第3話:寮生活は味覚が麻痺する?

 母校の学生寮のメシは、ハッキリ言って美味しくなかった。

 新入生たちは寮生活初期、その微妙な味付けに戸惑うことになる。


「今日は麻婆豆腐らしいよ」

「お! いいね~」

「ごはんにかけて食べよう」

「辛さどのくらいのレベルかなぁ?」


 学食を訪れた新入生の僕たちは、そんな会話をしながら料理を渡されるカウンター前に並んで待っていた。


「はいよっ、おまたせ~」


 って料理人のおばちゃんが差し出す料理は、思ってたのと違う。

 軽く困惑しつつそれを受け取り、カウンターから離れた飲食スペースで席についた後、僕たちは顔を見合わせた。


「これ、麻婆豆腐?」

「確かに豆腐は入ってるけど」

「全然辛くない」

「っていうか、味薄すぎない?」


 おばちゃんに聞こえないように、小声で囁き合う僕たち。

 それは、一般的な麻婆豆腐とは違う、炒めた豆腐と野菜に塩胡椒で薄く味付けして片栗粉でトロミをつけた料理だった。


 麻婆豆腐とは……

 中華料理(四川料理)。

 挽肉と赤唐辛子・花椒・豆板醤などを炒め、鶏がらスープを入れ豆腐を煮た料理。

 ……だった筈。


 寮の食堂で出される麻婆豆腐には、唐辛子も豆板醤も入ってなかった。

 かなり薄味だけど、鶏がらスープくらいは入っていたかもしれない。

 それはもはや「調味料ほとんど使ってない豆腐のあんかけ」である。

 とりあえず腹を満たすために完食した頃、3年生の寮生2人が食堂に入ってきた。


「あ、麻婆豆腐だぁ」

「おばちゃん大盛お願い!」


 きっと何度も食べたであろうそれを、大喜びで受け取る先輩たち。

 その言葉に密かに驚く新入生一同。

 超薄味の「麻婆豆腐と呼ばれるモノ」に対する反応が、学年によってかなり違う。


【寮生活をすると味覚が麻痺する】


 そんなジンクスを、御存知だろうか?

 少なくとも僕の母校ではよく知られていたよ。

 正しくは「なんでも美味しく食べられるようになる」だけどね。


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