0-2 ひきこもり、世界が嫉妬する

 居間では美容師の父が、仕事道具のカバンを開け、ハサミやクシ、ドライヤーなどを並べていた。


 上杉 丸は、胸まである真ん中わけの黒髪で尋ねた。


「──なに、これ」


「なにって父さんの仕事を忘れたのか? ささ、座った座った」


 そう父は椅子を勧め、カットクロスを彼の腕に通す。


「母さんの鏡まで持ち出してきて、大掛かりだね」


 そう自分の前に置かれた鏡の中、せわしなく準備をする父親に言いながら丸は、


「どうせならガッツリ短くやっちゃってよ。あ、父さんの携帯でYouTube見ていい?」と携帯に手を伸ばした。


 すると父は、息子の髪束を持ち上げて、まじまじとその指通り、艶も良いストレートな髪質を見つめ、


「──丸。スマホのことだがな」


「え? いいの? あの話?」


「ああ。父さんも考えが変わった。買ってやってもいいぞ」


 やった! と丸は、カットクロスから出ている腕でガッツポーズをするが、


「──でも、どうせ条件があるんだろ」疑うような目をした。


 すると父は、芝居がかった口調で「そうなんだ。丸、よく聞いてくれた……これは我が家はじまって以来の危機……まったく、ああ困った!くぅぅーー!」涙するように目を腕で覆った。


 


 この不況もある。そんなに美容室が厳しいなら、なんで双子の姉・みすみをオーストラリアに遊びに行かせたのか。


 だが自分もニートである。その手前、丸は、


「……いいよ。おれ、働けないし。この髪をヘアドネーションって言うの? 寄付でも売るでもいいよ。せめてこれくらいしなきゃバチがあたらぁな」


 そう明るく言うと、


「そうかあ!」


 嬉々として父は毛先にハサミを入れ始め、







 ──父のスマホで、昆虫バトル動画を見ること三十分。







「できたぞ、丸。鏡を見てみな」


 そう笑んで言う父を、鏡の中に上杉丸が目を上げると、そこには、双子の姉・上杉みすみがカットクロスを羽織って、スマホを手にし、彼を見つめており、



「──あれ。ねえちゃん…… いつのまに帰って来……」


 丸は、鏡にむけて、目をこすった。




「──?」


 丸が右手を上げると、鏡の中でみすみが、左手をあげる。


 いぶかしむ丸が、スマホを持った左手を上げると、鏡の中のみすみもスマホを上げる。



「…………。」


 丸は、単なるイタズラだと思い、



「──って、おやじ、髪型ーーーーー!!」みすみと同じ髪型で振り向き、笑ってごまかす父にわらってツッコミを入れた。


 だが父は、仕事道具を片付け始め、


「え?」


 丸は、姉の顔のまま、カットクロスを外された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る