8:ソフトタッチ♡

「私、スライムに転生したいんです」


「はあ、そうですか」


 白い空間で、セーラー服姿の、前髪で顔の半分が隠れている陰気臭い少女がそう訴えてきた。

 適当に相槌を打って、女神を見る。

 ……まだ寝てるのだ。ベッドの上ですやすやと可愛らしい寝顔を見せつけている。


 今朝、ゆさゆさと揺すられて目を覚ますと、このセーラー服少女がいた。最初、貞子かと思ってビビったが、貞子にしては拙さが残る背格好だ。声もノブヨじみただみ声じゃなく、年相応に黄色かった。


 女の子が転生の間に現れるのは初めてだな。

 女神いわく、たいていはトラックに轢かれた十代~二十代後半くらいの男性がやってくるらしく、現に今までこの場に現れるのはそんな感じの奴らだった。


 女神の奴、転生者の選定方針でも変えたのかな。最近は転生界隈にもポリコレやフェミニズムの波が押し寄せてきているのかもしれない。

 とはいえ、女神はまだ就寝中だ。何人たりとも、神の眠りを妨げることは許されない。


 しかしこんな白いだけの退屈な空間で、女の子を一人で待ちぼうけさせるわけにもいくまい。最近手に入れたハイスペパソコンで遊ばせてやってもいいが、女子学生には見せられないサイトをブクマしてるの見られたら嫌だからやっぱやめとく。

 ……無難にトークでお茶を濁すか。


「しかし、どうしてスライムなんかに? 雑魚モンスターの代表格じゃないか」


「それは誤解です。スライムはとても強いモンスターなんですよ。序盤の雑魚モンスターという固定概念に囚われちゃいけません!」


 彼女は語る。スライム愛。

 今のご時世では、スライムが活躍する作品も増えつつある。それは主人公だったり、主人公の相棒的ポジションだったり、マスコットだったり、時としてそれは強敵だったり……。

 これまで日本国内で形骸化していたスライム最弱説。

 しかしスライムは本当は素晴らしいモンスターなのだ。

 それがようやく、周知され始めている。私はそれはとてもうれしい!


 私は異世界にいくなら、絶対にスライムに転生したい……! スライムのポテンシャルを最大限に引き出して、最高の異世界ライフを満喫したい……!


「スライムってすごいんですよ! 本当ですよ!」


「そうだな。そこまで言うなら、俺からも、女神に頼んでやるよ」


「本当ですか!? わーい! ありがとうございます! お礼に、私の今一番スライムめいた場所を触ってもいいですよ……♡」


 ……なに!?

 唐突に何を言い出すかと思えば、女子学生は、前髪で隠れた素顔を赤らめて、口元はきゅっとはにかみ、たわわなお胸に手を置いた。

 意識しないようにしていたが、彼女のスライムめいた場所は、セーラー服がはち切れんばかりのボリュームだった。

 せっかく意識しないようにしていたのに、意識がそっちにむいてしまった。

 大変だ。凶悪なスライムが二匹もいる。


「どうせ来世はスライム……人の体もこれで終わりです。でも私、結局人としての人生では、一度も……そういった経験はありませんでした。別に、それを後悔しているわけじゃないんですけど……」


 照れ笑いを挟みながら、少し早口でまくしたてて……そして、俺の手をそっと掴んだ。

 ドキっとして、彼女から目が離せない。


「ただ、貴方のような優しい男の人になら、ちょっとサービスしてもいいかなって、思っただけです。てへっ」


 ……最初、彼女を見たとき、陰気くさい少女と思った。だがそれは間違いだった。

 確かに見た目はギャル系じゃないしクラスでも目立たない位置にいるんだろうなとは思う。だが、その心は決して陰気などではなかった。


 スライムに対する熱意。

 小悪魔的なあざとさ。

 何より俺に対して……初対面の大人の男に対して、堂々としていたではないか。

 自身の体を餌とした大胆な駆け引きもできる。要するに、私のスライム触ったんだからちゃんと女神に話し通せよってことだ。


 肝が据わってる。胆力がある。

 最初に感じた見た目だけの陰気なんて、あてにならないものだな。

 いや、ちょっと考えればわかることだったな。

 彼女は、勇者として異世界を救うべく選ばれし転生者様だぞ。

 なるほど、合点がいくってもんだ。


「案外……そ、ソフトタッチですね……もっと痛いかと思ってました……んっ♡」


「はっ、俺は、いつの間に……」


 頭の中で彼女の豪胆さを褒め称えていたと思ったら、俺は既にスライムを堪能していた。まったく気付かなかった。

 ……もったいない。今度は意識をしっかりと保って、もう一度……。


「こら! 抱き枕くん! 何してるんですか!」


「げっ! 女神!」


 しかしここでゲームセット。女神のご起床である。

 俺は即座に少女のスライムを手放し、女神へと向き直るのだった。

 すけすけの布一枚を羽織るのみの桃色髪の女神は、この転生者の少女より大きいスライムを兼ね備えている。

 ……だからといって、今はしかし、女神に目移りしたかと言えばそうでもない。

 女神には、足りないのだ……。


 初々しさが……。

 まあそれはいいか。

 少女から既に、前金をいただいている。俺は少女との約束を果たさねばならない。


「というわけで女神。いっちょこの子を、スライムに転生させてやってくれないか?」


「え、彼女のいく異世界、スライムはめちゃくちゃ雑魚ですよ。それでもいいんですか?」


「は? 嫌ですよ。別のにしてください」


「んー、あの異世界は蜘蛛とか割と強いですよ。序盤運ゲーですが成長すると手が付けられなくなります」


「あ、じゃあそれで!」


「はいはーい。それでは勇者よ。いってらっしゃーい!」




 ――その日は一日、なんだか女神の機嫌が悪くて、寝る時も、おっぱいは触らせてくれなかった。

 ただコアラのようにぎゅーっと俺にしがみついて寝るのだった。

 女神はちからがつよいもので、次の日はとうぶん左腕がしびれてた。

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