第2話 人ではなく駒
気が付くとどこかの小屋の中にいた。そこは荷車の上でも、あばら屋でもない。しっかりとした作りの小屋であった。俺の他には四人の子供が寝ていた。あの儀式の後意識を失ってしまったであろう俺は今の状況を理解できていない。生きているうえに小屋の中まで運ばれていることからすぐに殺されることはないだろうが、俺の前に儀式を受けていた四人とは明確な差が出ていたはずだ。その差がいい方に転ぶか悪い方に転ぶかが心配でならなかった。
そもそもあの儀式は何だったのだろうか。もしかすると俺が気絶した後に何か説明があったのかもしれない。だが見ず知らずの子供を起こすのは少し気が引けてしまう。外から日の光は差し込んでこないことから今は夜なのだろう。周りの子を起こさないようにゆっくりと布団から出ると、小屋の扉を開けた。
外に出ると、夜ではあったものの月明かりによって暗くはない。このまま逃げてしまおうかとも思ったが、堕獣のはびこる外の世界で子供が一人生きていける確率を考えればそれはやめておいた方がいいだろう。俺は少なくとも明確に殺されるとなるまではこの場所から脱出するのはやめておこう。
この辺りには建物が全部で九つあった。小さい小屋が六つと大きいのが三つある。あの場に子供は全部で三十人ほどいたことを考えると小さい方の六つは子供用の寝室として使われているのかもしれない。中を見てみようと思ったが、中からつっかえをしていて開くことはできなかった。田んぼや畑を探してみたが見つからない。隠田の類をつくらせるわけではないようだ。
「ジブン、なにしとるん」
不意に背後から声をかけられた。驚きながら振り向けばあの男が立っていた。その手には抜き身の刀をもっている。それに警戒するように俺は一歩後ろに下がった。
「まだ夜や。餓鬼はまだ寝てる時間やろ」
「目が覚めた。それに気が付いたら寝かされていたから……」
「ああ、ジブンあれか。それでなんや、今の状況が知りたいなら他の奴たたき起こして聞けばええやろ」
脱走を疑われているのかも知れない。男の顔から感情を見るのは難しく、何を考えているのか正確に推し量ることはできない。ここは素直に部屋に戻った方が得策かと思う。
「わかった」
そう伝えて自分の小屋に戻る俺のことを男は引き留めようとはしなかった。夜にいたのは、刀を使った鍛錬の為かそれとも俺たちの監視の為なのか。監視だとして子供の数は三十人。一人でできるとは思えない。もしかしたら別の大人も控えているのかもしれない。
そのあとは結局寝付くことはできなかった。この後何をさせられるのか分かったものではないため少しでも休んでおきたかったのだが、目はつむっても意識ははっきりしていた。寝れないといやなことを考えてしまう。この後のことをどんどんとネガティブな方向へと考えてしまうのだ。
がさごそと人の動く音が聞こえてくる。他の子が起きだしたのだろう。日がだんだんと差し込み始め朝になる。俺も起き上がり同じ部屋にいた一人を捕まえて今の状況を聞く。
「俺をここまで運んでくれたのって誰?」
「僕だよ。君が倒れたから運んでおけと
「九蓋?」
「僕たちを買った人のことだよ。
「それで俺たちにやられたあの儀式のことについては何か聞いているのか」
少年はどうも気がいい方であるらしい。俺の質問攻めに対してもいやな顔をせずに対応してくれている。他の三人は俺のことなど俄然せずといった具合に食事の支度を進めている。
「詳しくはきいてないよ。でも、九蓋様は武士の方で僕たちを武士になれるようにしてくれるんだってさ」
嬉しそうに語る少年には悪いが、怪しさしか感じられない。武士は特権階級だ。その知識をおいそれと他人に教えることなどあるはずがない。それとも簡単に捨てられる鉄砲玉でも欲しいのだろうか。
「そう。それでこの後は飯を食べればいいのか」
「うん。食事は九蓋様が用意してくださったものを食べて、
食事の用意は小屋ごとにするらしい。俺が話を聞いているうちに準備を終えている。そのため席について食事を始める。よそられているものを見ると、玄米が入っていた。家で食べていた時は雑穀ばかりだったためこれには驚く。
「米が食えるのか」
米の他に漬物とみそ汁が用意されている。
「次はお前たちが用意しろよな」
同じ部屋の少年がにらみながらこちらに行ってくる。そんなに不満に思うのならば初めから用意を手伝わせればいいと思うのだが、争いのもとにしかならないためだまり込みながらみそ汁をすする。
「ごめんね。次は僕たちでやるから」
かってに承諾をされてしまう。気がいいのはいいがこっちの迷惑になるならば少し考え物だと思う。だが、そんなことが気にならなくなるくらいに米を食べられたことの嬉しさは大きかった。やはり日本人ならば米という思いがある。雑穀ばかりの飯はしょぼくれており、食べること自体が苦痛になってくるのだ。その上に貧農だったためその量も少ない。朝と夜。一日に二回しかない飯の中でさらに量が足りないとなれば体がやせ細るのも仕方がないことであろう。
食べ終わり食器の類を水瓶ですすいでから片しておく。部屋を出ていき中心にある広場に向かうがそこにはすでに幾人かの子供が集まっていた。集団に混ざりながら一人立ってると、あの儀式の日に最初に進んでいった少年を発見した。その隣にはあの時に話していた少女もいた。その手は固く握られており中の良さがうかがえる。
買われた子供たちの男女比は見たところ男の方が少し多いような感じである。だがその差はは殆どないと言ってもいい。特に性別は気にせず集められた。武士に性別は関係ないのかもしれない。
九蓋はそのあとすぐにきた。その腰には刀を差していた。ゆったりとした歩みで俺たちのいるところへと向かってくる。
「それじゃあ、訓練始めよか」
九蓋がそう話した後、一人の少年が駆け足でこちらに向かってくる。どうやら集合に遅れてしまったようだ。そして九蓋はその少年を蹴り飛ばした。
「ぐへ」
「なっ!」
変な声を出しながら少年は飛んでいった。俺の周りでその行動にお驚きの声を出している者がいる。見ればあの初めの少年であった。どうも責任感が強い感じがしていて苦手だ。
「なにをしてるんだ!」
「なに? 何って折檻に決まってるやろ。僕は優しいからな、一回目は許したる。ただ、次はないで」
倒れ込んでいる少年に向かってそういい放ち九蓋は俺たちの前にまで戻ってきた。やはりかなり厳しいことになるようである。この先の行動はこの男の機嫌を伺いながらの方が得策かもしれない。
「僕が欲しいんは僕に従順は駒や。人やない。そこんとこ勘違いしいひんようにな」
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