第三話 優しき足跡

 瑠璃と玖郎は故郷の村を目指して旅を始めた。しかし、村がどこにあるのか瑠璃にはわからない。林道を歩きながら玖郎が口を開く。


「まずは、村に関する情報を集める必要があるかと」


 瑠璃は頷き、玖郎の提案に同意した。寡黙な玖郎の大きな背中を追いかけ、歩き続ける。彼はほとんど口を開かずただひたすら進み、瑠璃はその速度についていくだけで精一杯だった。


 ふと、玖郎が振り返り、少し息が上がった瑠璃を見て立ち止まる。

「すみません…」瑠璃は息を整えながら小さく呟く。

「いえ」と、玖郎は短く答えると再び歩き始めた。


 しばらくの後、二人は小さな村に辿り着いた。



 ▫️静まり返る村


 村にはぽつぽつと人影があるものの、どこか沈んだ空気が漂っている。瑠璃は近くの初老の男性に声をかけた。


 その男性は、この村の村長だった。村外から来た人間に驚く村長。しかし、彼の表情は暗いままだった。


「久しぶりの来訪者をもてなしたいところですが…今は村の状況が悪く…」


 事情を聞くと、何人かの子どもたちが原因不明の病にかかり、次第に衰弱しているという。村長自身の子どももその病にかかっているようで、憔悴していた。


 瑠璃は村長からさらに詳細を聞き、しばし考え込む。そして顔を上げた。

「もしかすると…それは私の故郷で流行ったことがある病かもしれません。この病は子どもがかかり重くなりやすいのですが…大人にはほとんど影響しないものです」


 村長は目を見開き、希望の光を見つけたような表情をした。

「それが本当なら、治す方法はあるということでしょうか?」


「ジブ草という薬草で薬を作ることができます」と瑠璃は答えた。


 すると村長は慌てて「その薬草はどこに?」と尋ねる。しかし、瑠璃は顔を曇らせた。村から出たことのない自分にはジブ草がどこに生えるものなのかわからない。「どこに生えるかは…すみません、詳しくないのです…」と申し訳なさそうに答えた。村長は肩を落とし、落胆の色を隠せない。


 その時、黙っていた玖郎が静かに口を開いた。

「ジブ草なら、ここに来る途中の林道で見ました」


 村長の顔が輝いた。瑠璃は玖郎の方を向き、そして真剣な表情で頼み込む。

「玖郎殿、少しだけ時間をいただけませんか…?どうしても、この村の子どもたちを助けたいのです」


 本来の目的から逸れているため反対を覚悟した瑠璃だったが、玖郎は「問題ありません」と頷いた。



 ▫️薬草を求めて


 瑠璃と玖郎は再び林道へと向かい薬草を採取することにした。その間、村長に「子どもがいる各家族は外に出ないよう、隔離してください」と指示を出した。


「隔離?なぜです?」と村長が尋ねる。

「病がこれ以上広がらないようにするためです」と瑠璃は冷静に説明した。



 採取した薬草を持ち帰り、瑠璃は村で薬を作り始めた。完成した薬を村長の子どもに飲ませる。

 しばらくしてから子どもの表情は和らぎ、どうやら薬の効果が発揮されたようだった。

 村長は安堵のあまり泣き崩れ、感謝の言葉を繰り返す。瑠璃もほっと胸を撫で下ろした。



 ▫️村の再生と次なる旅路


 その後、瑠璃と玖郎は村中を回り、他の子どもたちにも薬を配った。数日が経つと子どもたちはすっかり元気を取り戻し、村には活気が戻り始めた。


「本当にありがとうございました…」村長は何度も頭を下げた。


 瑠璃は「私一人では何もできませんでした」と謙遜し、本来の目的だった故郷の村について尋ねる。しかし、村長から得られた情報は残念ながら手がかりになるものではなかった。

 代わりに、ここから数日の距離にある町を教えてくれた。


「そこには人が多いので、何かしらの情報が得られるかもしれません」


 礼を述べ、再び旅立つ準備をする瑠璃。村長は一連の対応に追われるあまり二人に正式に名前を聞いていないことに気づいたが、その時には既に瑠璃の背中は遠く豆粒のようだった。せめて、この感謝の気持ちが届くように──

 村の人々は瑠璃の姿が見えなくなるまで手を振ったのだった。



 村を出てしばらく歩いた後、瑠璃はふと玖郎に向き直った。


「玖郎殿のおかげでジブ草を見つけることができました。ありがとうございました」


 玖郎は短く、「私一人では薬の知識はなく、この村を助けることはできなかったでしょう。それに──」

「知識があったとしても、私なら無関係の村を救おうとは思いません」そう付け加えた。


 瑠璃はくすりと笑い「まさか」と返す。


「玖郎殿はお優しい方です。無関係の私を助けてくれましたから」


 瑠璃は微笑み、再び歩き始める。そんな彼女の横顔を、玖郎は一瞬見つめた後、静かに後を追った。

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