第5話:謎の声

 それは、季節が春から夏に変わり始める頃のこと。

 夜になると聞こえてくる、謎の声。


「わ〜ら……、わ〜ら……」


 中年男性ぽい声で、スピーカーから流れているような音の響き。

 声は遠くから聞こえ始め、だんだん近付いてきたと思ったらまた離れていく。


「あの声、なに?」


 寮生活開始から1ヶ月ほど経った僕たちは、謎の声に首を傾げる。

 日没後になると流れてくる音声は、学園前の道路を通過しているっぽい。

 道路から離れた寮内にいる僕たちには「わ〜ら」しか聞こえない。


「『わ~ら』って言ってる?」

「ワラ、呼ばれてるよ」

「はーい、なぁに~?」

「って、それ向こうに聞こえないから」


 窓を開けて音を聞き取ろうとする僕の後ろで、冗談を言うジュン、ノリで返事するワラ、ツッコミを入れるエイ。


 謎の声が聞こえ始めた3日目の夜、僕とワラは部屋から出て声の正体を確かめに行った。

 まだ門限ではないので、寮監に叱られたりはしない。

 正門まで近付いたところで、声がハッキリ聞こえてきた。


「わ~らびもち、わ~らびもち」


 それは、軽トラで街を回る【わらび餅売り】の音声だった。

 僕もワラも、石焼き芋の移動販売は見たことあるけど、わらび餅の移動販売を見たのは初めてだ。


「おじさ〜ん! わらび餅を売ってるの?」

「お財布取ってくるから待ってて!」


 ワラがわらび餅売りを引き止めている間に、僕はダッシュで部屋に戻り、お金を持って軽トラに駆け寄った。


「わらび餅2パック下さい」

「まいど!」


 初めて買った移動販売わらび餅は、金属製の保冷タンクで冷やされていた。

 タンクの中はよく見えなかったけど、冷水が入っているらしい。

 わらび餅はザルで掬い上げられ水切り後、使い捨てのプラ容器に移される。


「はいよ、オマケしといたよ」


 オジサンはわらび餅を入れたプラ容器を白いビニール袋に入れて、きな粉の小袋と一緒に渡してくれた。


「わらび餅買ってきたよ!」

「みんなで食べよう!」

「「ありがと〜!」」


 わらび餅を買って帰ったら、部屋にいた2人も大喜び。

 移動販売のわらび餅は、スーパーで売られているものより量がかなり多かった。

 さっきまで冷水に浸かっていたやつだから、スーパーのよりもツルツルプルプルで喉越しも良い。


 以来、「わ〜ら」の声が聞こえると、ひんやり甘味を求めて買いに走る僕たちがいた。

 値段は当時で1パック100円。

 その頃はガソリン代が1リットル90円の時代だった。

 オジサン、それ採算取れてるの?

 わらび餅売りは、学園周辺でしか見たことがないけど、他地域にもあるのかな?

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