昭和の日

畝澄ヒナ

昭和の日

昭和の日とは、昭和の出来事を思い出し、未来のことを考える日。


 ネットで検索するとそう出てきた。


 昭和の日とは何なのか、ふと気になって調べてみたが、平成生まれの俺には昭和の出来事など知るはずもない。


 周りの人間関係も同年代ばかり、年上と言っても平成元年生まれが最高年齢だ。


 今年20歳になる俺、宮田恵吾は、『昭和』を知るために動き出した。




「父さん、昭和にあった出来事で思い出に残ってることってある?」


 現在42歳、未だ社長になるという夢を諦めていない仕事熱心な父に聞いてみた。


「いきなりどうした、そんなこと聞いて」


 シルバーアッシュの髪を整えながら逆に聞き返してくる父。


 確かに、仕事前にいきなりこんなことを聞くのはおかしいかもしれないが、父と顔を合わせるのは朝ぐらいしかない。


「いや、昭和ってどうだったのかなって気になったから」


「急に言われてもなあ。今日の夜、サシで飲みながら話すか」


 父はしわくちゃな笑顔でサシ飲みを提案してきた。


「俺まだ、20歳じゃないから酒飲めないって」


「相変わらず真面目だな、お前は。まあ、今日は早く帰ってくるから、久しぶりに話そう」


 父と約束を交わし、俺も大学へと向かった。




 高校を卒業してすぐ髪を染めた。陰キャ臭が漂っていた俺も、立派な大学デビューを果たせたと思ったのだが、一年経った今でも友人と呼べるものはいない。


「教授、聞きたいことがあるのですが」


 現在56歳、俺が通う大学で一番話しやすいのが佐渡教授だ。講義以外の質問をするのは初めてで、何だか恥ずかしい。


「おお、宮田くんは勉強熱心だね。それで聞きたいこととは?」


「昭和にあった出来事で思い出に残ってることってありますか?」


 教授は口をぽかんと開けながら固まっている。


「そ、それは研究か何かかね」


「いえ、趣味というか、興味が湧いたので」


 もはや自分でも何を言っているのかわからないが、これも勉強熱心ということで受け止めてはくれないだろうか。


「そうか、まあ、いいだろう」


 教授は静かに語り始めた。


 1985年、8月12日。


 日本航空機が群馬県上野村御巣鷹山に衝突し、乗員乗客524名のうち520名が死亡する墜落事故が起きた。


 航空機の単独事故としては世界最大規模のものらしい。


「ニュースを見た時、ゾッとしたよ」


 教授は俺にコーヒーを差し出しながら、当時の新聞記事を見せてくれた。


「生存者はたったの4名……」


 俺はその内容に釘付けになる。どの記事も、この事故が相当悲惨なものだったことを示していた。


「この出来事は世界にも大きな影響を与えたんだ。エアラインの信用や海外旅行客数が回復するのに、かなり時間がかかったね」


 確かに、こんな大規模な事故が起これば、飛行機に乗りたいとは思わない。


「事故については色々噂されていることもあるがね、今になってはもう真実はわからない」


 俺は息を呑んだ。まだ世間には知られていない、何かがあるのだろうか。


「でも、1つだけ確かなことがある」


「確かなこと、ですか?」


「それは、この事故はただの負の思い出ではなく、未来の飛行機の安全性を上げ、これからも人々の心に残るものであるということだよ」


 忘れてはならない。これは、知っておかなければならない大事なことだ。


「明るい話題ではなくてすまないね。でも、良いことだけが思い出ではない。辛いことも悲しいことも、一度受け止めて人は成長するのだから」


 教授はコーヒーを啜りながら、深めの椅子に腰掛ける。


「貴重なお話、ありがとうございました」


 俺は深々と頭を下げた。


「礼には及ばんよ。また気になることがあったら、いつでも聞きにおいで」


「はい、失礼します」


 教授の部屋を後にし、帰路についた。




 家に帰ると、母が夕飯を用意して待っていた。


「おかえり、お父さんももうすぐ帰ってくるって」


 せっかくだし、母にも聞いてみよう。


「あのさ、昭和にあった出来事で思い出に残ってることってある?」


 父と同い年の母。男と女では、また違う思い出が聞けるかもしれない。


「そうねえ。おもちゃでよく遊んだことかしら」


「おもちゃ?」


「そう、よくお人形とかで遊んでたのよ」


 今でも何かと可愛らしい一面を見せる母だ、容易に想像ができた。


「今も実家にあると思うけど、うちに女の子は生まれなかったからね」


「男で悪かったね」


「冗談よ。性別がどうであれ子供は可愛いものなんだから」


 母らしい話が聞けてよかった。そう考えると、俺は両親の子供時代の話をあまり聞いたことがなかったな。


「ただいまー」


 父が帰ってきたようだ。




 1988年 ソウルオリンピック。


 水泳、100m背泳ぎ、鈴木大地選手がバサロ泳法で金メダルを取った。


 当時水泳を習っていた父にとって、それは大興奮の思い出だったらしい。


「恵吾は、バサロ泳法って知ってるか?」


 酒を飲んだ父は自慢げに語りだす。


「いや、よくわかんないけど」


「潜水してドルフィンキックのみを続けて進む方法なんだけどな、このほうが速く進めるんだよ」


 いつもと違って饒舌に話す父。俺はその変わりように少し戸惑っていた。


「お父さんご機嫌ねえ」


 母が洗い物をしながら、俺たちの会話を呑気に聞いていた。


「父さんって酒飲むといつもこうなの?」


「そうよ。でも、今日は恵吾が相手だから、余計にのっちゃってるみたいね」


 そんなに、俺と話すのを楽しみにしていたのか。


「鈴木選手は凄かったんだぞ? 30mもバサロで泳いだんだ」


 学校のプールより長い。俺なんかカナヅチで25mを泳げたこともないのに。


「当時は憧れて、学校でバサロばっかり練習して、先生に怒られたっけ」


 先生の真似をしながら、父は楽しそうに語っていた。


 その後、父は酔い潰れて寝てしまった。明日もいつも通り仕事だってのに、大丈夫なんだろうか。


「こんなところで寝たら風邪引くわよ」


 母がそっと毛布を掛ける。


「俺、少しだけ『昭和』を知れてよかったよ」


「古き良き時代って言うからね。時が経っても、こうして記念日がある限り、思い出すことができるのよね」


「平成の日とかできないかな」


「あらあら」


 昭和の日。それは『昭和』を思い出すための日。


 俺は平成生まれだけど、また一年後、『昭和』を思い出してみようと思う。

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昭和の日 畝澄ヒナ @hina_hosumi

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