第3話 『宿敵は歩いてこない、だから歩いていくんだね』
「エルギアさま、お待たせいたしました。これより変幻の儀を執り行います」
クチナシが戻ってきたのは、それから一時間後だった。
準備に手間取っていたのか、魔道具らしきものがいくつも台座の上に置かれている。
エルギアはその魔道具をまじまじと見つめる。
…………ん?
「ちょっと待て、それらはなんだ?儀式で使う魔道具か?『変幻の杖』さえあれば十分だろう」
そう言って、エルギアは台座の上に乗った大きな杖を指さす。
だが、クチナシは表情を変えずに淡々と答えた。
「これらは儀式のあと、その効力を確実なものにするための保険です」
エルギアは訝しむ目で、もう一度、魔道具を見直す。
何度見返しても、その正体が掴めない。
これは……どう見てもただの香水にしか見えない。こっちは……口紅というものか?
他の魔道具も同様、化粧台で見かけるような道具ばかりが揃っていた。
エルギアは、クチナシに疑いの眼差しを向ける。
「お忍びで勇者に接触したい……そうでしたよね?」
「う……む、まぁ、そうなのだが……しかし……その、なんだ……あれだ。なにも勇者に会うためだけに、そこまで気合い入れなくても……。ただの町人Aみたいな格好でじゅうぶ――」
「エルギアさまッ!」
「はいっ!」
「エルギアさまにつかえる身として、
「…………すいません。我、がんばります」
……頼む相手、ミスったかもしれん。
一度、スイッチの入ったクチナシはこうなると逆らうだけ無駄だからなぁ。
「……改めまして、変幻の儀を執り行います。エルギアさま、目を閉じ、こちらへ」
「うむ」
エルギアは静かに目を閉じ、前に出る。
クチナシは台座の上に乗った大きな杖を手に取り、それをエルギアの頭上にかざした。
「変幻の杖よ、我が魔力を糧としてその真価を示せ」
杖の先端に埋め込まれた宝玉から、まばゆい光が放たれたかとおもうと、その光はエルギアの全身を包み込んでいった。
……しかし、この儀式はホントに必要なものなのか?杖かざして魔力注ぎ込むだけなら、別に我一人でなんとでもなるのだが……。
エルギアが変幻の杖を使うのは今回が初めてではない。
過去に何度か魔王城を抜け出す際に使っており、その度、クチナシにバレて説教されたことを思い出す。
……まぁでも。クチナシのやつが頑張ってるんだし、最後まで付き合ってやるとするか。
「クフ、クフフフフフフ……」
……?
………………。
チラッと片目を開く。
普段、鉄仮面のような無表情でいるくせに、ものすごーく生き生きした顔が目の前にあった。
……こやつ……めちゃくちゃ楽しんどる。
「クフフフフフフ……」
――この後、滅茶苦茶、着せ替え人形にされた。
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魔王城の中でも一際巨大な扉、そこを守護するように二体の甲冑騎士の像が佇んでいた。
「聞いたか?エルギアさまが勇者のところに単身で向かうらしいぞ」
「なんと!ではこの扉の奥で行われているのは……」
その一体が、もう一体の像に尋ねる。
「そう、変幻の儀だ。………こっそり覗いてみるか?」
「…………クチナシさまに殺されるぞ」
「だよなぁ…………」
「しかし、なぜわざわざ変装を?魔王なのだから、堂々と会いに行けばいいのでは?」
「『街中にいきなり魔王が現れたら、どこもパニックになって住民に迷惑をかけるだろう。お年寄りも多い国なのだから、驚かせて心臓麻痺でもおこされたら大変だ』……だ、そうだ」
「なるほど……さすがは魔王さま。思慮深い」
『そうだろう?分かったのなら、黙って見張りを続けろ。いいか、侵入者はその場で斬首だ。でないと、貴様らの
扉ごしから、いかにもおどろおどろしい声が聞こえた。
「……。」
「……。」
「…………。」
「………………。」
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「やれやれ、これだから西洋の石像は。頭が硬いだけなく、口も達者で困る。いっそ首無し地蔵の魔物を門番にすげ替えるか……」
出入口の扉に向かってクチナシは、そうこぼす。
「……おい。嫌な予感はしていたが、まさか、かような格好で勇者のもとへ行けと?」
エルギアは、鏡を見ながら言った。
「はい、何か問題が?」
「問題しかないだろッ!」
クチナシの前には……一人の可憐な娘が立っていた。
腰まで伸びた長いブロンドの髪、その身に纏った赤を基調としたワンピース。
膝元まで伸ばしたスカートにはスリットが入っており、生足が色っぽく強調される。
「脚だけでないッ!胸元がっ!肩がッ!背中がッ!!スースーするッ!!!」
エルギアは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「人間の国で、今流行っている『オタクに優しいギャル』風ファッションです」
「なんだその『オタクに優しいギャル』とかいうヤツはッ!どこらへんが優しいんだッ!童貞喰い殺しにきてるだろうがッ!あと、この頭についてる輪っかはなんだ!」
エルギアの頭部には、光輪の形をしたアクセサリーが浮いている。
「全身ビキニアーマーの女戦士を旅に同行させた勇者ですからね。『オタクに優しいギャル』だけではキャラが弱くて相手にされない可能性がありまして。隠密部隊を勇者の実家に派遣し、ベットの下に隠されていたエロ同人誌を奪取しました。『肉食系ド淫乱巨乳天使』がお好きなようで、付け焼き刃ですがオプションでつけさせていただきました」
……それは勇者が絶対に隠し通したい秘密では?
こやつ、今魔王軍の中でもっともえげつない行為をしとるのではなかろうか。
そもそも隠密部隊とはなんだ。そんなもの魔王軍のどこで編制した。
それに対するツッコミはいくらでもあるが、もはやエルギアはそんな些事ことなど、どうでもよくなってきていた。
……しかし、改めて今の格好を見てみると……これは……。
鏡の前でポーズをとる。
「……うん、我、かわいいな」
その出来栄えに思わず感嘆の声を漏らした。
「さすがエルギアさま。順応がお早い」
「勘違いするな。あくまで勇者に会う上で、この格好の方が都合がよさそうだと判断したまで」
鏡の前でクルッと回る。
ヒラヒラとスカートが宙に舞った。
「よって、クチナシよ。このブランドのアイテムは全て我の私物とする」
エルギアは、台座の上に置かれた化粧道具を指し示す。
「おおせのままに」
クチナシは静かに頭を下げながら、心の中で『計画通り』とつぶやいた。
「お帰りはいつごろで?」
「そうだな。……勇者の真意を、いや、我の宿敵に成しえる存在か見定めることができたなら、そのとき帰ることにしよう」
「では、
クチナシは恭しく礼をした。
「フッ、貴様もな。留守の間は頼んだぞ」
クチナシに見送られながら、エルギアは扉に向かって歩き出す。
しかし、その足取りはどこかぎこちなかった。
「あの……エルギアさま?」
「なんだ?」
「……やはり、その格好。恥ずかしいのでは?」
「う、うるさい!我は平気だ!」
「とてもお美しいですよ?きっと勇者にも気に入ってもらえるかと」
「……え?そ、そう?……えへ、へへへ」
エルギアは、そのまま扉を開ける。
「誰だキサマァぁああああああああッ!侵入者だァああああ!」
「斬首!即刻、斬首だァァアア!」
「へ?」
「……はァ、このアホども」
エルギアのお忍び旅は、即行部下に斬りかかられながらも始まるのだった。
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