第5話 物語のはじまり

 僕にとって、自分が生きている町はこの世界の全てだった。

 農業従事者はほとんどの小さな町。聖王国の中に似たような町は沢山あるだろう。

 

 父や母の言うことに従って、平凡でありふれた農民の生活をしていた。

 

 時折町を訪れる神官に頭を下げてさえいれば、他は何も気にしなくていい。

 穏やかで、けれども幸せな日常だった。


 ――あの日までは。


 「今年の生贄はローラ・アベリーに決定した。明日の朝、この町を出る。すぐに準備したまえ」


 厳めしい礼服を着た男が大切な幼馴染の名前を呼んだ瞬間、僕の人生は一変した。

 


 町民がたまに生贄として捧げられていることは知っていた。

 

 神官が言うには、この町のそばにある大きな山は大昔に大きな噴火を起こして多数の死者を出したらしい。

 それで、山の怒りを鎮めるために毎年生贄を捧げる必要があるのだと言う。

 

 残酷な話だな、と思っていた。

 でも同時に、心のどこかで他人事だと思っていた。


 自分たちには関係のないこと。

 どこか知らない誰かが不幸になるだけ。

 そんな風に現実逃避していたのだ。


 幼馴染が生贄に選ばれて、初めてその事を悟った。

 

 

 ――納得できない。

 

 どうしてローラが。

 彼女は何も悪いことをしていない。ただ普通に暮らしていただけだ。

 なぜ彼女が死ななければならない。

 

 納得できない。

 だから、ローラを連れて街の外に出ようとした。

 

 彼女をコッソリ連れ出すことは案外簡単だったが、すぐに町民に見つかった。

 金髪をなびかせるローラは真っ青な顔で僕の後ろを走っている。

 

 その後ろからは、沢山の大人たちが血走った目で追いかけてくる。

 

「あの背教者を捕えろ!」

「生贄を捧げなければみんな山の怒りに殺されてしまうのだぞ! 分かっているのか人殺し!」

「お前のような人でなしを産んだ覚えはない!」

 

 聞いたこともないほど汚い言葉で罵ってくる大人たちを背に、僕は必死に走った。

 武器を持った大人との追いかけっこなんて、本来なら勝てるわけもないはずだった。


 けれど、ローラを連れ出した時から、僕の体には不思議な力がみなぎっていた。

 

 「ソウルライト」という力に目覚める者が、この世界にはいる。

 人間の根底にあるもの――魂から人間離れした力を引き出す者たち。


 優れた騎士や高名な魔法使いなど、歴史に名を残す偉人はほとんどこの「ソウルライト」の持ち主だったようだ。


 おそらく僕の足を動かす力はその「ソウルライト」なのだろう。

 

 力が馴染んで来てからは、ローラを抱きかかえて走った。

 僕の脚は驚異的な脚力とスタミナを発揮して、最後まで大人たちに追い付かれることはなかった。

 

 

 走って、走って、走って、信じられないくらい走って、もはや意識すら朦朧としてきた頃、僕たちはようやく町から抜け出して追手を振り切った。

 

 外に出た頃には、外が明るくなっていた。

 周辺には人家の姿すら確認できない。

 

 ひとまず安全だと思えるところまでようやく辿り着けた。

 何もない草むらに、どっさりと座り込む。


「あはは……さすがに疲れたね」

「リオ、肩の傷は大丈夫!?」

 

 すぐにローラが青ざめた顔で近寄ってきた。

 追われている際にクロスボウで撃たれた傷を心配しているようだ。

 

 僕はなるべく平気そうな顔で答える。


 「大丈夫だよ。ちょっと掠っただけだったし」

 「嘘。その顔はリオが嘘ついてる時の顔。良く見せて」

 

 下手な演技はアッサリとバレてしまったようだ。

 ローラは僕の服の肩口を慎重に引っ張って、傷の様子を確認した。

 矢は貫通したので残っていない。しかし、肩からは今もなお血がポタポタと滴り落ちていた。

 

 「ひどい傷…………リオ、ごめんね」

 「……謝らないでよ」

 

 震える声で謝る彼女は俯いた。

 目元からポロポロと涙が零れ落ちる。


 「私、まだ考えてるの。今日あったこと、眠ったら全部なかったことにならないかなって。目が覚めたらお母さんとお父さんが笑ってて、リオが遊びに来て、それで、それで……」

 

 そんな言葉を聞いていると、僕まで泣いてしまいそうだった。


 「――ああ、時が戻ってくれたらいいのに」


 その言葉を口にした瞬間、彼女の触れている部分、僕の肩に変化があった。

 

 傷口のあった肩が、まるで時間が巻き戻るみたいに治っていく。

 痛みが一瞬にして引き、僕の肩は完全に元の状態に戻っていた。

 

 「……え?」

 「――ソウルライト」


 僕は直感した。

 彼女もまた、目覚めたのだ。

 魂の輝き。強い意志を以って発現する、超常の力。

 

「今日は最悪だって思ったけど、悪いことだけじゃないね」


 僕は強がりみたいに言った。

 僕に発現した身体能力向上の能力。

 それと、ローラに発現した癒しの力。

 

 それがあれば外の世界でも生きていけるかもしれない。

 

 

 

 ローラ、少し待って欲しい。

 

 過去はもう戻らない。おじさんやおばさん、父さんと母さんとの暮らしはもう戻らない。

 けれど、もっと幸せな未来を探すことはできる。

 幸福な日々を失ったなら、もっと幸福な日々を過ごせばいい。

 

 理不尽な命令1つで大切な幼馴染が不幸になるなんて、僕が絶対に許さない。

 胸の内、心臓のあたりで、僕の魂が輝いたような気がした。

 



 僕たちの暮らしていた国――聖王国を抜けて、帝国へ。

 どっちに行けばいいのかは、通りがかりの商人が教えてくれた。


 道中では魔物の姿を見ることもあったが、ソウルライトの力を使えばあっさり逃げられた。

 

 帝国領についてからは、日雇いの仕事をさせてもらって路銀を確保。ローラを宿のベッドで眠らせることができた。

 

 僕とローラは帝国の冒険者ギルドに登録した。

 町を出たこともなかった僕たちには知る由もなかったことだが、ソウルライトに目覚めた人の多くは冒険者として生計を立てているそうだ。

 ひとりで3人分以上の戦闘力を持つソウルライト保持者にとって、国仕えの騎士や魔法使いになるのはあまりメリットがない。それなら、フリーランスとして冒険者になった方が稼げる。

 

 冒険者の仕事は主に魔物との戦闘や護衛だ。

 国の騎士の対応が追いつかない地域に出没した魔物の討伐、危険な地域での鉱石の採取、貴族の馬車の護衛。

 

 少人数で莫大な戦力となる冒険者は、結構需要があるそうだ。

 

 僕とローラは、比較的簡単な依頼をこなしながら宿に泊まるお金、ご飯を食べるお金を稼いでいた。

 ヒュージビーの討伐、ルビー鉱石の発掘、生命草の採集。

 決して楽な日々ではなかったが、依頼の達成を通じて僕たちは戦闘の経験を得ていった。


 僕のソウルライトは身体能力を強化してくれるようだ。

 安物の剣を買って魔物と戦っているが、今のところ負けたことはない。

 今なら、薄い鉄くらいなら切り裂けるだろう。


 ローラの治癒の力は町の聖職者と比べても秀でたものだった。

 戦闘中に僕が傷を負うと、すぐに治してくれる。

 それに、不思議なバリアみたいなものを出して自分の身を守ることもできるようだ。

 けれど、敵を攻撃する力はほとんどないみたいだ。

 僕が守らなくちゃならない。

 

 決意を新たにして、僕たちは新しい生活を始めた。

 

 

 

 それは「Souls light nobly」という物語の始まりである。

 リオグレンという少年は主人公であり、ローラという少女はヒロイン。

 彼らは死神少女の「推しカプ」だった。

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