第2話 力の確認

 この世界は弱肉強食のまかり通る修羅の世界だ。

 無力な人が盗賊なんかにあっさり殺されることも珍しくない。

 強力な魔物に襲われて町一つ壊滅する、なんて事態も発生する。

 

 そんな世界で自分のやりたいことをやるなら、強くならなければならない。


 「さてと、とりあえず現状のブルームがどこまで力を使えるのか確認しないとな」

 

 とりあえず自分の力を確認したかった俺は、冒険者ギルドで適当な魔物の討伐依頼を受けていた。

 魔物の出現するという平原まで足を運ぶ。

 

 冒険者ギルドへの登録は既に済んでいた。

 どうやらブルームは冒険者として生計を立てていたようだ。


 俺の憑依する前のブルームについては、体がぼんやりと覚えていた。

 俺とは完全に別人の、原作通りのブルームだった。


 家族を殺され、その復讐を誓い死神の力を手に入れた少女。


 ――ただし、多分彼女は既に死んでいる。

 肉体は生きているが、その魂の存在を感じられない。

 状況から察するに、「死の魅了」に耐え切れず自我を崩壊させたのだろう。


 狩魂術とは、力を使うたびにロシアンルーレットをしているようなものなのだ。

 たまたま引き金を引いた時に弾丸が飛び出した。

 それだけのことだ。

 

 その死を悼む気持ちはあれど、ひとまず俺は俺自身のことを考えるべきだろう。

 ブルームが残した肉体を簡単に殺してしまうのも忍びない。

 

 

 「――死の誘いをここに」


 胸の奥から力が溢れてくるのを感じる。

 ブルームのソウルライトは問題なく引き出せているようだ。


 ブルームの力、つまり狩魂術は、彼女が生まれた時から使えた力というわけではない。

 ブルームは死神と契約することで自らのソウルライトを強化したのだ。


 ブルームのソウルライトが望むのは「家族の仇を殺すこと」。

 その執念に目を付けた死神がブルームに契約を持ち掛け、彼女に力を授けた。

 代償は寿命20年。

 と言っても、この力を使っていれば寿命を全うする前に命を落とすだろう。

 

 「『狩魂術――死を告げる霧』」

 

 力を使うと、周辺一帯に白霧が発生した。

 霧は深く、目の前の景色すら目視できそうにない。

 

 「おお、この辺も原作通り……!」


 原作ファンとして感動してしまった。

『死を告げる霧』はブルームの象徴的な能力だ。


 彼女が現れる時には、周囲に濃い霧がかかり、昼間であろうと真夜中のようになる。

 死神の如く魂を刈り取る彼女に相応しい舞台と言えよう。


 さらに、この霧の中にいる者は常に漠然とした恐怖に襲われるのだ。

 それは、今まさに死が目前に迫っているという恐怖。

 断崖絶壁の先端から下を見下ろしている時のような、あるいは後頭部から地面に落下する時のような。

 そんな感覚は戦う者の精神を大きく疲弊させる。

 

 主人公たちはこの霧が出てくるたびに現れる強敵ブルームに苦戦を強いられることになるのだ。


 「後は――『死神の猟犬』」

 

 俺が詠唱すると、足元に一体の犬が出現した。

 灰色の体、赤く光った目。その首には、トゲトゲしい首輪がついている。


 猟犬はブルームの命令を忠実に実行する尖兵だ。

 脚力に優れ獲物を追い詰めるのが得意なだけでなく、炎を吐くこともできる優秀な猟犬。

 

 「あの『ヒュージビー』を狩ってこい」

 

 命令を聞いた猟犬は凄まじい勢いで駆けだすと、超大型の蜂の魔物――ヒュージビーへと噛みつき、その胴体を牙で破壊した。

 

「おお、優秀……」

 

 死神の猟犬の強さはだいたい想像通りだった。

 せっかくなのでこのままヒュージビーの討伐を手伝ってもらうことにする。


 俺もチマチマ一体一体鎌で斬っていたが、猟犬の方が断然早かった。

 

 ほとんど猟犬のおかげで俺は冒険者ギルドの依頼を達成し、報酬をゲットすることができた。

 これだけ力を使いこなせるなら、戦闘で後れを取ることはないだろう。

 

 

 ◇

 


 あれから、俺は黙々と冒険者の経験を積み続けた。

 魔物の討伐依頼だけでなく賞金首の討伐など重ねた結果、俺は「白霧の死」などと呼ばれ恐れられるようになった。


 自分の実力にも自信が付いてきたので、そろそろ次の段階に移りたい。


 原作キャラの発見、観察だ。

 というかこれがしたいためにならず者の首をスパスパ狩って金を貯めてきたまである。


 

 今は時系列的には原作開始前だ。

 となると、主人公一行の発見は少々困難になる。

 

 主人公とその幼馴染はまだ聖王国にいる頃だし、ギルはどこにいるのか特定するのが困難だ。


 一番観察しやすそうなのはフレンだろう。

 

 フレンは貴族家で生まれた女の子であり、生まれてからしばらくの間実家の屋敷で過ごしている。

 しかし、とある事件から家族を失い魔法使いとして生きていくことになるのだ。

 

 もし仮に家族が生きている頃なら、クラエル領にいるだろう。


 

 

 常時発動型の能力――「死神の眼」は夜闇の中でも周囲を見通す力を持っているので、夜でも行動に支障はない。

 夜の方が魔物の数が少ないので、移動には好都合だ。

 

 俺は昼夜問わずひたすら歩き続け、クラエル領の端に位置する森まで到達した。


 「……そろそろかな」

 

 道中で倒した魔獣の肉を炙って食べる。

 夜の森の中には人影は一切ない。周りにいる魔物はだいたい俺が片づけた。

 

 俺の持っている地図に間違いなければ、この森を超えればクラエル家の屋敷が見えてくる。

 領内で一番大きな屋敷が見えたら、とりあえず遠くから「死神の目」で様子を見よう。


 運が良ければ原作開始時より少し幼いフレンが見れて……


 「グヘヘヘヘ……」


 おっとしまった。美少女の声帯で気持ち悪い奇声を出してしまった。

 

 

 「……ん?」

 

 遠くから、誰かの声が聞こえてきた。

 おかしいな。さっきまで周りに誰もいなかったのに。


 肉を炙っていた焚き火を消して、声の方へと近づく。

 複数の男と、悲鳴のような声を上げる女の子の声だ。


 ……強盗か何かだろうか?

 そう思って足を進めると、「死神の眼」がその場にいる人間を捉えた。


 複数の男たちは所々に返り血のついた服を着ている。

 その近くに倒れ、涙を流している女の子は――フレンだ。

 

「――その汚い手でフレンに触るな」


 「死を告げる霧」を出現させる。手には「死神の鎌」。

 俺は狩魂術を発動させると、霧に乗じて男たちに襲い掛かった。

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