第9話
「ダ、ダリス様!食事会と仰ったのでは!?これはパーティーですよ!?」
キャロルは叫ぶ。
翌日の食事会と言った集まりは、彼女の為の歓迎パーティーだった。
邸で働いている皆がここに集まっている。
「まあまあ。楽しんで下さい」
ダリスは笑顔で言って、彼女から離れた。
「こんな時でも騎士服か」
騎士の1人が彼女に話しかける。
「え、いやだってパーティーだなんて聞いてなかったですし」
キャロルは答える。
歓迎パーティーは立食形式になっている。大公は腰を下ろし、キャロルを遠くから見ていた。
「閣下、本気ですか。あれが側近?」
1人が大公に近付き、尋ねる。
「………まだ見極めてはいるがな」
アーサーは酒を飲みながら答えた。
「女ですよ、閣下」
その騎士は顔を歪めて言う。
「ああ、知っている。グレン、まあそうやっかむな」
アーサーは言う。
「女だからか皆甘いんですよ」
グレンと言われた赤髪の騎士は、またも顔を歪める。
「何故か体術訓練もつけていたし」
グレンは舌打ちする。
「閣下の護衛が出来るような腕も持ち合わせていませんよ」
「それは本人も百も承知だろうさ」
アーサーは酒を煽る。
腕が劣るのは本人がよく分かっている。だからこそ、朝晩欠かさず訓練に向かう。
すぐには実らないだろうが、その内色々と出来るようになる。伸びしろはある。剣に関しては、普通の騎士ならあれで十分だが、大公邸だからある程度の強さは求められる。
「ですが、あれを側近とは認められません」
グレンは答えた。
「ああ、お前はそうだろうな」
アーサーは苦笑する。
傍で聞いているダリスも苦笑していた。
「認めない奴がいても良い」
「虐めぬいても構わないのですか」
グレンは問う。
「非道義的な虐めはやめて下さいね」
ダリスは口を挟んだ。
「知ってますよ。そんなのこの邸じゃ許されませんから」
グレンは言う。
「分かっているなら良いですが」
ダリスは酒を煽る。
「どうするつもりですか」
「ただ単に剣で痛めつけていいということでしょう」
グレンは意地悪く笑った。
「……好きにしろ」
アーサーは答える。
彼が許可したのであれば、ダリスは何も言えない。
アーサーの答えにグレンは唇の端を上げる。
そして、去って行った。
彼を見送ったのち、他の騎士がアーサーに近寄る。
「宜しいのですか、閣下」
そう尋ねる彼は、キャロルに体術を教えた騎士の1人である。
「アレアか。まあいいんじゃないか。潰れるならそこまで。潰れないならラッキーくらいに思っておこう」
アーサーは答える。
自分の側近になるのに他人事のような発言だった。
「……閣下は優しいんだか、優しくないんだか」
アレアは呟き、酒を煽る。
「なら、俺は彼女を鍛えますよ。グレンに負けないように」
「好きにするといい。楽しみにしておく」
アーサーはにやりと笑う。
「そうですか。それで、何故あの娘を採用したのですか」
アレアは大公とダリスを見やる。
「嫌でしたか」
ダリスは聞き返す。
「そういう訳ではないですが、やはり紅一点ですから。グレンのような者が出るのは予想していたでしょう」
アレアは言う。
「では、あとの2人を採用すれば良かったですか」
ダリスはまた聞き返す。
「まさか。そんな事したらグレンが1日で辞めさせていますよ」
アレアはからりと笑って答えた。
そして、続ける。
「あいつら何が出来ました?閣下を尊敬していた訳でもないですし。どうやら好みも把握してなかったようじゃないですか。王宮でのこと、聞きましたよ」
「ええ」
ダリスは頷く。
「……そう言えば聞きたかった。お前が俺の好みを話したのか」
アーサーが少しアレアを睨みつけながら尋ねた。
「まさか。そんなこと部外者に言うのは御法度でしょう。それは流石に守りますよ」
アレアは答える。
「だが、過去の戦の話をしたらしいな。野営の話など」
「戦の詳しいことは話していませんよ。誰と戦ったのかとか、何処で戦ったのか、とかは何も」
「じゃあ何を聞かれた」
アーサーは問いかける。
「どんな風に戦ったのか、ですね」
「?例えば?」
大公は尋ねる。
「こういう相手にどうやって閣下は剣を振るったのか。どう動くのか。剣の使い方。ありとあらゆる戦い方を聞かれただけです」
アレアは苦笑しながら答えた。
「他にも自分達の戦い方を。苦手なことを補うためにはどうするか、など自分に吸収しようと色々と聞いてきましたよ。つい、武勇伝のように語ってしまいましたが」
「あなたもですか」
ダリスは言う。
キャロルが初めて邸に来たときも、アーサーもそうなっていた。
「野営で俺がよく食べる好物を喋ったのか」
「別にこれが好物、だとかは言ってません。ただ、これを食べるのが多かった、とは言いましたが」
アレアはアーサーが持つつまみの皿を指差す。
今、彼が持っているのは干し肉だ。
「これが1番美味くて軽くて食べやすくて持ち運びしやすいだろ」
「それはついて行く騎士皆が知っています。ですが、そこから肉が好きなのを理解し、似たつまみを持ってきたことは正解でしょう?しかも、野菜も取って来たとか?」
アレアは意地悪く笑いながらアーサーを見る。
「そうだぞ。お前が教えたのか?野菜も食べろって?」
アーサーはまたアレアを睨む。
「まさか。彼女の判断でしょう?閣下のこと、よく分かっているじゃないですか」
アレアは微笑む。
「何を言う。野菜に関してはお前達の入れ知恵だろう」
アーサーは睨む。
「いいじゃないですか。野菜の摂取は大事ですよ」
ダリスは口を挟む。
「そうでしょう。元々野菜そこまで好きじゃないんですから。塩分が多いのばかり摂っていても早死にしますよ」
アレアは言った。
「喧しいわ」
アーサーは切り捨てると、酒を煽り、キャロルの方を見た。
噂になっている本人はと言うと、グレンに絡まれていた。
「おい、箱入り娘」
「………まあ、私しかいませんよね?」
キャロルは一応周囲を見渡したのち、彼にそう返した。
「娘はお前しかいないからな」
「何でしょうか、グレン様」
「俺はお前が閣下の側近など、認めない」
「はい」
キャロルは答える。
「はい、だと?」
グレンは片眉を上げる。
「そんなの分かってますよ。だって、弱いですもん」
「……分かってるくせに、側近になるのか。恥ずかしくないのか」
「そりゃあ、恥ずかしいですよ。でも、頑張るしかないでしょう?」
彼女は近くの酒を取り、彼に渡す。
「お前に何が出来る」
グレンは酒を乱暴に受け取った。
「閣下の為なら、何でも」
キャロルは背の高い彼を見上げ、言い放つ。
「男と寝ろ、と言ってもか」
彼は尋ねる。
また意地悪い質問をするものだ、と周りの者は呆れる。
「寝ますよ。それが、閣下のご命令とあれば」
キャロルはまっすぐ彼を見つめて答えた。
その答えに皆が目を見開く。
「皆さんもそうなんでしょう?閣下のご命令とあらば、色仕掛けでも何でもするでしょう?」
キャロルは微笑みながら問う。
「馬鹿だな、お前」
グレンは言う。
「よく言われます」
「だが、それは間違ってる」
グレンは言い切る。
キャロルは少し首を傾げながら、彼を見る。
「馬鹿が。俺はお前を認めない」
グレンはそう言うと、酒を飲み干す。
「仕方ありません。認められるように頑張ります」
彼女はそう返した。
「はっ!精々、生き残れ」
グレンは踵を返し、去って行く。
(くそが)
グレンは内心で舌打ちした。
そんな彼らの様子を見て、ダリスとアーサーは喋る。
「危ういですねぇ、彼女」
ダリスは少し笑いながら言う。
「でもまあ、グレンがいるなら大丈夫でしょう」
彼はそう結論付け、酒を飲み干す。
「だな」
アーサーは酒のおかわりを貰う。
色んな人と関わり、成長するだろう。
「見ものだな。ダリス、休んでもいいが、たまには顔を見せに来いよ」
「少しだけですよ」
「嫁と共に引っ越してきてもいいぞ」
その言葉にはダリスは物凄い嫌な顔をした。
「まさか。男しかいない所に連れて来るわけないじゃないですか」
ダリスは顔を歪めながら、そう反論するのだった。
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