3:女神に分からされた話

「はい、兄ちゃん。コロッケ一つオマケ。いつもありがとさん!」


 定時で上がった仕事帰り。

 初めて寄った惣菜屋でオマケを貰った。絶対に誰かと間違えてるけど、そのまま会釈してそそくさとコロッケ三個を手に店を出た。ラッキー。


「──ってな事がさっきあってさ。得したよ」


「人間はそんなことで、こんなにも嬉しそうな顔ができるんですねえ。なら、次の転生者には【必ずオマケがついてくる】チート能力で送り出してやりますか」


「うーん、一見ゴミスキルだけどなんやかんやチートになりそう。いいんじゃね」


 ただ、やっぱり能力単体としては微妙だな。とかダメ出しをしつつ、今晩のメニューはコロッケと白メシ。あと冷凍ブロッコリーをチンして野菜分を接種して、ごちそうさまだ。

 三個目のコロッケは明日の朝食にしよう。


「足りません! ポテチ食べていいですか? ポテチ!」


「どーぞ、女神様」


 ……女神と同棲を始めてから、食費がかさむ。ちゃっかり俺と同じものを食べるものだから、単純計算、食費が二倍かかる。むしろ今みたいに常備してるお菓子も食べ散らかすもんだから厄介だ。

 そんな背景があるから、コロッケのオマケがひとしおに嬉しいのだ。


「もぐもぐ。なんれふか?」


 美味しそうにポテチを食べる女神をぼーっと眺めていると、口に詰め込んだまま話しかけてきた。桃色髪がふわりと弾んで、大きな瞳が俺を捉える。顎先が細い小さなお顔には、されどリスみたいに頬を膨らませるほどのポテチを詰め込んでいた。

 神の世界にマナーというものはないのだろうか。

 というか俺に残す気ゼロな食い方やめて!


「あ……ごくん。抱き枕くんも食べます?」


「え、いいの? 食べる食べる」


 まさか一人で食べ切ってしまうんじゃないかと思って眺めていたのだが、女神は思いがけず、シェアしてくれた。

 普通に嬉しい。


 ……このポジティブな気持ちは、紛れもなく、女神から与えられたものだ。

 そしてコロッケをオマケで貰った時もそうだ。あの喜びは女神がいてこそ。

 むしろ女神がいなければ「うげー、油ものこんなにも食えねー。次の日に回すとグチョってなるし不味くなるし嫌だなー」とか思ったかもしれない。


 もしやこの女神……俺に、幸せをもたらしているっていうのか……?

 いやまさかな。ポテチボリボリ。


「さて、では女神よ」


「なんでしょう。抱き枕くん?」


 ポテチを食べ終え、向き直る。

 姿勢を正し、いざ神に物申す。


「今日は、風呂入っていっすか」


 仕事も終わり、飯を食い……しかし一日のシメにはやっぱり、ひとっ風呂……! 日本人には欠かせぬ習慣!

 しかし俺はなぜか、女神に入浴を管理されているのだ。「オスの臭いを洗い流すなんてもったいない!」なんて、意味がわからん理由で。


 これまでだいたい、一日置きに入浴権を得ている。

 そして昨日、実は入浴権を行使しているのだ。女神との同棲がスタートして、これまで、連続で入浴権を得たことは、一度もない。

 それでもダメで元々……二日連チャンの夢を見て、ひとっ風呂要請! 通るか! 否か!


「うーん……。ま、いいでしょう!」


「ぃよっしゃ!」


 やったぜ! まさかの連続入浴権!


「あれ? ちょっと待ってください。そういえば、確か昨日もお風呂……」


「それがどうした! 神に二言はありませーん! お風呂サイコー!」


 オーケーを出してすぐに女神も気付いたようだが、そんなの知るか!

 テンション上がって、女神煽って、気分良く風呂を溜める。いや〜、女神も出し抜けたし、なんだか今日は調子がいいな。

 正直俺は、風呂なんて二日三日入ろうが入るまいが、気にしない人種だった。

 ただなんか「入るな!」と言われたら、反骨精神がムクムクっと沸き起こってきたのだ。


 ――ああ、そうか!

 女神がさっき提案してきた【必ずオマケがついてくる】チート能力の欠陥が明確に理解できたぞ!


『ピピー! お風呂ができました』


 考えがまとまると同時に、軽快な電子音声が俺を導く。タイミングがいい。やはり今日は冴えてる。

 女神を焦らすために、ゆっくり風呂に浸かって、のぼせる直前まで体を火照らせた。


「いやあ、さっぱりさっぱり」


「もう、遅いですよ! いくら神が時間に寛容だからって、限度があります!」


「全然寛容じゃねえじゃねえか」


「もういいです! さ、寝ますよ! バツとして今夜は寝かせませんからね!」


「どっちじゃい」


 女神はぷりぷり怒って、俺の腕を抱いて寝室に連れて行く。うわちからつよい。

 ドアを開けると、真っ白な空間が視界を埋め尽くす。何度見たって慣れないなこれ。


「あ」


 そんな空間に、先客がいた。

 高校生、あるいは童顔の大学生くらいにも見える。無気力そうな顔でぽつんと突っ立っていた。


「やっときたか……あんたらが神か?」


 どうやら物分りのいいタイプの転生者のようだ。

 すかさず女神がチート能力を与えて異世界へと送り出そうとする。


「はい【さっき考えたチート能力】あげます! 異世界についたらステータスで確認お願いします! それではいってらっしゃい! 私は早く寝たいんです!」


「えちょ」


 少年の焦った声を差し置いて白い空間が白く光る。これまで何回も見てきた、転生者を異世界へ送る光だ。

 俺はすぐさま女神の肩を掴み、それを妨害する。


「待て女神。そのチートは、それだけじゃダメだ」


「え、抱き枕くん……? どういうことですか?」


 別に、この少年がどんなチートを貰って異世界に旅立とうが知ったことではない。

 だけど俺のひょんな発言から生み出された欠陥チートを持たされたとあっては話が別だ。なんだか、申し訳なくて寝覚めが悪い。


 それに、たった一つ、ある要素を追加するだけで、それは確かに有用なチート能力へと開花すると俺は知っている。

 そのチートを持っていくなら、せめて万全な状態で異世界に挑んでほしい。


「俺、気づいたんだよ。オマケってのは、貰えれば無条件で嬉しいわけでもないってことにな」


「え! そ、そうなのですか!?」


 女神が驚くのも無理はない。

 俺だってこの真実に気付いたときは、天地がひっくり返った気分だった。

 しかし現実、コロッケ一つ取っても、「ラッキー」と思う反面、「こんなに食えねーよ」という気持ちもあったのは確かなことだ。


 だが「こんなに食えねーよ」と思う気持ちがほとんどゼロだ済んだのは……そう。


「女神。お前がいたからだ……」


「ほえ?」


「お前がいたから、こんなにもオマケが嬉しかった。お前がいてくれたおかげで、オマケの価値がグンと跳ね上がったんだ」


 真実を伝えると、女神は急にしおらしくなってしまった。

 顔を赤らめてもじもじと、恥ずかしそうに縮こまる。


「そんな、抱き枕くんがそんなに私のこと、思ってくれていたなんて、私……嬉しいです♡」


 そうだな。最近じゃもう、なにかにつけて、女神の顔が脳裏をよぎる。常に女神が俺の頭の中にいるんだ。

 女神の肩にぽんと手を置く。その潤んだ瞳を見つめて、微笑んでやる。彼女もえへへと笑っていた。


「あのチートを完成させるには、お前が必要なんだよ。女神。お前が一緒に居ると必ず発生する、ストレスというマイナスが大きいからこそ、ちょっとしたプラスがとても愛おしいものに思えるんだ」


「……へ?」


「ストレスがあるからこそオマケが輝く。常にマイナスが傍にいるからこそ、時折発生する小さなプラスがとても眩しく思える。女神、お前は俺に、そんな大事なことを教えてくれたんだ。ありがとう……本当にありがとう」


「え、あの、なんですか抱き枕くん……? ストレス? 私が?」


「ああそうだ。だから、お前はこの少年と一緒に、転生先についていくべきだ。あんなゴミチートは、しかしお前と一緒ならば最大限に輝く! 俺はそう確信している!」


「嫌ですけど」


「さあいけ女神! 勇者と共に、異世界を救う冒険へと……!」


「嫌ですけど」


「あとこの部屋元に戻して!」


「嫌ですけど」




 ――勇者には、別の女神がついていくこととなった。青髪の可愛らしい子だった。


 そして俺はその日、寝せてもらえなかった。


 次の日会社休みでよかった。

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