもおかしくないのだから。
それに、大公邸の騎士達は邸だけでなく、町の巡回もおこなっているし、他領への出張、護衛任務や用心棒など様々な職務をこなす。
王宮騎士に抜擢されてもおかしくない実力を持っているのが、この邸の騎士達だ。
なのに、名誉ある王宮騎士ではなくこの大公邸に勤める理由は、本当にただ単に大公を崇拝しているから。それだけだ。
「何やら、マッサージなどもしているようだが?」
「らしいですね。それも好評だとか」
「俺もしてもらおうかな」
なんて、冗談っぽく言う彼にダリスは驚く。
「本当にあの娘には興味がおありのようですね」
「興味?いや違うだろ。今まで見たことのない令嬢だったから、つい目がいくだけだ」
それを興味があると言うのだが、とはダリスは言わなかった。
「あー、それと、閣下。こちら、また陛下から届いております」
ダリスは懐から手紙を取り出す。
「げ」
彼は嫌そうにそれを受け取り、中身を見た。
「出た。兄上は相変わらずだな」
彼は顔を歪めて呟く。
その手紙の内容は、食事会だった。
食事会という名の年頃の令嬢を集めての、大公の婚約者を募るパーティーだ。
何十回、何百回言っても、兄であるノルン国王は弟大公の嫁を探そうとする。
「馬鹿だよなぁ」
彼は呟いた。
「まあその話もまたされるのでしょう」
ダリスは苦笑する。
「本当に一生独身のおつもりですか」
ダリスは確認する。
「いつも聞くが、勿論そのつもりだ。第一ここまで女に見向きもしないなら、そろそろ諦めるだろ」
大公は酒を煽る。
「そう思っているのは閣下だけですよ」
ダリスはため息をつく。
大公本人が知らないだけで、まだまだ色んな家から縁談が舞い込んで来ている。
縁談の手紙や絵姿を送られてきたりしたら、大公はそれはもうとてもとても不機嫌になり大変なので、ダリスが処分している。
邸の中が一気にピリつくのだ。
だが、性懲りも無く皆は大公と縁を結びたくて諦めずに手紙を送ってくる。
「まあお好きにしたら良いですが」
ダリスはため息をつき、彼に向き直る。
「この食事会、試用期間の彼らの最終試験とさせてもらっても構いませんか」
彼は提案した。
「ほぉ。あれらを連れて行くのか」
大公は面白そうな顔をする。
「ええ。面白いでしょう?」
ダリスはにやりとする。
「ああ。面白い方が人生は良い」
「そうでしょう。当日は楽しみましょう」
ダリスは意地悪く笑うのだった。
♢
「へへへへへ陛下との食事会、ですか」
ニックは唇が震える。
この三男坊、ガタイはいいくせに小心者である。
「わ、私達も、ですか」
リュークも一気に表情が強張る。
「ええ。最終試験です。あなた達が適応出来るかどうか」
ダリスはにっこりと答える。
「かしこまりました。私は騎士服でも構いませんか」
キャロルは素直に了承し、尋ねる。
「あなたの好きな格好で構いません。それも審査範囲です」
ダリスは答えた。
「承知致しました。出席者をお伺いしても構いませんか」
キャロルは尋ねる。
彼女も勿論緊張しているが、大公に恥をかかせなければいい。自分の仕事を遂行すればいいだけのこと。
別に国王となにか話す訳でもないだろう。
「出席者はこちらです」
ダリスが人物名が載ったリストを一人一人に渡した。
「ありがとうございます」
キャロルは受け取ると確認する。
「やはり、王子殿下達も参加されるのですね。承知致しました」
「まあ、親族ですので、仕方ありません」
ダリスはにこりと微笑む。
「さて、お三方。来ますよね?」
彼は3人をじっと見つめた。
「私は参ります」
キャロルは答える。
「……わ、私も」
リュークは強張った表情のまま、口を開いた。
「私も参加致します」
ニックなんて、どんどん顔が青ざめていって居るのにも関わらず、参加すると答えた。
「では、そういうことで。3日後です。各々、準備しておくように」
ダリスは皆に言い渡し、その場を去って行くのだった。
キャロルもすぐさま部屋を出ると、仲の良い騎士達の元へと向かう。
3週間経って、ようやく行きたい所に行けるようになったキャロル。
方向音痴なので、邸の地図を覚えるのに苦労したのだ。
「ん?どうした?」
騎士達が居る場所へと向かうと、キャロルは彼らに尋ねられる。
「今日は早いな」
いつもなら、皆が寝静まってからのはずなのに。
「試用期間がもうすぐ終わって、採用審査されるそうなんです。それで、稽古をつけてもらいたくて」
キャロルは頼む。
「稽古?何で?」
その騎士は言う。
「弱いからです。側近になるには、護衛出来なくてはいけませんし、自分の身は自分で守らねばなりません。あと、王族の食事会だそうです。王族を守らねばならない事態に陥った際、今の腕では瞬殺されます」
キャロルは言う。
その言葉に騎士達は唇の端を上げた。
「そうでなくちゃな」
そう言う騎士は嬉しそうな顔をする。
「じゃあ、ちょっと違うことを教えるぞ」
「違うこと?」
キャロルは首を傾げた。
「時間が無いから習得出来るかは分からんが」
その騎士はいつもの剣ではなく、短剣を構えた。
「短剣?」
「そう。キャロル嬢は武器なしで素手でお願いしますよ」
「すすす素手?」
キャロルは聞き返す。
「習得は出来ないかもしれないが、まあやってみよう」
「……わ、分かりました」
キャロルは頷く。
「集中しろよ。怪我するからな」
騎士はそう言って、彼女に稽古をつけるのだった。
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