ゆめ診断師
与太ガラス
ショートショート「ゆめ診断師」
キヨコはよく夢を見た。それはとても鮮明で、夢の中にいて現実と区別がつかなくなることがよくあった。そんな時は決まって『ゆめ診断師』を探した。『ゆめ診断師』は自分がそう呼んでいるだけで、実際にそんな職業があると聞いたことはない。
『ゆめ診断師』はキヨコが探せば必ず現れて、キヨコが「これは夢ですか?」と聞けば、必ず「ええ、そうですよ」と答える。そうするとすぐに、キヨコは眠りから覚めるのだった。
何度も経験したから、これはキヨコの夢の中で起こることであり、そもそも「これは夢かしら?」と思う現象も、自分の夢の中でしか起こらないのだと理解していた。『ゆめ診断師との遭遇』は夢だからこそまかり通る不思議なイベントなのだと思っていた。だから日常生活で誰かに話したことはないし、目が覚めているときに意識することもなかった。
「ここまで、オッケー?」
キヨコが私に確認を取ってきた。
「んー、まあ、理解はできるというか。キヨコの夢の中で、そういうことが起きてもおかしくないなーとは思うよ」
今日はライブイベントのアルバイトスタッフに来ていた。キヨコも同じ派遣のアルバイト。同じ現場を何度か経験したキヨコとはよく話す仲になっていた。
「ただ、なんでいまその話? もう結構お客さん入ってきてるし、これからまあまあ忙しい時間帯に入るよ?」
ホールはすでに開場しており、お客さんの誘導やら物販のヘルプやらの指示がインカムに飛び交っている。
「いたの。さっき見たの」
キヨコの顔が曇り始めた。何が?
「その『ゆめ診断師』がこの会場に来てたの」
だから冗談言ってる時間帯じゃないって。
「え、だってそれはキヨコの夢の中でしか見ないってさっき」
キヨコが恐怖に震え始める。
「そうなの。だから怖いのよ。こんなの初めてなの。『ゆめ診断師』は私が夢だと自覚してない時には現れないし、目覚めて現実に戻りたい時にしか絶対に現れないのよ」
こわいこわいこわい! キヨコのそのルールは知らないけど。ちゃんと説得力がある設定なのが余計にこわい!
「あの、そのー、巻き込まないでもらえる? 普通そういうのって、あの、『世にも奇妙な物語』的なやつ? って不思議なことが起こるけど誰にも言えなくてどんどん一人で引きずり込まれちゃう・・・みたいなの、じゃん」
「ユミちゃん、これって現実よね?」
「だからそれが怖いのよ! 私は今日一日ずっと現実でやってますけど! キヨコがそれを私に話しちゃったら、私もそっち側に巻き込まれちゃうやつじゃん!」
キヨコのペースで話したらこれ全部ホントになっちゃう。いやまだ信じてるわけじゃないけど。私は的確かつプリミティブな質問をしてみた。
「えっとその、人違いってことはないの?」
人違いってなんだ。夢で見る人に人違いって。
「私だって目を疑ったわ。彼は私が生み出した空想の産物のはず。なのに顔も風貌も着ているものも、すべてが夢で見る『ゆめ診断師』と同じだったの!」
質問しなきゃよかったな。どんどんそっちに確定してってるじゃん。なんか『ドッペルゲンガー見た』みたいな話になってきてるな。
「ねえ、もう私、いっそこれが夢だったら、って思ってるの」
私は思ってないよ。嫌だよ。怖いよ。もしこれがアンタの夢だったら、私どうなるのよ。『ゆめ診断師』より不思議な存在だわ。アンタの夢の中で意思がある個体。え? 一番こわい存在わたしじゃん!
「ねえ、お願いだから、あの人のところに行って『これは夢ですか?』って伝えてきてくれない?」
「嫌だって! 今日!『ミスターチョコチップパフェ』のツアーファイナル! バイトスタッフで、一番いいところで『ミチョパ』を浴びれると思って来たの! こんな幸運!夢にしたくない!!」
「そんな
「それはいいじゃん!」
みんなそうだろ。それに客席向いてるから顔は見られないんだぞ。
「そこまで言うなら仕方ないわね…。二人で行きましょう」
「どう解釈したらそうなるんだよ」
と言いつつ、私はもう行くしかないのかと思っていた。これはもう、私も夢の方がいい気がする。恨むなら『ミチョパ』が好きすぎる自分を恨め。こんな夢見やがって。
「じゃあ、二手に分かれて探しましょう」
「そうね、・・・って出来るわけないよね。私はその人の顔知らないんだから」
「あ、そうよね。えっとスマホに写真・・・」
「落ち着いて、あるわけないよね。夢なんだから」
「でもこれが夢だったら都合よくあるかもしれないじゃない」
確かにそれが出てくれば、もう夢だって諦めもつくけどさ!
「私はまだ、夢って信じたくない」
こんな夢を見てるなら私の頭の中が怖い。
「あ、いた。あの人よ」
キヨコの指さす先を振り向くと物販の列にブルーのキャップにグリーンのボーダーを着てハーフパンツを履いた30代ぐらいの男性がいた。
「あれ、いつも、キヨコの夢の中にいる人?」
「うん、そう」
失礼かもしれないけど、20代女性の夢に登場するにはどうも似つかわしくない気がする。ただ『ミチョパ』のライブ会場にいる方が似つかわしくないな。失礼かもしれないけど。
「いくよ」
意を決してキヨコに声をかける。
「・・・うん」
私たちは男性に駆け寄って声をかけた。
「あの、すみません」
男性が振り向くと同時に例の呪文を唱えた。
「せーの、これは夢ですか?」
目の前が真っ白になる。
さよなら私の夢。さよならミスターチョコチップパフェツアーファイナル。
ゆめ診断師 与太ガラス @isop-yotagaras
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます