その3
翌日は少しマシになった私の働きに報いてか、パートさんたちが帰った夕方に、彼はスペシャルなかき氷をごちそうしてくれた。その翌日は店の看板メニューのイカ焼きを私だけのために焼いてくれた。私たちは時間を忘れていろんな話をした。彼のプロサーファーへの情熱は私の心を揺さぶった。私は日に日に彼に惹かれていき、五日目の夕闇の中で私たちは初めて唇を重ねた。彼の腕の中で、私は喜びに震えた。そして六日目の夕暮れ時、彼は私の初めての
私は天にも登る気持ちで帰路に着いた。自分が彼の特別な存在になれたことがただただ嬉しくて叫び出しそうだった。ハワイにさえいなければ、この機会を与えてくれた麻衣に感謝の言葉を今すぐ嵐のごとく伝えたかった。
翌朝、私は親には仕込みの手伝いをしてみたいからと嘘をついて始発電車に乗り込んだ。仕事の前にサーフィンの練習をするという彼を見たかった。海水浴場からはひとつ離れた駅で降り、彼のために軽食と飲み物を買った。はやる心を抑え、海水浴場とは違う波が押し寄せる海岸にたどり着いたとき、浜辺には何人かのサーファーが見えた。皆同じ黒いウェットスーツに身を包んでいるので遠目では区別がつかない。青のボードを使うと聞いたが、海は朝日を反射して眩しく、見つけることができなかった。
私は彼を驚かせたくて、物陰からその姿を探した。時折不意に昨夜のことが思い起こされ、その度に心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくなった。目を閉じると、自分の体を這った彼の手や唇の感触が甦って体が
やがて、海から見慣れた姿が現れた。私が彼の名を呼ぼうとしたその時、同じく海から上がった女が彼に駆け寄りその体に抱きついた。彼もまた私に向けたのと同じ笑顔を返しながら女の腰に腕を回した。遠目からもはっきりわかるくらいにメリハリのある体をしている。私は呆然と立ち尽くした。今見えているものを整理しようとしたが無理だった。
「あれ、ユミちゃん? どうしたの、こんなとこで」
私に気づいた彼が言った。その口調は、私がオーダーを忘れて困っている時とまるで同じだった。身じろぎもせず立ち尽くす私に、隣の女性が気の毒そうに言った。
「陸斗、あんたまたやったの? いい加減にしなさいよ、かわいそうでしょ」
私は堪らず駆け出した。どこをどう歩いたのか、いつの間にか海水浴場に続く砂浜をとぼとぼと歩いていた。体中の水分が目から鼻から溢れていた。
「バカみたい、バカみたい……私はバカだ、大バカだ!」
口に出してみたものの、ハリケーンのように渦巻く感情はどうにもコントロールできなかった。私はいつしか海の中へと歩を進めていた。
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