事件②



 おかしいと思う。

 絶対おかしいと思う。



 神谷がスマホを忘れた原因はあたしじゃないのに。

 そりゃ多少の共犯説は拭えないけど、決してあたしは主犯じゃないのに。



 しかも、そんなカラッポなスマホなんてなくても別に神谷は困らないと思う。

 ホントに必要なら肌身離さず持ってるだろうし。

 しかも忘れた事にもすぐ気付くだろうし。



 何であたしがこんな目に……なんてどうのこうのと考えながらも。



「…………」



 既に神谷の家の前にいるあたしは、もしかしなくても実はMなのかもしれない。

「見てんじゃねェよ」「話し掛けてくんじゃねェよ」なんて、罵られたくて仕方ないのかもしれない。



 ……って、そんなワケないじゃん!



 あたしが期待してるのは、もう1人の神谷だから!

 兄の方なのか弟の方なのかわかんないけど、きっと……いや多分……いるに違いない双子の片割れの方だから!



 さてどう出るか。

 今日の神谷はどっちなのか。



 鬼が出るか蛇が出るか……なんて考えながらインターフォンを押す。



 一呼吸ほど置いた後に、静かにドアが開かれる。



 ゴクリと唾を飲み込むあたしの、目の前に現れたのは当然神谷。



 つい数時間前に教室から出て行った神谷には違いなかったけど―――



「……あれ。どした?今日は何?」



 よっしゃ当たり!!



 イケメン片割れキターーーーーー!!



「あ、あの、スマホ……忘れて帰ったでしょ……」



 ……なんてアゲアゲな気分を隠しながら、かろうじて冷静を装う。

 冷静を装いながら、神谷の前に神谷のスマホを差し出す。



 差し出されたスマホを少しの間見つめた神谷は、やがて―――



「良かったマジ助かった。一体どこで落としたんだろうって悩んでたとこだ」



 ―――なんて言いながら、零れんばかりの笑顔を浮かべる。



 やだこの笑顔本気で犯罪……!なんて思う一方で、やっぱり罪悪感が拭えない。



 だって神谷はスマホを落としたワケじゃない。



 しかもあたしはある意味共犯で、こんな犯罪級の笑顔を向けられるような立場じゃない。



 だけど目の前の神谷は、もしかしたら神谷本人じゃないかもしれなくて……双子の片割れかもしれなくて。



 神谷じゃないかもしれない人に、神谷の身に起こった事を説明して謝るのってどうなんだろう。



 もしかしてこの片割れは、学校での神谷の態度を知らないかもしれないし。

 あたしの隣の席の神谷は、このもう1人の神谷に学校での自分を知られたくないかもしれないし。



 隣の神谷は、目の前の神谷に……



 っていうか、ややこしすぎる!

 もう面倒臭い!!



「あの……神谷って双子だったんですか……?」


「え」



 いきなり単刀直入に切り出したあたしに、目の前の神谷は目を丸くする。

 驚いた顔すら普通にイケメンだから、この際とばかりにあたしは神谷を凝視しながら続けた。



「だって神谷……じゃないですよね?顔はそっくりだけど、あたしのクラスの神谷じゃ……ないですよね……?」


「……そう見える?」


「はい、だって全然違いますから。あたしの隣の神谷とは……その……雰囲気が全然違いますから」


「マジ?意外と似てると思うんだけどなぁ」


「はい、顔はソックリです。本人かと思うほど」


「うん、当たり。双子なんだ」



 アッサリ認めた目の前の神谷は、左手でドアを押さえながらドア淵に寄り掛かる。



「え?」


「俺ら双子なの。だから似てて当たり前かな」


「やっぱり!だってホントに中身が全然違うんだもん!」


「だからってそんなマジマジ見つめられたら照れるんだけど」



 神谷の片割れは、ホントに照れ臭そうな笑顔を浮かべながら右手で髪を掻き上げた。

 柔らかそうな色素の薄い髪が、何かに反射した夕日色に染まってキラキラしてる。



「アイツ、今寝てんだけど起こそうか?」


「止めて起こさないで!!あたしの用件は終わったし、なのにわざわざ起こして機嫌損ねたくない!いつもより酷い暴―――」


「ぼう……?」


「何でもない!気にしないで!!」



 思わず手を伸ばしてしまいたくなるような綺麗な髪だった。



 いつまでも眺めてたくなるような綺麗な色だった。



 だけど。



 そんな綺麗な髪より……



 綺麗な色より……



 あたしが目を奪われて仕方ないのは―――



「ね……やっぱあんた、神谷だよね?」



 ―――その、事実。



 目の前の神谷は不意をつかれたかのように一瞬動きを止めたけど「うん、双子だからな。俺も確かに“神谷”だよ」って笑った。



 そうなんだけど。

 確かに兄弟だったら、目の前のこの人も“神谷”には違いないんだけど。



「違うよ、だってその右手……」


「ん?右手?」


「うん、ほらここ。この油性マーカーペンの跡」


「…………」



 今はドアの淵に添えてる神谷の右手を指さす。



 今日、3時間目の授業の時だった。



 あたしの斜め前の席の男子が……つまり神谷の前の席の男子が、油性マーカーを使ってた。



 書いてる途中で頭を掻こうとした―――いや、決してシャレじゃなく―――その男子は見事に神谷の机へとマーカーを落とした。



 マーカーは机に突っ伏して寝てた神谷の右手を掠り、その結果。



「それ、その時のマーカーの跡だもん」


「…………」


「神谷は……あんたはいつものように寝てたから気付かなかったかもだけど、それ今日の3時間目に付いた跡だもん」


「…………」


「それってあんたが神谷って事でしょ?」


「…………」


「あんたは双子なんかじゃなくて、実はあたしの隣の席の神谷―――」


「―――セーラ」



 ぶっ飛んだ。



 いきなり目の前の神谷にファーストネームを呼ばれて、ぶっ飛んだ。



 あたしの名前は確かに「星良」だけど、決して神谷にそう呼ばれるような付き合いじゃなかっただけに衝撃の余り見事にぶっ飛び、背後にあった手摺りにしこたま腰を打ちつけた。



 なのに、あたしをそんな状況に陥れた本人は。



「そっから先は交換条件って事にしたいんだけど」



 なんて涼しい声で言いながら、涼しげにあたしを見下ろしてる。



 腰を押さえて惨めな感じに中腰のあたしとは対照的に、目の前の神谷はヤケに余裕で微かな笑みすら浮かべてて、やっぱりイケメン恐怖症になりそうだった。



 すました顔してウソを吐いたクセに、それがバレたからって動じるワケでもなくイケメンパワー全開すぎて「もう何でも良いよ好きにしてよ!」って言ってしまいそうな雰囲気に飲まれそうになる。



 あぁもう自分でも何を言ってるのかわかんない。

 日本語崩壊してるかもだけど仕方ない。



 だってワケがわかんないんだから。



「こ……交換条件って何……?どういう事?」


「これ以上先を知りたかったら、セーラは俺の言う事きいて、って事」


「いやそのセーラって何!?セーラって何よ!」


「あれ?名前セーラじゃなかったっけ」


「いやセーラだけど!セーラだけど、おかしいでしょ!?神谷があたしをセーラって呼ぶなんておかしすぎるでしょ!?」


「なら何て呼べば良い?」


「…………」


「俺はセーラを何て呼べば良い?」


「せ………セーラで良いけどもね!?」



 神谷は笑った。

「ならセーラって事で」って笑った。



 笑いながら「明日の夕方、ここに来て」って続けた。



 意味がわかんなかった。



 意味がわかんなすぎて、あたしはただ頷く事しか出来なかった。

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