プロデューサーは恋愛対象外です!

吉川

プロローグ 今日から君はプロデューサーだ!

「本日を持ちまして……八重やえ みなとは、音楽活動を引退させていただきます」



引退会見の場でそう語るのは、今年で音楽活動10周年を迎える、八重やえ みなとであった。



彼は齢6歳にして、鳴物入りで音楽業界に飛び込むと、瞬く間に人気絶頂の"天才ミュージシャン"として、その名を世界に轟かせる存在となった。



そんな彼が本日……引退会見を開いたことにより、世間はショックを受けるのだった。



「これより質疑応答に入りま—————」


「これで引退会見を終了にします。本日はありがとうございました」



司会が質疑応答を知らせている直後。八重 湊は、勝手に会見をお開きにし、席を立ち上がってしまう。



そんな事態を記者が黙って見過ごすはずもなく、メモ帳やボイスレコーダーを片手に、彼の後を急いで追っていく。



「どうして引退されるのですかっ!?」


「今の心情をお聞かせくださいっ!」


「これからはどうなさるつもりですかっ!?」



やがて八重 湊は記者の方を振り返り、一つの質問に、営業スマイルで答えるのである。



「私は普通の高校生に戻りたいと思います」



その答えを最後に……八重 湊は1姿を見せることはなかった。


   ◇


ここは数少ない"芸能科コース"がある。『大手原学園』。



学年も一つ上がり、新たな"芸能科コース"の教室へと足を運んだこの俺……心音しんおん みなとは、黒板に貼ってある紙を見ると、名前が書かれている椅子へと着席する。



「はぁ……最高だな……」



俺が着席している場所と言えば、よくアニメや漫画とかで見る、1番後ろの窓側の席である。



何とも普通の高校生らしい場所に、喜びを噛み締めていた。



「おはようみなと!また同じクラスだねっ!」


「なんだ……また彰人あきとと同じクラスか……」


「ひどいなぁ〜もっと嬉しそうにしてよ〜」



一つ前の席に座る男子生徒は、俺の幼馴染であり、男性アイドルグループ"ブルータス"のボーカル兼ダンサーの綺羅きら 彰人あきとだった。



相変わらず。彰人の人気は絶大であり、男女問わず、同じクラスメイトからは黄色い歓声が上がっていた。



「それより湊……昨日の言葉は本当なの?」


「昨日って?」


「誤魔化さないでよ〜。八重 湊が引退するって話だよ!」


「彰人には電話で伝えたろ?その話は本当だ」


「そう……なんだね……」



何を隠そう。俺は心音 湊でありながら、実の正体は、昨日引退会見を開いた八重 湊本人である。



両親が音楽家ということもあり、小さい時から、音楽と共に生活していた。そのおかげもあり、俺が6歳の時には"ミュージシャン"としての才能を開花させた。



そして俺は、両親と繋がりのある、現在の社長にスカウトされ、瞬く間に"天才ミュージシャン"と称され、その名を世界に轟かせていた。



初めの頃は何をしても楽しく活動をしていたのだが、いつの日か世間から受ける期待の声は、俺の心を蝕んでいき、こうして引退を決意したのである。



「少し寂しい気もするけど……とりあえずお疲れ様!」


「ありがとな彰人」



彰人は数少ない正体を知る人物として、これまでの活動に労いの言葉を贈ってくれる。



「こ、これからは普通の高校生として、青春を謳歌してね……」


「どうかしたか?」



急に黙り込む彰人に、俺は事情を尋ねてみる。すると、彰人は俺の両肩をがっしりと掴み、なぜか悲しそうな表情を浮かべていた。



「ぐすん。……べ、別々のでも頑張ってね……?」


「ど、どうしてそうなる?」


「あれ?湊は知らないの?」



今度はキョトンとした表情へ変化すると、彰人は鞄から生徒手帳を取り出し、最後のページに記載されている"学園規則"に指を添える。



「なになに……"芸能科コース"において、在学中に引退を表明したものには……退学処分が下される!??」


「そうだよ〜」


「ま、マジかよ……」



何度見ても変わらない現実に、俺は頭を抱えていた。



そして—————



『心音 湊!心音 湊!至急!理事長室までお越しくださ〜いっ!』



聞き馴染みのある可愛らしい声での学園内放送は……俺の高校生活を終了をお知らせするのであった。


    ◇


理事長室の扉前。俺は大きく深呼吸をしてから、目の前の扉を3回ほどノックする。



間もなくして、理事長から入室を促されると、恐る恐る扉を開いて、中へと入っていく。



「よく来たな馬鹿者!退学おめでとさんだ!」


「出会って早々酷いですね……道引みちびき社長……」


「ここでは理事長だ。ここは事務所ではないのだぞ?」



この学園の理事長……道引みちびき 世界せかいは、俺がお世話になっている"ワールドスター"の事務所兼レーベルの社長でもあった。


彼女には沢山お世話になっているものの、それ以上に腹が立つ存在である。



「さて……お前を呼び出したのは他でもない」


「分かってますよ……」



既に初めの一言で用件は分かっているため、俺は机に置かれている茶封筒を前に、椅子へ腰をかける。



「……退学届じゃない?」


「そうだ。この書類は、お前が退学にならないためのものである」



社長の言葉を聞いた瞬間、俺は天にも登りそうな気分になった。



「早速開けてみるといい」



そう促され、勢いよく茶封筒の中身を確認すると、そこには3枚の履歴書が入っていた。



「これから湊には……うちに所属している。人気急上昇中の女性アイドルグループ"フェリーチェ"のプロデューサーを任せたい!」


「……誰ですかそれ?」


「全く……少しは同じ事務所のやつに興味を持て」



……と言われてもな。仕事で関わることがない以上。他人にまで興味を持てと言うのが、おかしな話である。



ましてアイドルなんて……俺には全く興味のない部類である。知っているグループがあるとするならば、彰人の所属している"ブルータス"や"フリージア"ぐらいだ。



「他にも適任がいるでしょう?どうして俺なんですか?」


「……お前が1番暇だろ?」


「……それだけですか?」


「それだけだ」



何とも意味の分からない理由に呆れてしまう。



「そんな理由で、俺が引き受けると思っているんですか?」


「思わないな。だからこそ私は、こんなものを用意してみた」



社長が手招きをしてくる。側まで近寄ると、俺に一本の動画を見せてくる。



「こ、これは……!?」


「引き受けてくれなければ、この動画を記者に売るとでもしようか」


「さ、最低ですね……」


「これも戦略の一つだ」



社長らしからぬ戦略(笑)によって、俺の答えは一つに絞られてしまう。



「……わ、分かりました。その仕事、引き受けましょう」


「そうか!いや〜嬉しいもんだね〜!」


「心にも思っていないことを言わないでください」



普通の高校生に戻れるかと思ったが……俺にはまだ早いみたいだ。



「それで?業務の内容は何ですか?」


「お前の好きにして構わない。その方がやりやすいだろ?」


「そうですね。変に期待されても困りますし」


「そうだな」



話は粗方終了したため、俺は書類を片手に、理事長室を後にする。



「そうそう。一つ伝え忘れたことがある」


「何ですか?」



一度足を止め、社長の方を振り返ると、真剣な表情で、こちらを見つめていた。



「プロデューサーというものはな……アイドルとの恋愛は禁止だぞ?」


「そんなことですか……真剣な表情で言うものですから、何事かと思いましたよ」


「どうやら心配はいらないようだな」



いらぬ心配をよそに、今度こそ俺は、理事長室を後にするのだった。


    ◇


時を同じくして。湊とは違うクラスの教室では、3人の女生徒が、新しく就任する"プロデューサー"について、談義を交わしていた。



「どうせ禄でもないやつに決まっているわ!」


「右に同じ……」


「はぁ……またなんですね……」



彼女らは、世間で人気急上昇中の女性アイドルグループ"フェリーチェ"であった。



つい先ほど、道引社長からの連絡によると……新しい"プロデューサー"とは、どうも馬鹿みたいな男だと言う。



今までのプロデューサーと言えば、下心丸出しのやつもいれば、仕事のできない無能が担当していた。



今回のプロデューサーも、彼らと同じ匂いがするため、彼女らは、会う前から既に落胆しているのだ。



「例えどんなプロデューサーが来たところで、私たちが目指す目標は変わりませんよ!」


「ええ!」


「当然……!」



各個人でなりたい"アイドル像"は違えど、目指す先は一緒である。



彼女たちは"日本のトップアイドル"を目標に、皆で手を合わせて、気合いを入れるのであった。

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