一曲目 片瀬 陽毬は笑わせたい!
第一話 アイドルには向いてない
「良かったよ!
「馬鹿なことを言うな。こっちは最悪な気分だ」
教室に入ると早々に、
人の気持ちも知らないで勝手なことだが、少しだけ退学にならなくて良かったと思える自分がいた。
「それにしても"フェリーチェ"かぁ〜」
「なんだ?彰人は知ってるのか?」
「もちろんだよ!同業者として、ライバルになりうる可能性を持つアイドルだからね!」
彰人ほどの人物がそう評価するのだから、よほど実力が備わったグループなのだろう。学校が終わったら、すぐに顔合わせがあるため、少し楽しみだ。
「それにね!"フェリーチェ"の3人は、同じ学校の生徒なんだよ!」
「そうなのか?」
「別々のクラスだけどね!」
彰人が嘘を吐くような人物ではないが……もしそれが本当だとするならば、身バレには気をつけた方が良さそうだ。
余談ではあるが、
逆に
マスコミ対策として、事前に社長から提案されたものではあるが、意外にもそれが役に立っており、現在まで誰にも正体はバレないのである。
「後は自分の目で確かめてきなよ!」
「ああ。他人からの情報は当てにならないからな」
「仕事とかで一緒になったらよろしくねっ!」
「滅多にないと思うけどな」
互いに握手を交わしたところで、俺たちは仕事場での再会を約束するのだった。
◇
「昨日ぶりだな……」
今日の学校の予定は始業式だけだったため、午前中には、目の前に
ここの6階にあるレッスン場で、"フェリーチェ"の3人と会う予定になっているのだが、俺は少しだけ緊張していた。
「気まずいよな……」
昨日は引退を発表した日であるため、ここでお世話になった職員の皆に、挨拶をし終えていたのだ。
そんなことがあっての再会であるため、何とも気まずい雰囲気が流れることが予想される。
だが。ここで悩んだところで何も解決しない。俺は意を決して、静かに中へと足を踏み入れる……
「あっ湊君!お帰りなさいっ!」
「待ってましたよ湊さん!」
「またお会いできて嬉しいです!」
俺の心配していたことは起きず、こちらを歓迎ムードで出迎えてくれる。
「俺も嬉しいです。今日からまたよろしくお願いします!」
受けた言葉に感謝で返すと、その場は盛大な拍手で包まれた。
俺は恥ずかしがりながらも、エレベーターを使い"フェリーチェ"が待つレッスン場へと向かうのだが……
「げっ……何でこんな所にいるんだよ」
目の前でエレベーターを待っていたのは、この場で会うことは珍しい、よく知った顔のアイドルであった。
顔を合わせることに忌避感はないのだが、とにかく面倒くさいやつなのである。
まだこちらにも気づいていないようなので、俺は息を押し殺し、すぐ横の階段へと歩いていく……
「湊っ!私から逃げられるとでも思っているの!」
「さ、最悪だ……」
俺の作戦は見事に失敗で終わり、面倒ごとにひきづり込まれてしまう。
「あなたが挨拶もしないで逃げるなんてねぇ?」
「気づかなかっただけだぞ……
そのアイドルとは……日本でトップアイドルと呼び声の高い"フリージア"のセンター。
所属事務所が違うため、仕事の場で会うことは少ないが……そういえば。レーベルだけは、"ワールドスター"へと変わったのだったな。
「どうやら……あの記事は本当のようね……」
「記事?」
「あら?知らないの?」
心音がスマホの記事を見せると、そこには大々的に"八重 湊!次の仕事はアイドルのプロデューサー!?"と書かれていた。
「社長も手が早いな……」
「いいんじゃない。"フェリーチェ"にとっては、最高の宣伝になるのだから」
「馬鹿を言うな。お前だって、そんなのは意味がないことを知っているだろ?」
世間の話題を掻っ攫ったところで、そのアイドルが人気になるなんてことはあり得ない。そんな簡単なことを、目の前のトップアイドルが知らないはずもない。
「とりあえず頑張りなさいよ。アイドルを生かすも殺すも、あなた次第なのだから」
「もちろんだ」
話も早々に切り上げ、俺たちは別々の道を歩いていく。彼女はエレベーター。俺は階段と言った具合に……
◇
何とか階段を登った俺は、レッスン場前へと辿り着いた。
中は防音加工されているため、外から様子を伺うのは難しい。だが、予定によればダンスの練習をしているところだろう。
「入るか……」
邪魔をしないようにだけして、俺は静かに中へと入る。
中では予定通りにダンスの練習をしている、3人の姿があった。俺は端の方へ位置どり、レッスンの様子を確認する。
「なるほどな……」
1番右にいるツインテールの女子。足の運び方や腕の動きはお粗末である。どうやらダンスが苦手なようだ。
中央にいるポニーテールの女子。特筆すべきは、彼女が見せる笑顔にあるのだが、それ以外は何も感じない。
そして左にいるロングヘアーの女子。他の二人と比べれば、まだマシな部類ではあるものの、その表情には、感情なんてものは存在していない。
総合的に見れば……凡庸なアイドルであった。
「ふぅ……少し休憩にしましょうか!」
「ええ」
「疲れた……」
3人はその場にぐったりと座り込んでいた。そのタイミングで、後ろでひっそりと見守っていた俺の姿を発見したようだ。
「や、八重 湊さん!?」
「いつからここにいたのよ!?」
「声ぐらい掛けて欲しかった……」
「悪いな。邪魔してはなんだから、黙って見てた」
3人は一斉にこちらへと近づくと、俺の全身を舐め回すかのように、くまなく観察している。
「ほ、本当に八重 湊さんだぁ……」
「その様子だと。お前たちも記事は確認したんだな?」
「え、ええ……」
「でも……ホントのことだと思わなかった……」
彼女たちが驚くのも無理はない。普段であれば、この仕事は絶対に受けることはないのだからな。
「それはそうと……お前たちのレッスンを見てたんだが……」
「ど、どうでしたか!?」
「あなたから見ての私たちか。少し気になるわね……」
「率直な意見を求む……!」
3人が食い気味になって、俺に意見を聞いてくる。
ああ……何とも純粋な瞳だろうか。まるで酷評されるだなんて微塵も思っていないようにも見える。
そんな彼女たちに対して、申し訳ないと思わないまま。俺は淡々と告げるのだ。
「もちろん。3人ともアイドルには向いていないな」
それを聞いた彼女たちと言えば……まるで手が付けられないような事態へと変わるのだった。
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