第3話



数日後。

リード伯爵邸に大公の側近であるダリスが現れ、てんやわんやとなった。


伯爵と夫人が出迎え、次期伯爵であるキャロルの兄もダリスへ挨拶する。


「キャロル!早くしなさい!!」

伯爵夫人が叫ぶ。

「お嬢様が言うことを聞かず!」

侍女達が叫ぶ。


「大変申し訳ございません。うちの娘はじゃじゃ馬でして」

伯爵夫人がダリスに謝罪する。

ダリスはその言葉に苦笑した。


「お噂は聞いております。ありのままのキャロル嬢で構いませんよ」

ダリスは苦笑したまま答えた。


「キャロル嬢。お召し物で揉めているのではないですか?ドレスでなくて構いませんよ」

ダリスは声を上げる。

もう騎士服姿の彼女は見ている。なので、別に驚きはしない。


「申し訳ありません!遅くなりました!!」

そして、そこに現れたのは騎士服のキャロルだった。

今日は剣を腰に差している。

女性の騎士姿を見るのは人生初めてなので、先日といい、ダリスは新鮮な顔をして彼女を見つめた。


「……はぁ、申し訳ありません。騎士に憧れておりまして…」

伯爵は本当に申し訳なさそうに述べる。

「いえ、構いません。それより、こちらなのですが、大公閣下からキャロル嬢の侍女への見舞いの品です」

ダリスが従者に命じ、品物を伯爵に渡す。


「お気遣い頂き、ありがとうございます」

キャロルは頭を下げた。

「こちらが悪いので。あれから侍女殿は大丈夫でしたか」

「一瞬、気に当てられただけですので大丈夫です。ご心配痛み入ります」

「よくぞ、あの時あなたは大丈夫でしたね」

ダリスは微笑んで話しかける。


「修行の賜物です。この邸の騎士達にはお世話になっておりますので」

キャロルは微笑んで答えた。


「ふ。本当に面白い。今日はお時間ございますか」

ダリスは尋ねる。

「はい!私は」

キャロルはそう答え、家族の方を振り返る。


「……好きにしたらいい。どうせ、騎士達と試合するだけだろう」

兄が言う。

「それでは、今日キャロル嬢を借り受けても?」

ダリスは伯爵家族に尋ねた。


「え、こんなじゃじゃ馬ですよ?」

伯爵はむしろ聞き返す。

「お噂はかねがね。ですが、閣下とお話しする約束をしておりますので、是非」

そのダリスの言葉を聞き、伯爵家族は目を見張り、「まさか」と呟く。


「え!キャロル。まさか?」

伯爵は言う。

「何がまさかですか。お父様は阿呆ですか」

キャロルは一刀両断した。


その物言いに伯爵夫人と兄が彼女を叩く。

ダリスは笑いを堪えるため口を手で押さえるが、肩は震えていた。


「いやいやだって、あれでしょう?あわよくば、とか思っているんでしょう?そんな訳ないでしょう、お父様」

キャロルは断言する。

「大体、閣下が何故結婚しないのかも知らない癖にあーだこーだ言わないで下さい」


その彼女の言葉にダリスは目を見張った。

本当に珍しい。令嬢達は皆、大公に寄ってくる者ばかりだというのに。


「あんなに格好いいのですから選びたい放題ですのに、未だに結婚しないのは理由がきちんとあるんですよ。ですから、外野がとやかく言うことではないんです」

キャロルは言い切る。


「そうでしょう、ダリス様」

彼女はダリスに話を振った。

「……まあその通りなのですが、貴女は本当に閣下を射止めようとは思っていないのですか」

ダリスは思わず問うてみた。


「それよりも、私は閣下の下で働きたく存じます」

キャロルは笑顔で言い切った。


「……そうだ。こんな奴だった」

兄がため息をつきながら呟いた。

「そうだな。もう諦めよう」

伯爵も呟く。


本当に彼女には困っているということがよく分かる。


「マナーがなっていない娘ですが、今日はよろしくお願い申し上げます」

伯爵夫人はそれはそれは深く頭を下げて、キャロルを見送ったのだった。





キャロルが大公の邸に着いて馬車を降りると、一斉に注目を浴びた。


「え?女の子?」

「でも騎士服着てるぞ」

「じゃあやっぱり男か?」

「いやいや、にしても胸があるだろ」

「髪も長いしな」


そんなざわめきを聞きながら、キャロルはダリスに続く。


「閣下。連れて参りました」

ダリスはノックし、扉を開ける。

「どうぞ」

ダリスは扉を開けて、先にキャロルを通す。


キャロルは意を決して、部屋に足を踏み入れた。

グッと体に力を込め、気圧されないよう一歩一歩踏みしめる。


そして、窓際に立っている大公の間合いギリギリの所で跪拝した。


「先日ぶりでございます、大公閣下。改めまして、キャロル・ファン・リードと申します」

キャロルは挨拶を交わす。

「先日は悪かったな。あれから侍女は大丈夫だったか」

「はい。問題ございません」

キャロルは答える。が、冷や汗が滴り落ちた。


今日の大公の気配が物凄く怖い。

一瞬でも気を抜いたら、失神してしまいそうなくらい。


「閣下、試すのはそれくらいで」

ダリスはそう言うと、大公の間合いに干渉した。


「……っ」

キャロルは深く息を吸い、吐き、深呼吸を繰り返す。

流石、大公は戦の鬼と言うだけの御仁である。


「今日は座って下さいね。どうぞ」

ダリスはそう言って、お茶を淹れた。

「……っ。す、少しお待ち下さいますか」

キャロルは答える。


息は整ったものの、まだ体が震えていた。


「閣下、やりすぎです」

ダリスはそう言って大公を睨む。

「キャロル嬢。大丈夫ですか」

彼は跪いたままの彼女に寄り、体調を確認する。


「……はい。ここで気を失っては騎士ではありませんから」

彼女は唇を噛む。


なかなか強い女性だな、と確信したダリス。

変人だという噂だったが、そうではない。自分の確固たる信念があり、それが揺るがないだけで、その信念が騎士を目指しているから変人だと思われるだけ。別におかしくはない。


これは逸材だな、とダリスは思わず唇の端を上げた。


「キャロル嬢。深呼吸をあと3回」

ダリスは彼女の背中を撫でながらそう言う。

キャロルは言われた通りに深呼吸をおこなった。


「ふぅ。落ち着き、ました」

彼女は息を吐きながらそう答えた。

「お見苦しい所を見せてしまい、大変申し訳ありませんでした」

彼女は頭を下げた。


「…………本当に変わっているな。いや、こちらこそ悪い。何から話そうか」

大公は流石に悪いと思ったのか、罰の悪い顔をした。


「いえ、精進が足らない私が悪うございます」

キャロルはそう答えた。


自分が悪いと答えられる者がどれだけいるだろうか。

そして、大公の気に耐え抜いただけでなかなかのものだった。


それはダリスも大公本人も分かっていた。

この娘は強いと。そして、賢い。


「お茶、淹れ直しますね。キャロル嬢、どうぞ」

ダリスは彼女の手を取って、応接用の椅子に座らせた。


そして、ダリスはお茶を人数分並べる。


「大丈夫ですか、キャロル嬢」

「あー、ええ、まあ、何とか。正直、体はまだ鳥肌が立っていますが、尊敬する閣下とお話し出来るというだけで私は嬉しく思います」

キャロルは腕を摩りながらも笑顔で答えた。


「閣下。これでも女性なのですから、お手柔らかに」

ダリスは言う。

「いえ。女性だから、は理由になりません。騎士を目指すのですから、耐えてみせないと」

キャロルは笑顔でそう言った。


女だから、というので甘えもない。

これは本当に逸材だ、とダリスは確信する。

大公も少し驚いた。が、すぐに笑顔になった。


「さて、何から話そう」

彼は向かいに座り、そう口火を切った。

「此度の戦を!是非!何があったのですか!」

キャロルは身を乗り出した。

どうやって侵略行為を退けたのだろうか。


「話せることと話せないことがあるんだが、話せる範囲で構わないか」

「はい!是非!」

キャロルは嬉しそうに答え、色んな戦の質問を彼にぶつけた。


途中から大公の武勇伝になっていたが、それも楽しそうに聞く本当に奇特な娘だった。


「閣下、もう日が暮れます。流石に未婚の令嬢を留めておくわけにはいきません」

ダリスは進言する。


「え!もうそんな時間ですか!」

キャロルは目を見開く。


大公もキャロルも途中出された食事は、半分くらいしか手を付けていないほど、話に夢中だった。


「また来るといい、キャロル嬢」

大公は微笑む。

その言葉にキャロルは目を輝かせた。


「本当に宜しいのですか」

「手合わせもしてみたいしな」

その言葉に彼女は目を見開いて驚いた。


「こんな、私と!?手合わせしてくれるのですか!」

感動のあまり、彼女の目に涙が溜まる。

その涙に大公もダリスもぎょっとした。


キャロルは嬉し泣きを始める。


「か、閣下と!本当ですか!夢が!夢が叶いますっ!」

キャロルは涙を拭いながら言う。

憧れの人と手合せ出来るなんて、嬉し過ぎる。


「……ぷ。くくっ。閣下、良かったですね。珍しいお嬢様ですよ」

「そうだな。本当に領地の騎士達を見ているようだ」

大公は苦笑する。


この大公の邸にいる者達は皆、彼の信奉者で彼大好き人間達である。

彼に虐められるのが好きなドMが多いのは確か。


「それでは、私が送って参ります」

ダリスは立ち上がると、キャロルの手を取り、部屋を出た。


女性らしく扱ってくれる彼にキャロルは驚いたものの、従って部屋を出る。


「……それで、あの紙は読みましたか」

ダリスは馬車の所に向かいながら、彼女に尋ねた。

「はい、読ませて頂きました。私も面接して頂けるのでしょうか」

キャロルは聞き返す。


「あなたにその意思があるのであれば」

「それならば、是非」

キャロルは即答した。


「では、その旨伝えておきます。明日、また来て頂けますか」

そうして、キャロルはまた大公の邸に来ることになったのだった。

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