第4話 『世界はそれを黒歴史と呼ぶんだぜ』
「レリック!私のことはいいから逃げて!相手は魔物よ!かてっこないわ!」
少女の切迫した声が、青年の耳に突き刺さる。
青年はその言葉に躊躇いを見せるものの、すぐに決意を固めた。
「ふざけるなッ!お前をおいていけるわけないだろッ!」
『はじまりの国』を出て、すぐ近くの平原。
青年は絶望的な状況の中で、それでもなお、希望を捨てず……魔物を相手に、大切な幼馴染を守ろうと立ち塞がる。
そこにはプルプルと蠢く不定形の生命体――スライムがいた。
「ああ、そんな……お願いだから……あなたを失いたくない……」
彼女の瞳には、深い絶望と、彼への切ない慕情が宿っていた。
その呼びかけに、青年は振り向く。
「エリィ。ホントはオレ……お前のこと、ずっと前から……。いや……時間を稼ぐ……だから、はやくいけぇぇえええ!」
「……イヤ……いやよぉ!レリック!…………だめぇぇえええええ!!!」
決死の覚悟で剣を構える青年、レリック。
涙ながらに叫ぶ少女、エリィ。
転移魔法ではるか上空から落下してくる魔王、エルギア。
「うおおおおおおおッ!待っていろ勇者ぁああああっ!!」
――。
――轟音。
――地を揺るがすほどの轟音。
その場にいたスライムは霧散し、エリィを庇ったレリックは数十メートル先まで吹き飛んだ。
それはまるで、隕石が落ちてきたような衝撃だったと後に語られており。
そう遠くない未来、魔王の通り名に『スライムメテオ・オーバーキラー』という、まったく意味のわからない名が加わることになる。
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「ほんっと!ほんっとにすまんかった!なるべく人の少ない場所に落ちるように調整したはずなのだがッ!なにぶん、転移魔法使うの久々でッ!」
土下座するエルギアに、レリックとエリィは慌てふためく。
見るからに高貴そうな天使が、自分達のような平民に土下座している様子はあまりにもシュールすぎたのだ。
「そんなっ、どうかお顔を上げてください!」
「そうですよっ!あなたは俺たちの命の恩人なんですから!」
「しかし、我は……我は……」
「本当に大丈夫ですから!……ね、ね?レリック?」
「あ、ああ!もちろんだ!体だってこのとお――――ゲボァぁあッ!」
レリックの血反吐が、エリィの顔面を汚す。
エルギアの額からは、一筋の汗が流れた。
「いやぁああああああ!レリックの血がァァアア!」
「…………あわわわわ。我のせいで、死にかけとる」
「ハァ、ハア。どうやら、さっきの衝撃で……………いや、スライムの体当たりで骨を二、三本持っていかれたようだ……ゔッ」
「…………なぜそこまで頑なにッ!?どう見ても、スライムによるダメージじゃないだろ!!アイツの攻撃、くらってもせいぜい『1』ぞ!?」
「ああ、どうしましょうッ、このままじゃ、レリックが」
………く、一応、回復魔法は使えるが魔物以外にかけたことがない。同じ感覚でやって良いものか。人間の構造はいまいち分からんし、下手に内部を弄って、逆に悪化させたら元も子もない。
「うぐッ。ギ、ギリュウさんのところに……行こう。事情を説明すれば、きっと……なんとかしてくれるはずだ……」
「……
エルギアの顔つきが変わった。
……その名を、我は知っている。
「え、ええ。ご存知ありませんか?性格はアレですが……『はじまりの国』きっての回復魔法の使い手で、元勇――」
「ひとまず安全なところまで飛ぶぞ!道案内を頼む!」
「へ?」
エリィの言葉を聞き終える前に、エルギアは二人を宙に浮かべた。
「え!?、え!?」
『はじまりの国』の街並みが一望できる高度まで上昇していく、そして――。
「ようやく………ようやく会えるぞ!この我に愚行を働かした不届きものに!」
風を切りながら、赤いワンピースを着た天使は嬉々として叫んだ。
ほんの少し、勇者への怒りを抱きながらも、その瞳はどこか……懐かしさに満ちていた。
「「だれか!だれかァァアッ!」」
後に、当事者たちは語る。
――ケガ人に対してこの処置はありえない。
――正直、生きた心地がしなかった。
こうしてエルギアは知らないうちに、二人に多大なトラウマを植えつけ。
『深紅の悪魔』と、またしても不本意な通り名を得るのであった。
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