第7話
「皆、よく来てくれた」
そう言って始まったのは若き国王ドナルドの挨拶である。
「この度、信託により聖女を据えることになった。慈愛が深く、心が清らかな娘を聖獣達が選ぶだろう。選ばれた者はこの国のため、力を尽くしてくれ」
多くの者が国王の言葉に耳を傾ける。
聖獣達が選ぶ聖女ねぇ。
この国の神殿は大きな影響力と権威はあるものの、あくまで王家に準ずる組織だ。
かつては王家に屈しない強力な権威を持っていたが、とある時代に信仰の対象である聖獣達を利用し、民衆を掌握して王家を窮地に追い込んだ。その目論見は聖女によって阻まれた。
それ以降、王家は必要以上の権力を神殿側が持たないように牽制し続けているらしい。
基本的に王家に準ずる神殿だが、制約も多く、王家からの完全な独立と不干渉を望んでいる。
引退宣言をした現大神官は御年七十歳で民からの信頼も厚く、『良心の塊』と呼ばれた穏やかで優しく、いかにも『神の使い』みたいな人だ。
人間性に優れているので王家からの信頼も厚く、王家は必要以上に神殿干渉せず、対等な関係を築いてきた。
だが、次期大神官は金と権力が好物。
前王が崩御して、新王が即位して二年経つが新王の政権は盤石とは言えないこの機会を神殿側は逃さず、有力かつ、利用しやすい家門の令嬢を聖女に据えて国民の関心と信頼を集め、かつての権威を取り戻すために神殿を作って行くだろう。
「どなたが聖女に選ばれるのかしら」
「侯爵令嬢のアマンダ・エンバス様では?」
「あら、武家の名門、アシェリー・ブリュレ伯爵令嬢との噂もございましてよ」
令嬢達の会話が聞こえてくる。
ふーん……個人的にはアシェリー嬢を応援したいわね。
侯爵家アマンダは王妃を何度も出した名家で、親は貴族議会の重鎮だ。それを笠に着て気に入らない者への嫌がらせが絶えない。
アシェリーは代々王家に仕える騎士の家門。国境警備の要で大きな武力を持つ。アシェリーは自分に厳しく他人にも厳しい。
だがアマンダのように幼稚な弱いものいじめは絶対にしない。
清らかな心が基準ならアマンダは絶対に選ばれないが選ぶのは神殿だ。
「そういえば、オルターナー侯爵家のクリスティーヌ様も候補でしたわよね?」
「えぇ……ですが、今はそれどころでなないでしょうね……お気の毒ですが」
オルターナー侯爵は先日馬車で事故に遭い、同乗していた妻と娘も大怪我を負ったらしい。
娘は顔に傷が付き、しばらくは社交界に出てこないだろう。
「どなたかの恨みを買ったって噂ですわよ」
「まぁ、怖い」
ふーん。まぁ、噂よね。
クリスティーヌとは話したことはないが淑やかそうな外見だった。
性格も淑やかで、聖女候補として名を連ねていれば、一番聖女に近かったのではないだろうか。
残念ね。
「子爵家のリーナ・ルーチェ様も候補だそうですけど」
論外。
性格は勿論、いくら金を積んでも侯爵家と伯爵家に敵うはずはない。
しかし社交界では自ら『次の聖女は私よ』と吹聴しているらしい。
「子爵家ですけど、とても優秀でいらっしゃるらしいわよ」
優秀? リーナが?
「そうそう、魔女のせいでアカデミーに行けなくなったらしいですけど、とても優秀でいらしたそうよ」
「まぁ……それはお可哀想に」
はい?
誰が誰のせいでアカデミーを諦めたって?
「自分に学がないからってリーナ様の将来を阻むなんて酷いわ」
どうにも世間ではリーナが私のせいでアカデミーを諦めたことになっているらしい。
アカデミーを諦めたのは私の方なのに……!
「それだけじゃないわ。何人もの殿方に手紙を送ってるのですって。誤解が起きないようにリーナ様が謝罪の手紙を送ってるそうよ」
はぁ?
そんな話は初耳なんですけど?
男性に手紙を送るなんて久しくしていない。
手紙のやり取りをしたのも元婚約者との関係が良好だった時のことだ。
一体、どうしてそんな噂が流れてるのか。
「ほら、噂をすれば……」
「本当に、リーナ様には同情するわ」
エスティラがいることに気付いた令嬢達は冷ややかな目でこちらを見る。
何で、私がこんな目に遭わなければならないのよ。
胸の中に沸々と怒りが煮えている。
抑えろ……ここで暴れても無意味なのだから。
エスティラは俯き、悔しさに唇を噛み締めた。
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