1-4 安達はるか、ひきこもりを殺す

それは 熱を測ると言うには 大きすぎた


大きく 柔らかく優しく そして尊すぎた


それは 正にひきこもりには 鉄塊だった







 安達はるなが、同級生の前髪をどけて、その熱を測った手は、無自覚で、無造作で、優しくて、ひきこもりニートには、まさに振り下ろされる鉄塊だった。



 仰向けに椅子から倒れていったブレザースカートの上杉 丸うえすぎ まるは、床の上でも安達はるかに抱えられ、目を回したガオーポーズのまま、


「ひ、ひいぃ…… もったいのう、ござりま……」


 悲痛なモブ声を、喉の奥から出している。




 当然のことである。この二年、彼は家に閉じこもっていたのだから。その間、彼の体に触れた生身の手は、風邪をひいた際に往診に来てもらった近所の老小児科医と、姉・上杉みすみの顔面パンチくらいなもので、


「大丈夫!? みすみさん!」そう肩を揺さぶる安達はるかに、目を回している丸は、


「だめ、さわっちゃ、……なんかに……」


 そう枯れた声を絞り出すのが、精一杯だった。




 そのうえ、数学教師の永谷千草も彼(女)の額に手を触れる。


「高熱だ……。もし感染症なら大変だ。とりあえず歩けるか、上杉さん?」


 丸は目を回したまま、うなずくが、熱も何も、自分を抱きかかえている女子生徒が手を離してくれさえすればたぶんこのパニック発作は治るのだから、


「──ひ、ひとりで…… ます…… 場所も、あたまに……こんであります…… B館の一階…… けます」



 なのに、はるなは、永谷の目を見て、


「先生、上杉さんはこう言いますけど……放っておけないです」


 悲痛な表情で言った。


「みすみさんに肩を貸して、わたし、一緒に保健室に行ってきます」



(かっ、肩を、貸すーーーーーーー!!?!?!)


 そんなのダメだ、ぜったいに良くないと丸は、震えながら青い顔で首を振る。


(体調不良を理由に女子と接触する女装ニートなんて、今どき完全に炎上するッ!最低でも三面記事……。芋づる式に姉貴のなりすましがバレたらっ……!)


 鼓動が早まり、息もまともにできない。


 安達はるなの、柔らかな肩を借りて階段を降りる自分を想像すると、


(てか! おれの、全身のヒキニート細胞がもたない!!)


 丸は、目を白くしながら喀血した。

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