11:肩ズン少女の人違い
後日、加藤精肉店の親父さんに、俺の知ってることをできる限り、話してきた。
ブリ夫……じゃない、ヒロト君は異世界に行ってるんですよ。
実は咲姫ちゃんも、ヒロト君が転移したところと同じ異世界に転生していて、一緒に元気にしてるんですよ。
カルト宗教か?
自分で言ってて、カルト宗教の教えを説いてるようにしか思えなくなってきた。
転生を司る女神が~とか言ってて胡散臭いことこの上ない。
「で、この人がその女神様です」
「はい、私が転生を司る女神ですぅ。咲姫ちゃんはエルフに生まれ変わって異世界生活を満喫していますのでご安心をぉ」
親父さんとベルギー人の奥さんに女神を紹介して、女神は面倒くさそうにそう説明した。
ぜんぜん神らしい威厳は皆無だが、俺一人でこの話をするのは信ぴょう性に欠けるので、来てくれたこと自体には素直に感謝しよう。
女神の纏うスケスケローブは、しかし絶対に恥部は見せない神の技巧がなされた神器だ。そのことを踏まえるのと踏まえないのでは、話の質に雲泥の差が出るからな。
それに女神自体も美人かつ目の眩むほどの美貌の持ち主。
それっぽい人がそれっぽい恰好でそれっぽいことを言うからこそ――。
――カルト宗教っぽいのだ。
いややっぱダメだこれ誰が信じるってんだよ。
「よかった……! それじゃあ、娘はまた、新たな命となって……生きているんですね……!」
「オーマイガー……ジーザス……アメイジング!」
二人は信じた。
アンビリーバボー。
「まったく! たったこれだけのことで私のお昼寝を妨げたんですか! あなたじゃなかったら万死に値しますよ!」
「神がそれ言うのマジで怖いからやめてーや」
上位存在がサラッと死を脅しに使うな。シャレにならんのよ。
現在、女神と俺は電車に揺られて、帰路についている。
ここからうちの最寄り駅までは1時間かからないくらいの距離なもので、あれだけプリプリ怒っていた女神も、次第にウトウト…静かになっていった。
かくいう俺も、眠い……。
女神に腕を抱かれて、その柔らかさと温かさにしきってしまう。特に女神の放つアルファー波は人知を超えたリラックス効果があるのだ。俺はこれにいつも、ことごとくやられてしまう……。
そろそろ意識が遠のく一歩手前だった。
しかしそこに、女神と反対側の席から、ふと重量を感じる。
なんだ、誰だ。サラリーマンなら叩き起こしてやる。OLならまあ許さんでもない。
真偽を審議するべく、眠い目をこじ開けて、ちらと覗けば、そこには小さな頭があった。
小さな頭はツインテールの黒髪で、俺の肩を枕にすやすや寝息を立てていた。
女の子だ。
よし。寝よう。
俺は安心して、両手に花状態で意識を夢の中に誘った……。
……そして、自宅の最寄り駅から二つ手前で、目が覚める。
うーん、我ながら素晴らしい体内時計だ。
だが、少しだけ困った。未だに感じる、両肩の重量だ。
片方はいい。女神は下りるときに起こせばいい。
問題は、反対隣りのツインテ少女だ。
降車駅が俺たちが降りる駅よりも前だったなら、早めに起こしてあげたほうがいい。乗り過ごすにしても、傷は浅い方がいいに決まってる。
そうじゃなくても、どの道、俺が動けば目を覚ましてしまうだろう。
「あのー、もしもーし」
起こそう。そう決めて、されど周りに迷惑をかけないように小声で、彼女に呼びかけた。
ちょっと険しい顔つきになるが、それでも目は開けない。
い、いや、それ以上に……頭のポジション調整し始めたぞ! この子がっつり寝に来てるよ!
「うーん」って言いながら肩をぐいぐい登っていく。顔の角度も調整しながら、俺の方を向いて、迫てくる!
この位置、もうチューできるぞオイ!
チューのポジションだぞオイ!
「あっ」
瞬間、彼女は唐突に、目を開けた。
俺と目が合い、声をあげる。一瞬で血の気が引いた。痴漢だと思われ――!?
「うーん……好き……♡」
彼女は少し微笑んで、そんな寝言を発して、また目を閉じた。
顔はそれでもなお、近づいてきて――。
「好き……ヒロト……」
「――ほら、女神。起きろ、帰るぞ」
「ほえ? ああ、もう着いたんですか……って、抱き枕くん、誰ですか、その子は」
女神を起こして、電車から降りる。
眠そうな目をこすす女神は、ふと、俺の後ろに佇む少女の存在に気が付いた。
「ああ、彼女は本庄夏希ちゃん。なんと、ヒロト君と咲姫ちゃんの大親友。お友達」
「こ、こんにちは。本庄夏希ですっ。あの、ヒロトと咲姫が異世界に行ったって、本当ですか? 私、その話、もっと聞きたいです!」
夏希ちゃんからヒロト君の名前が出た時、もしかしてと思って、思い切って話しかけてみたんだ。そしたらまあ、加藤精肉店の夫婦と同じように、なんか詐欺に感嘆に騙されそうだなってくらい信じちゃって、それで、もっと話がしたいとせがまれたのだ。
まあたいしてするような話もないが、ここまで真剣な面持ちで言い寄られて、無下にはできなかった。
女神は部長を初めて連れてきたときもそうだが、案の定渋った。
「ええー、なんでわざわざうちに連れていくんですか!」
「お前んちじゃねえけどな? それにお前、わざわざ転生の説明するために出向くの嫌がってたじゃん」
加藤精肉店での態度を見れば、女神が夏希ちゃんのために時間を作ってくれるとは考えにくい。
これも人助けだ。いいじゃないか。
「あ、私、お礼と言っては何ですが、料理おつくりしますよ! 得意なんです!」
「え? ……りょう、り……?」
突然の単語に女神の目が丸くなる。
俺も思わず、歓喜した。
「お、人の手料理なんて何年振りかな。じゃあ材料も買って帰ろう」
そういえば、女神には、手料理なんて振舞ったことなど、ただの一度もない。皆無だ。
だから面食らってしまったのだ。
そして女神は、なんやかんや、人間界の食べ物が好きだ。
おやつもカップ麺も好き屋の牛丼も、とてもおいしそうに食べていた。
「ふ、ふん! しょうがないですね。そこまで言うなら、我が家にご招待してさしあげましょう!」
「わーい! うれしい! ありがとうございます!」
「いやお前の我が家じゃないんだけど、女神様よ」
夏希ちゃんはこちらを振り向き、意地悪な顔で笑った。
「約束、守ってくれて、ありがとうございます♡」
自分の唇をちょんちょんと指でつつく仕草が小悪魔的だった。
ふう。なんとか痴漢にならずに済んだな……。
俺の寝室がいつの間にか【女神が転生者を異世界に送る白い空間】になってた…。~転生の女神は今日も俺と添い寝する~ 八゜幡寺 @pachimanzi
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