第19話



 明るく笑う彼女は可愛らしいが、どこがアピールなんだろう、と雅は呆れる。


 確かに、彼女も容姿だけなら、そこらのアイドルに見劣りしない。


 艶のある髪がさらさらと腰に流れる光景は、それだけで絵になる。上品な顔立ちも、黒いセーラー服も、清純派アイドルとしてなら、圧倒的な魅力だ。


 けれど、その魅力に彼女自身が振り回されている。



「……北条さん。あなたも、ほかの事務所のオーディションには落ちたでしょう」


「ん? あぁ、うん。落ちちゃった。それがなに?」


「オーディションに落ちた理由、理解してる?」


「さぁ。事務所に合わなかったんじゃないの?」



 本気でわかっていないようで、眉を上げる詩織。


 動いて暑くなってきたのか、スカートをパタパタして風を送り込み始めた。


 雅は眉間を寄せながら、その動きに人差し指を突きつける。



「そこ。そこです。人前でスカートをパタパタしない。さっきから、下着がちらちら見えてるから」



 呆れて注意しているうちに、雅は喉の渇きを覚える。


 コーヒーカップを持ち上げていると、詩織はおかしそうに笑った。



「はは、先生みたいなこと言いますね? 別に女同士なんだし、こんなの見られてもどうってことないっすよ」



 詩織はそう言いながらも、スカートを動かす手を止める。


 そして――、何を考えているのか、「ほら」とそのまま思い切りスカートを持ち上げた。


 当然、スカートの下があらわになる。



 雅はコーヒーを噴き出しそうになった。


 スカートを思い切り持ち上げたら、どうなるか。


 下半身丸出しだ。


 まず目に飛び込んできたのは、先ほどからチラチラ見えていた、あの白い下着。飾り気のある可愛らしい下着で、布面積はそれなりに少ない。若干肌に食い込んでいた。かわいいパンツ穿いてるな、と他人事のような感想が出てくる。



 さらに足まで開いているので、股の間までもしっかり見えて、めまいがした。


 健康的にふっくらとした太ももは、傍から見るだけでも弾力が感じられる。その肌色の多さは、お腹まで見えているせいだ。へそまでしっかり晒していた。スカートの裏地と一緒に見えるへそは、なんだか妙な性癖を感じる。


 健康的な太もも、白い肌、可愛らしい下着、めくられたスカート……、目の前に飛び込んできた光景に頭痛を覚える。


 それを楚々とした少女が行っているのだから、脳が爆発しそうだ。



 スカートってこうすると、簡単に下半身丸出しになるんだから、すごいなあ。


 思わず雅は、現実逃避をしたくなってしまう。


 雅は鼻にしわを作りながら、ピッと指差した。



「……そういうところです。がさつ。がさつなんです、あなたは。よく言われませんか」


「言われるぅ~。先生とか親にめっちゃ言われます。でも、女子校なんてこんなもんすよ」


「わたしも高校は女子校だったけど、そこまでひどくはなかったよ」



 けたけたと笑う詩織に、雅は口を曲げる。


 異性の目がないからある程度は解放的にはなるが、ここまでではなかった。


 というか、スカートで手を拭いたり、足で扉を閉めるのはたぶん女子校関係ない。



 彼女はスカートを下ろしたかと思うと、結局足を開いたまま、再び股の間に手を置く。


 この座り方が癖になっているんだろう。



「でもそれ、関係なくない? 人前ではお行儀よくしてればいいんでしょ? 仕事のときはさ。さすがにアイドルとして出るなら気を付けるよ。あたしだって、それくらいはできる」


「いいや、できない」



 雅は頑として否定する。


 これはほかのアイドルにも口を酸っぱくして言ってきたことだし、それができない人間はどこかで絶対に転んでいる。


 経験則として、雅は何度も言ってきた言葉をここでも口にする。



「品性や素行は、確実に滲み出るものです。いくら人前で気を付けていても、普段の行いは明確に出る。食べ方、歩き方、言葉遣い、作法。そしてファンは、そういったところに目ざとい。大好きなアイドルの食べ方が汚かったり、ガラの悪い喋り方をしていたらガッカリするでしょう? あなたは見た目が楚々としてるから、余計気を付けないといけないの」



 はあ、とため息をこぼしてから、指摘していく。



「あなたをアイドルとして売るのなら、間違いなく清純派でしょう。女の子らしい、清楚系。そんな子がお尻を掻いていたり、パンツを平気で見せていたり、おしっこいっぱい出た~なんて言っていたら、ファンは引くの、絶対に! というか、行儀悪いアイドルは一部を除いてみんな嫌いなの! 特に日本は!」



 途中から説教に熱が帯びてきて、つい力強く言ってしまう。


 それでも詩織はイマイチ理解していないのか、不満げに唇を尖らせている。


 安心院に「雅さん」と声を掛けられ、熱くなっていたところに水を浴びせられる。


 そこで冷静になり、説明を続けた。



「……この多様性の時代、女性だからって股を開いて座るな、とは言わない。でも、あなたはアイドルになりたいんでしょう。アイドルは夢を売る仕事。この時代だからこそ、あえてこんな言い方をするけど、女の子らしい女の子が求められている。その夢を壊すのなら、あなたはアイドルには向いていない」



 はっきりと言うと、詩織はぐっと言葉に詰まる。


 自身ががさつである自覚はあるし、今の座り方がアイドルらしくないというのも理解できるのだろう。


 だが彼女は、苦し紛れのように声の温度を上げた。



「でも、女の子のパンツが見えたら嬉しいでしょ⁉ そういうもんじゃん!」



 彼女は、恥ずかしげもなく再びスカートを持ち上げる。


 目の前に再び現れる、少女らしさを感じる綺麗な肌、太もも、かわいい下着。


 見た目はすごく清楚なのに、なんでこんな仕上がりなんだよ。



「……否定はしないけど、お客さんは隠れているものが見たいの。本気で女の子の下着を見たいなら、AVでも観ればいい。あなたは根本から勘違いしている」


「わ、わかったよ! 直す! 直すから! だから、わたしもアイドルにしてよ!」



 彼女はやけくそ気味に叫ぶと、ようやく足を閉じてピッと姿勢を正した。


 もはや大和撫子という語句は言葉狩りに合いそうだが、彼女は大和撫子と形容するに相応しい。


 けれど、無理しているのがはっきりと見て取れる。



 脚を開いて、スカートをパタパタしているのが性に合っているらしい。


 だから言ったのだ、品格は滲み出ると。



「あなたは直すと言ったけれど、直る保証はない。直るかもしれない。でも、直らないかもしれない。それなら、最初から欠陥を抱えているあなたより、魅力的な人はいくらでもいる」



 はっきりと、あなたはいらない、と宣告すると、詩織は傷付いた顔をする。


 いる、いらない、とまるで物のように扱われるのも、この業界ではいつものことだ。


 ただ、せめて、その傷にはできるだけ寄り添った。



「……あなたにアイドルは向いていない。でも、あなたは立派な学校に通っている。それ、聖桜女子の制服でしょう? あなたは真っ当な人生を送ったほうがいい。まだ後戻りできるんだから」



 学校をやめたふたりを前に言いづらいが、本心だった。


 既にドロップアウトして、にっちもさっちもいかない桜子たちと違い、詩織は安全圏にいる。



「昔はアイドルになろうと頑張っていたなあ」という思い出とともに、まともな道を歩むほうが絶対にいい。



 まだ彼女は、道を踏み外してはいないのだから。


 けれど、詩織はそれを逆の意味として捉えたらしい。


 詩織は唇を引き結んで黙り込んだと思うと、勢いよく立ち上がった。


 そのまま、叫ぶように主張する。



「なら……、なら、あたしも高校やめるっ! やめてアイドルになる! これでいいんでしょ⁉」



 なんでそうなる……、と雅は唖然とする。


 ため息しか出ない状況でも、詩織は果敢に訴えた。



「だって、これってそういうことでしょ⁉ 同じオーディション合格者なのに、桜子は所属できてあたしは入れない! アイドルのために人生懸けられるかどうかの、試験なんじゃないの! あぁ待ってて、今から退学届けを出してくるよ!」



 詩織は踵を返し、肩をいからせ、がに股で部屋を出て行こうとした。


 どう止めたものか……、と雅が頭を振っていると、安心院の涼やかな声が通る。



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