ラスボスに使い捨てられる悪役中ボスにTS転生したけど、原作キャラを観察しに行きます!

恥谷きゆう

第1話 死の魅了について

 「Souls light nobly」、通称ソウライは鬱要素の多い漫画だった。

 

 物語の大筋は王道のものだ。

 ひとりの少年が大切な幼馴染を守るために強くなり、ヴァンガード教会という悪の組織と戦うというもの。

 

 ただ、その過程はかなり過酷なものだ。

 

 戦っていた相手に面白半分に拷問されたり、幼馴染の家族が知らないうちに殺されていたり。他の仲間にも結構重たい過去があったりした。

 そもそもが殺伐とした世界観なので、そういったイベントが頻発する。

 

 美麗な絵柄で描かれる絶望顔や泣き顔はやたらと気合が入っていて、作者の嗜好が伝わってくると評判だった。

 ネットでは「ソウライの作者は美少女を曇らせる為に漫画を描いてる」とまで言われたほどだ。

 

 そういったところも漫画の魅力だが、それでも「この世界は少しくらい優しくならないものか……」と思ったものだ。

 

 そう、他人事のように思っていたのだ。


 

 ◇


 

 「ああ、終わった……」


 一瞬にして、俺は自分が「ソウライ」の世界に来たことを理解した。


 まるで頭の中に直接情報を叩き込まれたような感覚だった。

 おそらく、俺の意識がこの肉体に宿ったのと同時にこの肉体の記憶が俺の中に流れ込んできたのだ。

 

 ……信じがたいことだが、そうとしか思えない。


 ここは、鬱展開だらけの漫画ソウライの世界だ。

 

 

 

 周辺は鬱蒼とした森。

 時刻は既に夜。電灯1つないこの場所は、まさしく一寸先は闇といった様子だ。

 

 当然ながら人の姿は見えない。代わりに遠くから狼の唸り声が聞こえる。

 

 ソウライ世界において人の住んでいない領域とは魔物がそこら中に蔓延る危険な場所だ。

 こんな所に女の子ひとりでいれば、襲われるのは時間の問題。


 

 そう、記憶の中では普通に男子大学生していたはずの俺は、女の子の体になってしまっていたのだ。

 

 本当であればなくなってしまった相棒を惜しんだり今の自分の体がどんな風になっているか確認したいところだが、今は命の危機。

 それよりもやるべきことがある。

 

 この体の名前はもう知っている。

 先ほど脳に叩き込まれた情報には、当然彼女本人のことも含まれていた。

 というか、漫画に出てきたキャラなのである程度知っている。

 

 「ブルームの力は……ああ、もう狩魂術を借り受けた後だな……」


 死神との契約は既に済ませているらしい。

 俺は自分の生存率がさらに下がったことに肩を落とした。

 

 ブルーム――つまり今の俺が扱うのは狩魂術。

 元々ブルームが持っていた力――「ソウルライト」を強化する形で死神から授かった力を振るうことができる。

 その力は相手を死へと誘うことに特化している。作中においては一対一の状況ではほぼ負けなしの強力な力だ。

 

 代償は、使うほどに自らもまた死に近づくこと。

 

 『死を扱う者はやがて死に魅入られ、最後には自ら死を選ぶ』

 

 原作のブルームは、力を振るうたびにどんどん精神をおかしくしていった。


 主人公たちの前に姿を現すたびに顔色が悪くなっていき、手首の切り傷が増えていき、首筋の締め跡まで出てきて、最終決戦の際には完全に正気を失って支離滅裂な言動を繰り返していた。

 何度も主人公たちと激戦を繰り広げたブルームは、最後には自ら首を搔っ捌いて自害。

 主人公たちと我々読者に非常に後味の悪い思いをさせた。

 

 「いや、こんな力絶対使いたくないんだけど……自分で自分の首を跳ね飛ばして人生ゲームオーバーとか絶対イヤだ……」


 しかし、この世界は俺の躊躇いを待ってくれるほど優しくはなかった。

 

 「――」


 俺の前に一体の魔物が現れた。

 不定形、粘性の生き物。スライムだ。

 

 最弱の魔物として定義されることの多いこの魔物だが、ソウライ世界においては、まったく侮れない敵だ。

 体内にあるコアを破壊しなければ行動をやめず、ひとたび接近すれば敵を体内に吸収し、消化液で溶かし尽くす。

 

 ブルームの華奢な肉体でどうにかできるとも思えない。

 やはり、力を使うしかないようだ。

 

 「――死の誘いをここに」


 呪いの言葉を口にすると、自分の胸のうちから力が溢れてくるのが分かった。

 

 ブルームのソウルライトは問題なく引き出せているようだ。

 「ソウルライト」とは魂の輝きを力へと転化する奇跡の力。この物語の根幹をなすものだ。

 

死神の鎌Soul Taker


 俺の手には、大振りの鎌が握られていた。

 漆黒の柄の長さはブルームの身長以上だ。

 巨大な刃部分は三日月のように曲がり、刈り取るべき獲物を今か今かと待っているようだった。

 

 

 この世で最も死に近いもの――「死神の鎌」を目の当たりにして、知性を持たないはずのスライムはまるで恐怖に怯えるように粘性の体をブルブルと震わせた。

 

 死神の鎌は命を刈り取る道具だ。

 その刃によって首を両断することができれば、斬られた者のこの世との繋がりを完全に断ち切る。

 不死身の肉体も、死者蘇生の奇跡も、タイムリープの奇術も、一切がこの刃の前では無力。

 絶対なる死。それこそがブルームの扱う力の正体だ。


 俺はスライムの核目掛けて真っ直ぐに鎌を振り下ろした。

 

 静かな斬撃音と共に、スライムが弾け飛ぶ。

 体内のコアを一撃で切断されたスライムは一瞬にして完全なる死を迎えることとなった。

 

 「ふう……」

 

 それを確認した俺は緊張を解いて安堵のため息をついた。

 力を解除すると、大鎌はその場で消滅した。


 そこまでの動作を終えて、俺はふと気づいた。

 

 「……あれ、力の反動なくないか……?」


 恐れていた悪影響が感じられない。

 原作におけるブルームの力は、使うたびに激しく動揺し、場合によっては自傷行為に走るようなものだった。

 

 自分の内面を分析する。

 

 大鎌を取り出した瞬間、確かに死が目の前にあるような錯覚があった。

 あの漫画の通りなら、俺はその不思議な魅力に少しずつ精神をおかしくするはずだが……。


 「――ああ、そういうことか」


 原作において、ブルームは力を使うほどに死への憧れを抑えることができなくなっていった。

 

 死とは生者にとって一度も経験したことのない未知のもの。

 

 死によって救われるかもしれない。新しい自分に生まれ変われるかもしれない。

 そのような淡い期待に胸を焦がれ、ゆえにこそ死は生者にとって不思議な魅力を放っている。

 

 死が生者を最も惹きつけるのは、つまりところ「誰も経験したことがない」という希少性が最も大きな要因だ。

 誰も知らないからこそ、人はそこに希望を見出す。

 

 ――けれど、一度死んだ俺はもう知っている。

 

 死とは単なる虚無だ。

 生命の終わり。その先には何もない。

 

 ただ己という自我が終わっていくのを他人事のように眺めるのみ。

 救いも、天国も地獄も来世も審判も、輪廻転生も関係ない。


 自己は死によって終わるのだ。


 あの時、朦朧とした意識の中で俺はそれを確信した。

 

 だから、今の俺は既に前世の自分とは別の何者かだ。

 

 

「死の魅了は俺には通じないぞ、死神」


 であれば、ブルームの能力――狩魂術のデメリットは俺には通じない。

 

 死に魅了され、やがて自ら死に至る病。死に関わる力を扱うほどに自らもまた死に近づく呪いの力。

 既に死を経た俺には通用しない。

 

 「……ああ、最悪だなと思ったけど、これなら悪くないかもしれない」


 これなら、使うたび精神に悪影響を及ぼす狩魂術のデメリットは無視できるだろう。

 この力を使えば、俺は俺のやりたいことができるかもしれない。

 

 俺は自分のうちから湧き出る衝動を抑えきれず呟いた。

 

 「――これなら、存分に推しカプを眺めることができるぞ」



 

 「――え、推しカプ……?」 という死神の戸惑いがどこかから聞こえたような気がした。

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