第5話 愛人さんとのご対面
オリヴァーの求婚を受けてから、一週間後。それは起きた。
「なんだなんだ」
別棟に押し寄せる人に、旦那様は驚きを露わにしていた。さらに私とオリヴァーの姿を見て青ざめる。
「何をしに来た! う、生まれるまでは、ここにいていいと言ったじゃないか」
「言いましたが、干渉しないとは言っていません。それに約束を違えたのは、そちらの方が先です」
「何だと!」
旦那様が声を張り上げたのと同時に、後ろの扉が開く。
豊かで美しい茶髪を揺らしながら、大きなお腹を両手で支える。彼女こそが、旦那様の愛人、ベリンダだった。
使用人に支えられた彼女の姿は、とても儚げな少女に見える。が、身重な体がそれを否定する。
「ベリンダ。体に障るから、部屋に戻っていなさい」
「ですが、気になって休めません」
「けれど、ショックを受けて、子供が流れてしまっては大変です。どうか、ここは……」
私がそう言うと、旦那様に向けられていた愛らしい顔が、凄まじい形相で睨んできた。
無理もない。私とオリヴァーが来ただけでも、何事かと思うのに、憲兵まで引き連れてきたのだから。
「今更何よ! もうすぐ生まれるのに、ここから追い出すの!?」
「いいえ。そのつもりはありません。ただ、色々と手続きを終えたので、その報告と今後の身の振り方をお教えに来たんです」
「つまり、すぐには追い出されないの?」
「子供が生まれ、動けるようになるまでは」
その言葉に、ベリンダが安堵するのが分かった。私と同じく、別棟から出ていなかったのだろう。未だに悪妻だと思われているようだった。
「だが、許可できるのは、そこまでだ。子供を連れて出て行ってもらう。勿論、兄上も一緒に」
「お前にそんな権限は――……」
「あるよ、ここに。兄上が登城していない間に、評判はガタ落ち。それを憂いた父上と母上が国王陛下に頼んで、俺に爵位を譲るように仰ったんだ」
その証拠、と言わんばかりに、オリヴァーは旦那様の目の前に証書を突き出す。
「経営も酷いものだったよ。エミリアが手を出さなかったら、今頃どうなっていたか」
「つまりこれは、オリヴァーとエミリアが仕組んだことなんだな」
「お言葉ですが、先に仕掛けてきたのはそちらです。私は言いましたよね。『国は良いわ。それは貴方がやって』と。けれど、それを疎かにしたのは、貴方です!」
前世の記憶が戻る前、悪妻だったエミリアの所業は、もうどうすることもできない。それによって、とった旦那様の行動も。私には言及する資格がない。
けれど、本来の仕事を疎かにしていい理由にはならなかった。
「まぁ、他の案件については、エミリアが原因だとは一概に言えないけどね。元々兄上は、サボり癖があったから。それを差し引いても、今回の件は酷い」
「俺はベリンダが心細い思いをしないために……」
「その女の世話は、全部メイドがしている。兄上はただ、傍にいるだけだ。十分、登城できたと思うけど?」
「……こんな状態で登城できると、本気で思っているのか?」
突然、近づいて来る旦那様。
「俺はな。この女を追い出したかったんだ。ベリンダを連れてくれば、いつものように怒り狂い、殺してくれると予想していたのに。なかなかやって来ない。現場を掴めなければ、いつものようにもみ消される。だから――……」
ここから離れられなかった。そう旦那様は自白した。
「私を追い出したかった気持ちは、まぁ分かりますが、そちらの方は? 私には、ベリンダ嬢の殺害も、望んでいるように聞こえたのですが」
「その通りだよ。この女も君と同じさ。俺にあれこれ指図する目障りな女。腹の子だって、本当に俺の子なのかも怪しい。二人まとめて処分できるのなら、ちょうどいいと思ったんだ」
オリヴァーが旦那様に掴みかかろうとするのを、私は止めた。
「では、いかがしますか? 爵位はすでにオリヴァーが継いでいます。貴方の居場所は、この屋敷にはありません」
「本当に変わったんだな、エミリアは。オリヴァーのお陰か?」
「違いますが、どう捉えられても構いません。私の地位は変わらないので」
「そうか。ならば連れて行ってくれ。そこの憲兵は、俺を裁くために連れてきたんだろう」
何の罪か言わなくても、旦那様は分かっているようだった。そう、愛人の殺害を企てたのは、これが初めてではないのだ。
「連れて行け」
オリヴァーが静かに言うと、部屋の中にはベリンダの泣き声が響き渡った。
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