第2話 心壊れて

 あんなに愛された弟は愛され過ぎたせいもあり、世の中に上手くとけこめなくなってた。喜びも悲しみも怒りも成功も失敗も親の庇護の下だった。親の目の届かない場所では上手くたち振る舞うこともできず、上手くいかないことを誰のせいにもできない事を経験し、苛立っていた。やがてそのストレスを暴力で発散するようになっていた。それもあんなに愛し、愛されていた母にもむけられるようになっていた。殴り、暴言を吐き、金をむしりとるまでに。

 それでも母は耐えた。そんな母を見て弟は謝ることもなかったが、母が好きなモノを買って帰って来た。暴力でむしりとった金で買って来たモノなのに母は喜んでいた。とっくに親離れしていた自分は仕方なくそんな家の後始末をしていたが荒れてく家、壊れた家電、歪んだ関係を見るたびに苦しくなり、医療機関、自治体、保健所等に相談を始めた。明らかに精神疾患だったし、医療機関機関も可能性は大きいとしていた。歳を重ね金をの工面も難しくなった父に了承を得て、医療機関に委ねてアウトリーチをかけることにした。専門員が訪問し疾患があると認定されたら本人の了承がなくても医療機関につなげられる最終手段だった。自治体に申し出ると「ご本人の人権もあるしね」と渋りだした。自治体にどんな繁雑な手続きがあろうと、経費がかかろうと認められてる権利なのにだ。ここでも自分は捨てられたのだ。母は根治が難しい病を背負い、父は金の工面に奔走した。ここで医療機関に繋げる事は弟の人生の為だと思い自分も色々と奔走した。しかし、タイムリミットは迫っていた。母は合併症の影響で認知症が出始め、仕事中の私の携帯の留守電はパンパンになっていた。父も疲れ果てていた。自分はそんな両親を連れて自治体の窓口に直談判に行った。福祉の窓口から高齢者支援窓口に回された。そこで、対応した男性職員は「もう、高齢者虐待にあたる」「お父さん、お母さん、私たちに3日ください」「3日だけ家を出てください」と言って両親別々に避難先を用意してくれた。母は、それで息子が楽になるならと渋々了承した。弟の居ない時間帯に両親は最低限の着替えだけを手に避難した。

 母は軽度の認知症が有るため介護施設へ。父は少し離れた公的機関へ。


 これから地獄が始まるなんて誰も思っていなかった。3日経てば家に帰れる。以前の穏やかな息子に戻るなら。それだけだった。


 だけど…母は施設に入ってたったの2時間で自分が何処に居るのかもわからなくなり、会話もままならなくなった。愛息と離れたショックの為の一時的なものかと思っていたが回復する事はなかった。父は地元から電車で1時間以上かかる縁もゆかりもない土地に身を置いたが3日で帰れると信じていた。


 だけど、両親は死ぬまで家にも帰れず、愛息にも会う事はなかった。


 この一件は両親も自分も弟も救われるどころか心を壊すだけで終わった。


 これは地獄の始まりでしかなかった。

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