第二話 一月後
瑠璃が玖郎の元で鍛錬を始めてから、一月が経とうとしていた。薙刀の扱いにも徐々に慣れ、自分が少しずつ強くなっている実感があったが、それでも瑠璃の心は晴れないままだった。
故郷のカガミ村、孤児院の兄妹たち、そして朱華と風吾――彼らの顔を思い浮かべるたびに胸が締めつけられる。それでも、村へ戻るために今は前へ進むしかない、と自分に言い聞かせていた。
ある日、玖郎が薪を拾ってくると言い、庵を出る準備をしていた。
「私が行きます」と瑠璃は申し出たが、玖郎は首を振った。
「すぐ戻りますので、庵でお待ちください」
そう言い残し、玖郎は庵を離れた。
庵で一人きりになった瑠璃は、思わず村の皆のことを考え始めた。自分が忽然と姿を消したことで、どれほど騒ぎになっているだろうか。朱華や風吾はきっと必死になって自分を探しているはずだ。孤児院の幼い兄妹たちの泣き顔まで浮かび、寂しさを振り払うように首を振った。
その時、庵の外から低い呻き声が聞こえた。獣の気配だ。瑠璃の手は自然と薙刀を握り締めていた。恐怖を抑えつけながら、庵の戸を開けて外に出ると、一匹の野犬がこちらを睨みつけていた。
今は玖郎はいない…自分がやらなくては…
瑠璃は必死に自らを奮い立たせた。睨み合いの末、獣が牙をむいて襲いかかってきた。
鍛錬で培った技を思い出しながら、何とかかわし、一太刀を浴びせる。
戦いの末、ついに野犬を倒すことに成功した。
ほっとして気を緩めたその瞬間、背後から再び唸り声が聞こえた。振り返る間もなく、もう一匹襲いかかってくる。瑠璃は慌てて受け流そうとしたが、態勢が崩れてしまう――。
「瑠璃殿!」
鋭い声とともに、玖郎が現れた。彼は瞬く間に野犬を斬り伏せると、冷静な目で瑠璃を見下ろした。
「ご無事か」
玖郎の問いに、瑠璃は頷きながら礼を言う。
「ありがとうございます…」
やはり自分はまだ未熟だ。「また助けていただきましたね…」そう言い俯く瑠璃に、玖郎は静かに首を振った。
「よく戦いました。最初の野犬を倒したのは瑠璃殿の力です。これならば、村への道中も問題ないでしょう」
その言葉に、瑠璃は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。そして改めて玖郎に礼を述べ、一人で村へ帰る意思を伝えたが、玖郎はさも当然のように言い放った。
「私も参ります」
「え…?」
瑠璃は驚き、玖郎の顔を見つめた。
「戦う術を教えた以上、その身に責任を持つのが私の流儀。しばらくは同行させていただく」
そう語る玖郎に瑠璃は戸惑いながらも、心のどこかでほっとしている自分がいた。
「…ありがとうございます、玖郎殿」
瑠璃の言葉に、玖郎は微かに頷くだけだった。
こうして二人は、故郷の村を目指し旅立つ。その道のりがどのようなものになるのか、瑠璃にはまだ知る由もなかった――。
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