第2話
凱旋パーティーは大公の兄である現国王、ノルン・ウォン・ヴァレンティアガ・ウィランディアの画策により、令嬢達が沢山集められていた。
現国王とは兄弟である大公。そして、国王はまだ結婚していない弟大公をそれはもう案じていた。
「………ほら、またこれだ」
大公である王弟、アーサー・ウォン・ヴァレンティアガはため息をつく。
凱旋パーティーという名のお見合いパーティーなのだ。
こういうパーティーを催しては、兄である国王が弟アーサーの結婚相手を探そうとする。
それを横目に苦笑している側近ダリス。
令嬢達は、アーサー大公に群がっていた。
「はぁ……」
それを見ながら、キャロルは会場を抜け出した。
今日のために誂えた綺麗なドレス。結い上げられた髪。歩きにくいヒールの高い靴。
彼女、キャロル・ファン・リードはため息をつく。
家族に無理矢理ドレスを着させられたものの、彼女は窮屈で仕方なかった。
それに、大公に群がる女性陣を押し除け、彼の元に向かう度胸というか図々しさは無い。
確かにお近付きになれたら嬉しいが、キャロルは結婚が目的ではない。
純粋に戦の鬼として有名な、アーサー大公から色んな戦の話や、出来ることなら手合わせして欲しいと思っている。
まあ、そんなだから嫁き遅れているのだが、と内心自嘲する。
いつもいつもこのパーティーに参加するものの、いつになっても喋れない。
彼女はもう帰ろうと思い、会場を出て、侍女に着替えを持ってくるよう頼んだ。
「もうよろしいのですか、お嬢様」
侍女はぱぱっとドレスを脱ぐキャロルを見ながら、ため息をついた。
与えられている控え室で早業のように着替えるキャロル。
「いいわ。どうせ、今日も閣下と喋れないもの」
キャロルはため息をつくと、騎士服に着替える。
彼女の普段着は騎士服だ。
憧れの大公の元で研鑽を積みたい、ただの騎士バカ。そして、嫁き遅れ。
「騎士でいいから雇ってくれないかなぁ」
キャロルは思わず呟いた。
だが、大公の邸は女性を雇っていない。それでも騎士団入団試験があれば、いつでも受験しようと思っている所存だった。
「レイピアは?」
いつも腰に差す愛剣がなくて、キャロルは尋ねる。
「パーティーに剣を持ってくる訳ないでしょう。ドレスの下につけていた短剣でご勘弁を」
侍女は答える。
「……はぁ」
それにもキャロルはため息をついた。
「まあいいや。仕方ないか。帰ろっか」
「……門で待っていては如何です?最後くらいお話し出来るかもしれませんよ」
「それ、何時になるのよ。それなら帰って鍛錬しておきたいわ」
キャロルはそう答え、忘れ物がないか確認したのち与えられた控え室を出た。
「あ、お嬢様。髪」
彼女の金髪が靡く。
「あー、紐だけちょうだい」
キャロルは髪紐を受け取ると口に咥え、髪の毛をまとめながら歩いていた所にはた、と大公に出くわした。
「閣下!!」
キャロルは慌てて跪拝する。大公の気が立っている。咥えていた髪紐も落ちた。
キャロルと共に侍女も跪拝しようとしたのだが、大公の気に当てられたのか、荷物を落とし、ふらつくように床に蹲った。
「お見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ございません」
キャロルは低頭したまま、侍女を庇うように後ろ手で彼女を支える。
「いや、こちらこそすまない」
大公は慌てる。
「すまない。ダリス」
「御意」
大公と一緒にいた側近、ダリスがキャロルの侍女を横抱きにする。
「も、申し訳ありません!私が運びます」
今度はキャロルが慌てる。
「構いません。閣下が完全に悪いですから」
ダリスはそう言うと、歩き出す。
その歩く方向は大公が与えられた部屋の方向だろう。
「お、お待ちください。良ければ、こちらに」
キャロルは自分達に与えられた控えの部屋の扉を開ける。
ダリスは大公を振り返って確認し、大公が頷いたのを見てその彼女の部屋に入室した。
侍女を長椅子に寝かしたあと、キャロルが手ずからお茶を淹れ、応接用の椅子に座ってもらう。
「……ありがとうございます」
驚きながらダリスは礼を述べた。
その時、部屋の外で「大公閣下は何処に!?」と令嬢達の声が聞こえてきた。
彼女達の声と足音が遠ざかっていくのが分かり、キャロルとほっと胸を撫で下ろした。
その様子をダリスはきちんと見ていた。
そして、騎士のように立っている彼女を見て、ダリスは大公と顔を見合わせる。
しかも、ある程度の距離を保っている。
「騎士……ではないですよね?」
ダリスは尋ねる。
「先程落ちた荷物からドレスが覗いていますし、今回のパーティーの招待客ではないのですか」
彼は推測を口にする。
「流石に大公閣下の副官ともあれば、洞察力が凄いですね。お初にお目にかかります。キャロル・ファン・リードと申します」
キャロルは跪拝して述べた。
今までの令嬢と違う対応に大公は目を瞬いた。
「リード伯爵家の御息女?」
大公は恐る恐る尋ねる。
「はい。まあ、問題児の娘ですが」
キャロルはからりと笑いながら答えた。
「令嬢がそんな跪拝など!すまない。気がつくのが遅くなって」
大公はキャロルに椅子をすすめようとする。
「いえ。閣下の前に座るなど、恐れ多いこと出来ません」
「……ならば、せめて跪くのはやめてくれないだろうか」
「かしこまりました。お言葉に甘えて」
キャロルは騎士のように直立する。
この直立が出来るのは、日頃から鍛錬している証拠だ。
大公は目を見張る。
自分の知っている令嬢と違い過ぎる。
「ご令嬢はどうして着替えを?」
大公は尋ねる。
「………か、閣下とお話し出来なさそうでしたので、諦めて帰ろうとしていました」
その言葉に大公は彼女も他の令嬢と同じなのだろう、と結論付けようとした。
自分と話したい内容と言えば、媚びへつらうものばかりだからだ。
「閣下と一体どんな話をしたかったのですか」
ダリスは興味本位で聞いてみた。
大公は知らないだろうが、ダリスはこの令嬢を知っている。
騎士を目指す嫁き遅れている変人であることを。
「っ」
キャロルはごくりと唾を呑み込む。
言ってもいいのだろうか。彼女は思わず背後で休む侍女を見た。
その侍女は、首を横に振る。
普通の令嬢はそんな話などしない。戦の話などするな、と侍女が無言で訴えている。
だが、キャロルは意を決して大公を見た。
「い、いいい戦の、話がしたいです」
彼女の答えに侍女が頭を手で押さえた。やらかした。令嬢がする話ではない。
「?戦?」
ダリスと大公が顔を見合わせる。
「し、知りたいのです。大公閣下ご自身から戦の話を聞きたいのです。噂や人伝てでは聞きますが、やはりご本人から話を聞きたく存じます」
そう言う彼女の目はキラキラしていた。
本音であることは間違いないだろう。
「……ぷっ」
大公がここで初めて、気を緩めた。
彼が醸し出していた気が緩んだのが分かり、キャロルは胸を撫で下ろす。
この部屋に入っても彼がずっと距離を取った気配をしていたのは分かっていたし、肌がピリピリしていた。
キャロルの緊張も少しマシになった。
「キャロル嬢?だったか?何の話を聞きたい。ダリス、茶を淹れてやれ」
大公は命じる。
「おや珍しい。女性に興味を惹かれるとは」
ダリスは少し揶揄いながら言う。
「ですが、もうそろそろ戻った方が良いかと。今日の主役ですので」
ダリスは進言する。
「………そうか」
大公はそれはもう嫌そうに息を吐いた。
そして、とても怠そうに立ち上がる。
キャロルは一歩だけ後退した。
「……キャロル嬢。良ければ、こちらを」
ダリスは懐から何やら用紙を取り出した。
「……う、受け取りたいのはやまやまなのですが」
キャロルはそう答えながら、チラと大公を見る。
「間合いに入らせて頂いても宜しいのでしょうか」
彼女は尋ねた。
その質問だけで、鍛錬している者だということがよく分かる。
ダリスは感心した。
普通の令嬢なら、何も考えず近寄ってくるところ、彼女は絶対に近寄らなかった。大公の苛立った気にも怖じけなかったし、距離を保ったやり取りを見せた。
それだけで彼のお眼鏡にかなった。
「……構わない。済まないな。女性で分かる者がいるとは思わず」
大公は答えた。
「騎士の端くれとして、この閣下の気配が分からないようでは、騎士とは名乗れません。いやあの、まあ、騎士ではないのですが」
キャロルは矛盾したことを述べながらも彼を見た。
「ははっ。面白いな。戦の話と言ったな。またしようではないか。そちらの侍女にご迷惑をかけたことだし、後日こちらから手紙を出そう。邸に来るといい」
大公は笑顔で言った。
「ほ、本当ですか!?有り難き幸せにございます」
キャロルはそれはもう嬉しそうだった。
「では、こちらを」
ダリスは自分から近付き、1枚の手紙を彼女に渡す。
「もし興味があるのならば、是非」
ダリスも笑顔で言う。
「いい逃げ場になった。礼を言おう」
大公はそう言うとダリスと共に部屋を出て行った。
彼らがいなくなったところで、キャロルは床にへたり込んだ。
侍女がゆっくりと体を起こし、彼女に寄る。
「良かったですね、お嬢様」
「うん!ええ!でも」
キャロルは顔は嬉しそうだが、口を閉じた。
あの気配は只者じゃなかった。
正直、廊下で会ったとき気絶してしまいそうになったのは内緒だ。
「……はぁ」
息も浅くなっていた気がする。
深呼吸して息を整えると、キャロルは立ち上がった。
「よし。目的は果たせたし、帰りましょうか」
キャロルもリード伯爵邸へと帰路につくのだった。
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