独身を誓った大公閣下が恋に落ちるまで
@mio841
第1話
「大公閣下ーーーっ!!!」
領地の民衆達が大歓声を上げる。
2つ隣の国であるソリントプ帝国の侵攻を事前に察知し防いだ大公の堂々たる凱旋である。
御年35歳だが、年齢より若々しく見える。
必要な部分だけ鍛え上げた筋肉は引き締まっており、男性でも惚れ惚れする肉体美であった。
黒髪で、額に横一文字に傷がついているのがまた格好良さを際立たせている。
凱旋のち、領地の邸に戻った大公は「ふぅ」とため息をつく。
「疲れた。戦より、愛想を振り撒く方が疲れる」
ふと、そう漏らす大公。
「分かりますが、大事なお仕事ですので」
大公の側近であり、右腕、ダリスがそう返す。
「相変わらず厳しいな。して、留守中変わりないか」
「はい。何事もなく」
ダリスはそう答え、お茶を差し出す。
「ふぅ」
大公は彼に淹れてもらったお茶を飲むと、ひと息ついた。そして、続ける。
「風呂に入りたい。用意させておいてくれ」
大公は言う。
「用意済みです。あと、晩餐のち、お話があるのですが、宜しいですか」
ダリスは言った。
「ん?ああ、珍しいな、改まって話とは。今話すか?」
大公は気さくに尋ねた。
「構わないのであれば、是非」
「構わん。俺達の仲だ。話せ」
大公は促す。
そう言われ、ダリスは徐に口を開いた。
「妻があとひと月で臨月に入りまして」
「……………ん?」
大公は聞き返す。
「臨月?妻が?」
「そうでございます、閣下」
ダリスは少し笑いながら、真面目口調で答えた。
「え?お前、いつ結婚した?」
「ええと………一年ほど前ですかね」
ダリスは記憶を辿りながら答えた。
大公は彼の結婚を知らない。
「待て。結婚式に呼ばれてないぞ」
「ええ。呼んでいませんから」
あっけらかんと答えるダリス。
「丁度遠征の時期でしたから。その時、閣下は城にいませんでしたし。私の式の為に呼び戻す訳にはいきませんでしょう?」
「そういう時期だったのは分かった。だが、待て」
話について行けない大公。
「お前いつ家に帰った?帰れてないだろう?」
もし結婚していたとしても、ダリスは多忙。
何せ、大公がいない間、大公邸を取り仕切り纏めるのは彼しか出来ないのだから。
28歳という若さで大公に認められる程の手腕なのだから、優秀であることは確か。
そして、それ故に多忙であることは明確な事実。
なのに。
「閣下が城を空けている間に毎回、帰っていますよ。閣下が知らないだけで」
「……いや待て。俺がいない間にお前も留守にしている時があるのか。それはいかんだろ」
大公は眉間に皺を寄せる。
「1日くらいならどうってことないですよ」
ダリスは笑顔で答える。
「………分かった。まあ、お前に任せきりにしているこちらも悪いから、あまり咎めんが…」
大公は呟き、思考する。
大公がいない大公邸で、仕事をこなす副官ダリス。
激務だろうに、家に帰れる時間があるのか。
それに驚愕する大公。
「お前が優秀なのか。それとも、俺が思っているより仕事量が少ないのか」
「それは勿論、私が優秀なのでしょう」
ダリスはにっこりと微笑みながら、謙遜することなく答えた。
「それよりもですね、妻があとひと月で臨月になるんです」
「………ああ」
まだ話の先が読めない大公。
「ですので、臨月に入ったら生まれるまで休暇を取りたく存じます。その後生まれてからは、時短勤務をお願いしたく存じます」
「じ、時短勤務?」
大公は思わず目を瞬きながら聞き返す。
「はい。朝も10時くらいに出仕。15時頃には退勤したく存じます」
「え、あ、え?」
「産休、育休、並びにフレックス勤務が可能なホワイトな仕事が可能な大公領。口コミでどんどん領民が増えること間違いなし。どうでしょう?この際、私が先陣を切ろうと思っているのですが」
「え、あー、…………うん」
大公は言葉に詰まる。
というより、言葉が出てこない。
「では、この話はこのまま進めさせてもらいます。次にですね、私が時短勤務になることによる、新しく側近を募集しようと思っております」
「……………ん!!!???」
「凱旋パーティーのち、面接しますので、よろしくお願い致します」
「え!?ええっ!!!???」
大公らしからぬ声を思わず上げてしまった。
「面接にて、閣下が一緒に仕事出来そうな者を採用して下さい」
「………」
大公は無言。
数拍経ったのち、彼はゆっくりと口を開いた。
「分かった」
そう答えざるを得なかった大公。
大公は今更、自分の運命が変わる人物と出会いを果たすことになるとはこの時はまだ知らなかった。
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