自転車置き場

Rio✩.*˚

第1話

7時26分か。ちょうど出発しちゃったな…

高校1年生の僕は、そっとため息をついた。口から白い空気が漏れ、いっそう寒く感じる。


この古びた小さな自転車置き場は、場所が悪いのか、時間が悪いのか、ほとんど利用されておらず、いつも決まった自転車が数台止められているだけだった。

僕は右隣の自転車スタンドにとめてある、赤い自転車をチラと眺めた。僕の自転車とピッタリ同じ種類のこの自転車は、いつも違う場所にとめられていた。


僕はいつも11番。茶色い子供自転車はいつも7か9。白い自転車は一番端の15。


赤い自転車だけ、毎日1つづつずらしてとめてある。今日は右隣の12番。昨日は10番。一昨日は9番。


古びた、いつも同じ自転車置き場の中で、赤色の自転車だけが、移り変わっていた。

何となく、1つ高いスタンドに置いてある自転車が物珍しくて、ほんの少しだけ、僕は眺めた。


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部活疲れたー

今日は、めっちゃ走らされた。いつもの顧問は風邪で休みで、厳しい事で有名なバスケ部の顧問が代わりに指導をしたのだ。バスケ部が毎週木曜日だけ休みなのが災いしている。


だいたい、卓球部に走る練習は必要なのだろうか。僕は、頭の中で文句を並べ立てつつ、心なしかいつもより暗くなっている空を見上げ、駐輪場へ向かう足を早めた。


「あ…」


駐輪場に入り、僕は思わず声をあげ、はたと立ち止まった。50をすぎたおじさんが、僕の右隣、つまりは12番のスタンドから、自転車を出していた。あの赤色の自転車は、このおじさんのものだったのか。


帽子を被り、ちょっとイケてる感じに髭を生やているそのおじさんは、僕の声にゆっくりと振り返った。


「こんにちは」


優しくて、深みのある声。僕は、それを聞いて、ふと勇気を出して、聞いた。


「こんにちは、なんで毎日違う所に自転車をとめているんですか」

「不思議かい?」

「はい」


おじさんは、スタンドの近くにあった土管を椅子がわりにして腰掛けた。

僕もなんとなく、近くに座った。


早く帰りたいとか、そんな気持ちは不思議とわかなかった。


「今、座ったところから見た景色とさ、たった状態で見た景色は違うだろう」


僕は黙って聞いていた。気のせいか、立っていた時よりも、空が遠い。


「そして、違うスタンドから見た景色だって違う風に見えるんだ。毎日同じ空間を違う場所から眺めるのは、何か見つけられるものがある気がして、いいものだよ」

「…そうなんですか」


分かるようで、分からなくて、僕は曖昧に頷く。おじさんはそれを見て、優しげに笑った。


11番の数字のプレートの端は、少し汚れていた。


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おじさんの自転車は、それからも毎日移り変わって、でも、ある時からずっと同じ場所になった。


そして、2年後、おじさんの自転車を見ることは無くなった。


定年退職したのかな。そんなことを思いながら、僕は、11番のスタンドに自転車をとめようとして、ふと立ち止まった。


最近まで木に付いていた赤色の葉はいつの間にかどこかに落ちれている。冷たい空気が、あの、おじさんと座って話した夜を思い起こさせる。


隣の12番。つまりは、高い方のスタンドに自転車をとめると、なんとなく、いつもと見える景色が違う気がした。


高校を卒業するまであともう少し。それまで、毎日違う場所にとめてみてもいいかもしれない。


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