4:めんどくさい男
「は? 直帰?」
電車を乗り継ぎ一時間。先方との打ち合わせが終わり、概ね順調であると部長に報告したら、そんなことを言われた。
社内では【鬼の女部長】と恐れられているあのキャリアウーマンが、よもやそんなことを言うとは、とても信じられなかった。
なので聞き返す。これで三度目だ。
『次、聞き返したら、会社に寝泊まりさせてやる。いいか、お前さんは、そのまままっすぐ、か・え・れ!』
そして聞き返すまもなく、電話は一方的に切られた。
「──それで、言われるがまま、まっすぐ帰ってきたと」
女神の呆れたような物言いに、俺は黙って頷いた。
「まだ日も高いんですから、遊びに行ったり、パチンコ打ったり、飲み歩いたり、すればいいじゃないですか」
うーんと考え、首を振る。
外で遊ぶったって、買い物はあまり興味ないし、ゲーセンも行かなくなって久しい。飲みもパチンコも、一人で行ったって、それ楽しいのか?
結果、昼間からゴーホーム。
家で漫画読んでゲームして、ダラダラ過ごすことにしたわけだ。女神にとやかく言われる筋合いはない。
それに本当にまっすぐ帰ったわけでもない。ちゃんと(?)寄り道もしてきた。
こいつで女神のうるさい口を塞いでやるぜ……!
「ほれ。好き屋の牛丼」
「あ〜ん、これ好き! ジャンクな味付けがたまらないんですよねえ!」
それは何より。俺も昼飯まだだったから、一緒に食おうと思って買ってきたのだ。
「もぐもぐ。抱き枕くんのは何ですか?」
「三種類のチーズ入り牛丼」
「あなた、いつもそれですよねえ」
「美味しいんだから仕方がないだろ」
そんな俺の言葉に反応する者がいた。
「そうだそうだ! 好き屋はチー牛しか勝たん!」
……寝室から声がする。
どうやら、あの白い空間にまた、トラックに跳ねられて命を失った若者が舞い降りてきたようだ。
素知らぬ顔で牛丼をほおばる女神。……てか、あの空間にこっちの会話丸聞こえかよ。防音ちゃんとして、どうぞ。
「あ〜いいにおいだな〜! 俺もチー牛食べたいな〜! 異世界に行ったら食べられないからな〜! この世界での最後ののぞみ、聞いてほしいなあ〜!」
ドア越しにいやそんなこと言われても、見ず知らずの生意気そうなガキに恵んでやる理由はない。
それに、どうせ異世界でチート駆使して約束された栄光を掴み取れる第二の人生が始まるのだ。
牛丼が二度と食えないくらい、可哀想だとは微塵も思えない。
だが無視し続けていても、あまりにもうるさいので、仕方なく白い空間へ赴くことにした。
「食べれまふよ」
「へ?」
牛丼を食べながら話す女神。聞き返す少年。
「口に物を詰めながら喋るな」
俺が注意すると、ひとまず今、頬張っているものを飲み込んで、再び説明を始める。
「異世界でも牛丼、食べれますよ。あなたにはそういうチートを授けましょう」
「料理上手になるチートでもくれるのか?」
「そんなものくらい、自分でスキルを磨いてください。あなたには【異世界amaz◯n】のチートをあげます。要は、向こうの世界の通貨でamaz◯nが使えるチートですね。それでパウチの牛丼でも買って食べて下さい」
「なにそれ最高じゃん」
うわ、いいな〜。
たぶん俺が聞いた中で過去イチで有能チートだぞこれ。
「ただし、世界を渡るため、配送は翌日から数日はかかりますよ」
「むしろそんなんでいいのかよ……」
少年は二つ返事で快諾して、異世界に転生していった。
残された白い空間に二人。俺と女神。
「なんか……飯食ったら、眠くなってきたな」
「そうですね。私も、はわぁ〜」
女神は俺の意見に賛同を示し、大きなあくびと伸びをする。
透け透けの布一枚羽織ってるだけの格好だ。全面を隠しもせずに、むしろおっぴろげに伸びをされたら、目のやり場に困ってしまう。
なんか見てるこっちが照れくさいので、そそくさとベッドへ向かう。女神はすぐに後ろからついてきた。
背を向けたまま横になると、シングルベッドなものだから、女神は俺に抱きつくようにくっついてきた。
「抱き枕くん、今日は後ろ向きで寝るんですか? 私はそれでも最高の抱き心地なんですが……」
わざとらしく、意地悪な声色で、女神は耳元で甘くささやくのだった。
「これじゃ、おっぱい揉めませんね♡」
…………。
俺は、180度寝返りをうった。
「わ、お腹にナニカ刺さるんですけど♡」
うるせーやい。
──ふと、目覚めると、真っ白な空間に、変化が起きていた。
「……なんだ、こりゃ?」
この空間には、一面の白い景色と、安物のシングルベッドしかないはすだ。たまに異世界転生するための若者が立っているが、せいぜいがそんなところだ。
何か、金貨のようなものが落ちている。
それからA4コピー用紙。見れば、どうもamaz◯nの商品ページが印刷されているようだった。
……なにこれ?
「あ、あの人、早速【異世界amaz◯n】のチート能力を使ったみたいですね。それじゃあ……抱き枕くんっ!」
「え、なんすか」
「この商品、注文して♡」
「は?」
いや、え? このチートスキルって、俺が代理で買い物しなきゃならんの!?
めんどくせええええええええっ!
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