第4話 容疑者2名

渡辺「泉が生きていた理由…。刺したフォークを抜けず、殺せなかったのだろう」


誠也「な、なんで…」


渡辺「あのフォーク、さっき見てみたら綺麗に声帯に刺さっていた。木下に叫び声を上げさせないためだ。だから抜くと叫ばれてバレる可能性があったのだろう」


太郎「…渡辺さん、なんでそんなことに気づいたんですか…?」


瑞希「今のうちに自首して!お願いよ!」


渡辺「犯人は私じゃない…。第一に、犯人かと疑われてすぐ殺すなんて自分が犯人だと言うようなものだろう」


誠也「確かに…現に、僕が気づいたし…」


渡辺「第二に!私がフォークなんかで刺せるわけ無いだろう…。フォークはみんなキッチンで洗ってたんだろ?」


太郎「君は扉に1番近いじゃないか…。取りに行くことはできるだろう」


渡辺「布団を敷いたのは二朗本人だ」


誠也「まっまぁ、落ち着きましょう!」


渡辺「大体、熟睡してた90歳ならまだしも浅眠りの20歳なんて簡単に殺せるわけないだろう」


太郎「…確かに、私も触られればすぐに起きられるほどの浅眠りだった…」


瑞希「熟睡なんてできるはずないわね…」


誠也「…今日、山を降るんですか?」


瑞希「えぇ、そうなるわね。多分」


太郎「…いや、ダメだな。まるで漫画!って感じだが、ここに来る途中にあった橋は落とされていたよ」


渡辺「え!?吊り橋ならともかくあのアスファルトかコンクリートの橋が!?」


渡辺「…山下…。お前橋に行ったのか…!?」


太郎「…あぁ」


瑞希「え?それがなんだって言うのよ」


渡辺「わからないのか!!こいつは私たちを見捨てて逃げようとしたんだ!!」


渡辺が声を荒げ長いテーブルを叩く。

瑞希のネーム立てがパタリと倒れた。


太郎「怖かったんだ!当たり前だろう!自分の横で人が死んでいるんだ!」


太郎はそう言いながら血のついた小指を眺める。

それは、二朗の血に相違なかった。


渡辺「ふざけてんじゃあねぇぞ!クソ野郎がッ!!私は死体を運んだ!私は逃げたか?いいやここにいる!」


太郎「…あの時はパニックで…」


渡辺「何より、私が最も苛立っているのは『お前がのうのうと帰ってきた事』だ!」


誠也「え?…どういうこと…ですか?」


渡辺「泉…。山下がどうにか渡りきっていたならッ!…助けが呼べて、我々は今頃家の中だ…!!」


瑞希「…確かに」


太郎「勘弁してくれよ…!1m位ならまだしも向こう側への幅は4m以上だッ!!」


太郎は、渡辺の背広の胸ぐらを掴む。


渡辺「…ああ…ついかっとなった。すまなかったな」


太郎「…」


太郎は掴んでいた手を離す。

食堂の中は4人を包み込んで気まずい沈黙が支配した。

無音の地獄の殻を破ったのは鳩の鳴き声だった。


鳩<クエェェーーーッ!


瑞希「はと…鳩!?」


瑞希「ねぇ!鳩で手紙を飛ばすと言うのはどうかしら!?」


太郎「なるほど伝書鳩か…。しないよりはマシだろう」


誠也「僕!ここの住所調べてきます!」


太郎「私は鳩を捕まえて来る」


ギィィ…


渡辺「今井…よく聞けよ」


瑞希「え?どうしました?」


渡辺「おそらく殺人犯は山下だ」


瑞希「そんな!?太郎さん…?」


渡辺「皿洗いをしたのは奴と君だ。凶器のフォークをくすねるのなんて簡単だろう」


瑞希「だからって…」


渡辺「私が寝る位置を決めたのも奴だ。私をドアの近くにして、フォークを取りに行ったと言うデタラメに信憑性を持たせた…。木下の死体の第一発見者も奴だ。死体はどうにでも出来る…!おそらく奴は私を犯人に仕立て上げようとしている」


瑞希「…私は、あなたが犯人だと思っています。でも確かにその根拠は全部、太郎さんが言った物です。…私は、あなたを信じたい。だから、犯人じゃないと言う証拠を見せてください」


渡辺「証拠…。あるにはある。これを見ろ」


カチャッ


渡辺は背広の内ポケットから銀に輝く十徳ナイフを出し、そのナイフを出してみせた。


渡辺「もちろん、ナイフ以外にも栓抜きもキリも爪切りもハサミも血なんてついていない。これがあるんだからわざわざ危険を犯しフォークを取りに行く理由がない」


瑞希「なるほど。十徳ナイフ…。信用します。私はどうすればいいですか?」


渡辺は十徳ナイフをしまい、ボイスレコーダーを出した。


渡辺「この会話は録音した。もしも私が死んだらこれを泉に聞かせて逃げてくれ。襲われても二人がかりなら何とかなるだろう…」


瑞希「なんで今逃げないんですか?」


渡辺「山下だってここで野垂れ死ぬつもりはないだろう。私を始末したら何か用意していた手段を『偶然見つけた』ふりをして逃げるはずだ。そこを使った方が安全で確実だ」


瑞希「わかりました。逃げ帰ったら、ここの事を警察に言えばいいんですよね?」


渡辺「あぁ。頼むぞ」


瑞希を渡辺はガシィッと握手をした。


ところで、食堂は実は壁が薄く、その上食堂の一面は外と面しているので、耳を澄ませれば外から中の会話が聞こえる。


その薄い壁にもたれかかっているものが、1人。


太郎「………」


続く

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