第4話




今日も今日とて、キャロル・ファン・リードは騎士服を着ていた。


背中まで伸びる美しい長い金髪を頭上で纏め上げ、腰には愛剣を差している。


「面接を受けたいと聞いたが?」

大公は尋ねた。

今日の彼は怖くない。キャロルは一歩踏み込む。


「左様でございます」

彼女は答えた。

直立したまま答える彼女。前も見たのでもう驚かないが、普通の令嬢は直立したまま居られないだろう。

足や体幹などを鍛えている令嬢などいない。筋肉をつけている令嬢も絶対にいない。


「父上は息災か」

大公は世間話から始めた。

「はい。大変元気でいらっしゃいます。煩いくらいです」

苦笑しながら答えるキャロル。


「この仕事のこと、父上は何と?」

「………言ってません」

キャロルは笑った。


「恥ずかしながら嫁にも行かずに何をしているのかと口煩く言われていますので、もう諦めている所はありますが」

その言葉に「確かに」と頷くダリス。

伯爵邸に迎えに行ったら、相変わらずのじゃじゃ馬な彼女をどうすればいいのか本当に困っているが、もう殆ど諦めている悲壮感を感じたからだ。


「不躾で申し訳ないのだが、歳はいくつで?」

大公は尋ねる。


「22です。完全に嫁き遅れです。父には早く結婚しろと毎日言われています。それなのに婚活もせず、騎士との訓練に明け暮れているので、それはもうカンカンで…」

からっと笑うキャロル。

あまり、問題視してないようだった。全然悪びれてないところが面白い。


「結婚する気は?」

「もし、私を好いてくれる者がいれば、と思っておりますが、今の所こんなじゃじゃ馬をもらってくれる男性はいらっしゃいません」

自虐して笑う彼女。


「??じゃじゃ馬とは一体?」

大公は聞き返す。

チラリとダリスの方も見た。


「聞いたことはございませんか?社交界では結構有名らしいのですが」

知らない人もいたのか、と少し目を丸くする彼女。


「ダリス。噂とは?」

大公はダリスに尋ねる。

ダリスは、チラと彼女を見る。


「構いません。気にせず、仰って下さい」

キャロルは答えた。

「ご本人がそう仰っているので、遠慮なく」

ダリスはこほん、と1つ咳払いをすると続ける。


「リード伯爵家の御息女はじゃじゃ馬。騎士に憧れており、剣の腕も領地の騎士団を負かすほど、と」

「ほぉ」

その紹介に興味が湧いた目をするアーサー大公。


「腕前は?得物は?」

「大公閣下には遠く及びません。そちらにいる側近の方には10勝中4勝できたらいいくらいかと。得物は、主にレイピアでございます」

意外な質問にキャロルは驚きつつも、嬉々として答えた。


「腰の剣だな」

「はい。愛剣です」

そして、続けるキャロル。


「私は、側近と言えば護衛も兼ねるものだと思っております。閣下の方がお強いですので、護衛の出る幕はないとは思いますが、この仕事は天職だと思い、面接を受けた所存です」

「ふむ。経営の方はどうだ?」


「伯爵領の手伝える所は手伝っていますが、人並み程度かと」

キャロルは正直に答えた。

「補佐をしているなら、君がいなくなったら困るのではないか」


「ご心配には及びません。兄もそろそろ身を固めるようでして、義理の姉となる方がある程度の知識を有しているそうですので、私は本当にお役御免です」

「それではこの面接にもし落ちてしまったら、次はどうするつもりなのか教えてくれ」


その質問にキャロルは少しだけ間を置いて答えた。


「大公領の騎士団試験を受けるつもりです。女なので、受験対象になるかは分かりませんが」

またもや自虐するが、からっとした笑顔を見せたキャロル。

前途多難な未来なのに、彼女は笑顔を見せた。


「性格、人柄気に入った。出来れば、昨日言っていた通り、剣の腕前を見たいのだが構わないか」

大公の言葉にキャロルは満面の笑顔になる。


「ありがとうございます!!」

そうして、手合せすることになったのだった。


訓練場に先に向かったキャロル。

大公とダリスはまだ部屋にて話していた。


「面白いですね、あのご令嬢」

「ああ。あの娘ならこの邸に入れても構わない」

大公は正直に答えた。


「側近になれなくても腕前次第では騎士団に入れてやらなくもない」

「珍しい。女性をそこまで買うなど」

「そりゃあな。俺の気に当てられても失神することなく居れたならな」

大公は言う。

親しい者の前では「俺」と言うアーサー大公。


この邸にいる騎士、使用人全て、大公の気に当てられても問題ない人達で構成されている。故に男しかいないし、女は惚れた腫れたの問題になるので受け付けてさえいない。


だが、珍しく、彼のお眼鏡にかなう女性が現れた。


「閣下崇拝者なようですし、恋愛感情も無い所がまた良いですね」

ダリスは言う。

「間違いがないと思うか?」

「少しでも可能性があるならば、邸に入れないに越したことはないかと」

ダリスは答えた。


アーサーが危惧しているのは、万緑叢中紅一点となること。


「まあですが、あの娘はそこの所もよく分かっているのではないですか」

ダリスは言う。

あそこまで騎士然としており、距離もきちんと取っているのであれば、とりあえず問題なさそうではある。


「………今居る仮採用の側近と共に働かせてみるか」

大公は言ってみる。

「そうですね」

ダリスは頷く。

現在既に彼女より前に側近仕事に応募してきた者達がいる。


2人がそんな大切な話をしている最中、扉をノックする音が聞こえた。


「?誰だ」

大公は尋ねる。

「キャロルです。すいません」

キャロルは扉を開く。


「どうしましたか」

ダリスは尋ねる。

「あの、その、方向音痴でして、場所が分からなくなりました」

キャロルは申し訳なさそうに答えた。


「……ぷ。くくっ」

大公は口を手で覆いながら、笑ってはいけないと思いつつも笑う。


ダリスも声に出さないように気をつけてはいたが、肩が揺れている。


「……っ。一緒に行きますか」

ダリスはそう声をかけたが、やはり堪えられなくなり、声を上げて笑い始めた。


「ははっ!くくく。本当に面白い。もっと早くから知り合えば良かった」

ダリスは笑いながらそう言って、彼女を連れて部屋を出た。





訓練場に着くと、大公とキャロルが試合するのを知ったのか、騎士達が勢揃いで待っていた。


キャロルが準備運動をしている途中、大公がゆっくりと現れる。


「待たせたな。何だ、お前達。見るのか。見せ物じゃないぞ」

大公は見物に来ていた騎士達に言う。

「閣下と試合をするのが女性とあらば、見るでしょう」

騎士達はそれはもう興味津々だった。


その言葉に大公は、ため息をつく。


「木剣でいいか」

大公はキャロルに向き直り、尋ねる。


「……良ければ、真剣でお願い致します」

キャロルは答えた。

その答えに騎士達が口笛を吹く。


「度胸あるじゃないか!」

「いいぞ!いいぞ!」


「煩い、お前達。キャロル嬢、怪我をするかもしれないぞ」

大公はまっすぐ彼女を見て言う。

「はい。そうでなくては、強くなれないでしょう?折角、閣下と手合わせ出来るのですから、怪我も勲章の内です」

キャロルは言い切った。


「嬢ちゃん!かっこいいな!」

「口だけじゃない所を見せてくれよ!」


「……では」

大公はゆっくりと剣を抜いた。


「剣を落としたり、降参したら負けとします。余りにも危険だと判断したら止めに入ります」

ダリスは言う。特にキャロルに向かって。

「承知しました」

キャロルはそう答え、レイピアを構えた。


「では、言質は取れました。それでは………始めっ!!!」

ダリスの声で、2人が同時に動いた。


大公はキャロルの腕を確認したいので、敢えて隙を見せた攻撃を行う。


「……ッ!!」

重い。流石、戦の鬼。

彼の剣は細身のキャロルには重い。

だから、真っ向から受けるわけにはいかない。力勝負では勝てないのだから。


大公の剣を躱しながら、どうしても受けないといけない時は上手に力を流すように受ける。


「やるな」

彼は嬉しそうにニヤリと笑う。

「お褒めに、預かり、光栄、ですっ!」

彼女も嬉しそうに答えると、力一杯剣を薙ぎ払い、後ろに飛ぶ。


が、しかし、彼はそのまま彼女にぴったりくっついたまま飛んできた。


ある程度は読んでいたのか、キャロルは体を急に半回転させると、彼の鳩尾目掛けて肘を打ち込む。


「おっ」

まさかの体術に大公は驚きの声を上げた。


キャロルはそのまま体を捩って、レイピアを下から上へと払い上げる。

すんでの所で躱され、大公の髪がぱらぱらと散った。


近距離からの予想外であろう動きを躱されるとは思っていなかったので、彼女の方が驚く。


「流石すぎます」

少し距離を取り、キャロルは息を整えながら呟いた。


「勝てる気がしませんが、やれるだけやります」

彼女はグッとレイピアを構え直す。

「その姿勢、褒めてつかわす。普通ならそこで降参するから、少し嬉しい所だ」

彼は笑顔を見せた。


「うわ、出たあの笑顔。あれ自分で分かってないんですよねぇ」

見物人の騎士が呟いた。

「ギャップ萌えですよね」

「元が強面ですからねぇ」


強面だからこそ、微笑まれたら女性が堕ちる。いや、女性じゃなくても。


大公領の騎士団達は、大公信者な人ばかり。強さを求めた猛者達か、大公に仕えたい心酔者。

彼らだけが知っている。

あの笑顔は、本物の笑顔だと。


社交界や大公の邸外の人に見せる笑顔は、ニセモノだ。


「騎士の試験なら潔く負けを認めた方が良いですが、これは腕試しですから、やれるだけやります」

キャロルは大公に宣言する。


「閣下の胸、お借りします」

「存分に」

彼はもう一度笑うと、彼女に向かっていく。


初撃とは比べようにならないくらい、スピードが増している。

やはり、初めは手加減してくれていたようだ。

否、これでも手加減しているのだろうが、どんどんスピードが上がっていく。


「くっ……!」

キャロルはギリギリで何とか躱しながらも、剣は出来るだけ受けずに流し、反撃のチャンスを窺う。


だが、あまりにも速い。

少しでも注意を怠れば、首が飛ぶ。


これほどの腕の人と対戦することがないので、彼女は思わず身震いした。

ゾクゾクと快感が駆け上がり、思わず笑ってしまう自分がいることに驚く。


「っ!!!」

括っていた髪の先が房で落ちた。驚いたが、集中を切らさない。


キャロルは構え直し、自身から攻めに行く。

横薙ぎ。突き。上段。それでも会心の一撃を放てない。悉く避けられる。


信じられない動きで躱していく大公。


彼より断然軽いレイピアを持っているキャロルなのに、彼の方が速いのは何故だろうか。

彼女は自分に苛ついてしまう。


「ゆくぞっ!!」

大公はそう言うと、重い一撃をかます。

「ぐっ!!!」

横向きで何とか受け止めたキャロルだが、このままじゃ押し負ける。

払いたいのに払えない。力も技も速度も彼女より10倍も上だ。


キャロルはレイピアを手放した。

そして、そのまま体を捻る。


大公は受け止めていた物が無くなった反動で、体勢を崩し、前のめりになる。


彼女は捻った体で、彼の背中に肘鉄を食らわせた。


「おおっ!!!」

見物の騎士達から歓声が上がる。


大公は少し呻いたものの、素早く反撃に転じ、剣の柄を彼女の鳩尾に食い込ませた。


「ぐっ!!」

キャロルは一瞬だけ呻くと、そのまま彼にもたれるようにして気を失った。


「やりすぎでしょう!」

「閣下!相手は女の子ですよ!」


「女扱いはしなくて良いそうだ」

大公は騎士達からの野次を一蹴し、彼女を肩にもたれさせるようにして担ぐ。


「どうだお前達」

彼は見物の騎士達に尋ねた。

「どうって、何の話ですか」

「女を邸に入れても良いか」

「あれ、今閣下が女扱いしなくて良いと言ったのでは?」

「……そうだな」

大公は、ふ、と笑う。


「よし。ダリス、試用期間として仮採用した者と一緒に働かせてみることにする」

「かしこまりました。それで、キャロル嬢はどうされますか。その状態で返すとなると、伯爵家から怒られるかと思うのですが」

ダリスは言った。


「……一応、外泊の許可を貰ってきてくれ」

大公は面倒くさそうに呟いた。

「承知しました」

ダリスは頭を下げて、その場を辞すのだった。

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