第4話 フレンの旅立ち
フレンを引き連れた俺は、ひとまず彼女の屋敷まで戻った。
屋敷内部はひどい荒れ方をしていた。
内部には死体が転がり、金目のものは乱暴に奪われた後。
とりあえず屋敷で眠っていた盗賊は全員首を刈り取っておいた。
「あの……」
屋敷の軽い「お掃除」をした後でフレンの元に戻ると、震える声で話しかけられた。
どうやらまだ怯えられているらしい。
「俺は味方だよ」と伝えるために、俺は最大限優しい言葉をかけた。
「――なに?」
……ダメだ。フレンがさらに怯えてしまった。
この体は誰かと話そうとするとどうも口下手になる。
冒険者ギルドにいる時もそうだった。
俺的にはせめて受付のお姉さんくらいとは仲良くなりたいところだったが、口下手は治らず怯えられる一方だった。
そもそも、ブルームの纏う雰囲気が他人には不気味に思われるようだ。
死神と契約したブルームは常に死の雰囲気を纏う。
相対した者は、言いようのない威圧感を覚えるのだ。
「今日はここで休んで。賊が戻ってきたら私が殺す」
いったん円滑なコミュニケーションは諦めよう。
俺はフレンに一方的に指示を出した。
というか、俺は別に原作キャラと直接コンタクトを取る予定はなかった。
たまたまフレンが襲われている場面に直面したので、つい助けてしまった。
あのまま放っておいても、フレンは原作通りに力に覚醒して男たちを撃退していただろう。
フレンの力――ソウルライトは魔法の才能を覚醒させるものだ。
彼女のソウルライトの原点は気高い自分でありたいというもの。
その理想とするところは、彼女の父が常々口にしていたノブレスオブリージュを体現するような貴族だ。
そこから弱い者でも守れるような強い魔法使いへと成長していく――のだが、もしかしたら俺がその機会を奪ってしまったかもしれない。
……うーん。でもあの場面で助けないっていうのも流石に良心が痛むというか。
それに、原作通りにフレンが力に目覚めて間一髪助かるという保証もない。
「あ、その!」
背中を向けてフレンから離れようとすると、彼女に呼び止められる。
無言で振り返ると、彼女は恐る恐る言葉を口にした。
「助けてくださり、ありがとうございました」
「……」
……ああ、その言葉を聞けたのなら、原作ブレイクだとかどうでもいいかもしれない。
俺は温かい気持ちになりながらその場を後にした。
◇
「一晩寝て少しは気持ちの整理がついた?」
「はい……まだ頭が追いついていない部分はあるけど、これからのことを考えないといけませんね」
……強い子だな。
今朝方両親の埋葬を済ませたとは思えないほどハッキリした口調。
その目は真っ直ぐ俺を見据えている。
「これからどうやって生きるの?」
「はい。私はクラエル家の名前を捨て、冒険者として生きようと思っています。魔法の心得なら父から教わりました」
覚悟は十分なようだ。ただ、俺としては心配な部分もある。
「それじゃあ冒険者ギルドの登録はどこで済ます? それに伴っての拠点の準備は? 宿を取るとしたらその費用は手元にある? 最初どうやって生計を立てるの? 庶民のマズい食事に耐えられる?」
「え? あ、あぅ……」
俺が矢継ぎ早に問いかけると、先ほどまで真っ直ぐこちらを見据えていた目がゆらゆらと彷徨い始めた。
まあ、予想通りだな。箱入り娘が急に外の世界に行こうとしたらこうなるだろう。
「ごめん、少し意地悪をした。でも、考えなければならない事は多分君が思っているより多い。……だから、私が最初は少し手助けをしよう」
本当はこんなこと言う予定はなかったのだが、流石にフレンをこのまま放ってはおけない。
「え、死神さんが……? どうして、ですか?」
「死神じゃない。私はブルーム」
「あ、ごめんなさい、ブルームさん。……あ、申し遅れました。私はフレン・クラエルと申します。命を助けて頂いた大恩、感謝しております」
「……ん」
律儀に名乗りを返してくるフレンに小さく頷いて返す。……もう少し愛想よくできないものか、この体は。
「――あなたから、上質な魂の輝きを感じる」
フレンを助ける理由について、俺は先ほど考えた嘘の理由を述べた。
彼女が小首を傾げる。
「ソウルライトを持つ可能性のある人間は貴重。それが魂を磨き上げることもせず息絶えるのはもったいない。刈り取る魂は上質であればあるほどいい。死神も喜ぶ」
やばい、自分でも何言ってるか分からなくなってきた……。
そもそも俺、他人の魂の輝きとか見れないし。
案の定フレンも目を白黒させている。
「とにかく、あなたにはソウルライトに目覚める才覚がある。……あるいは、もう既に使える?」
「ソウルライト、ですか? いえ、私は……」
「己の胸に手を当て、その輝きに意識を向けて」
原作のフレンがソウルライトに目覚めたきっかけは両親の死だ。
であれば、盗賊を撃退するという経験を経ていなくてもソウルライトに目覚めているかもしれない。
フレンは自らの胸に手を当て――やがて、何かに気づいたようにハッと目を見開いた。
「もしや、これが……?」
おお、本当に目覚めてた!
良かった。俺がでたらめを言う狂人みたいにならなくて……。
「『氷の矢よ』」
フレンは早速詠唱を行うと、手のひらを前に突き出して氷の矢を放った。
矢は一瞬にして目標物にしていた木に到達して破裂した。
「すごい! 私の魔法がこんなに強く……!」
フレンの育ったクラエル家は魔法使いの家系だ。以前から魔法は使えたのだろう。
ただ、ソウルライトに覚醒した魔法使いの魔法は、そうではない者の比ではない威力を発揮する。
例えるなら普通の魔法使いの魔法がピストルだとしたらソウルライトに覚醒した魔法使いの魔法はマシンガンのようなものだ。
「ソウルライトを使いこなせば今よりも魔法は強くなる」
「ぜ、ぜひ! その方法を教えていただきたいです!」
「落ち着いて。魂の輝きは一朝一夕で変わるものではない。あなたは当初の予定通りに冒険者になって、沢山の経験を積むべき。そうすれば力は自ずとついてくる」
「な、なるほど……」
俺の言葉を聞いたフレンは、やがてこちらを真っ直ぐに見て言い放った。
「それでは、僭越ながらこれからよろしくお願いします、師匠!」
「…………師匠じゃない」
俺はあくまで脇役。フレンが一人前になるまでの補助輪みたいなものなのだから。
宿の取り方から、買い物の仕方。魔物の討伐方法に野営の仕方など、一通りのことをフレンに教えた。
「フレン、これ相場より高い。隣の店に行った方がいい」
「な、なるほど……」
「ぶ、ブルームさんやりました! 私、1人でトロールを倒せましたよ!」
「ブルームさん、またそれしか食べないんですか?」
「これで十分。私の体は燃費がいい」
経験を重ねていくうちにぐんぐんと成長していくフレンの様子を見て、俺は確信した。
ああ、俺はもう必要ないだろう。
ある日。俺は宿で眠るフレンをひとり残して町を出た。
「あとはひとりで頑張れ」みたいな書き置きを残しておいた。
この後は勝手に原作通りに主人公たちと行動を共にするだろう。
――この時の俺は、俺の存在が想像以上にフレンに影響を与えたことに気づいていなかったのだ。
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