第2話 使用人の態度も最悪

「はぁ、部屋の場所を忘れるとか、いつにも増して冗談が過ぎますよ、奥様」


 金髪男に部屋に戻るよう言われても、私にはその記憶がない。“ザイーリ公爵夫人”になったのは、ついさっきのことなんだから仕方ないんだけど……。


 何? このメイド。奥様、と言っているのだから、私をどこの誰だか認識していて、これか。なるほど。


「そうかもね。貴女の態度ほどではないわ」


 私は目の前を歩くメイドの腕を、目一杯引っ張った。油断し切ったメイドは、そのまま後ろに。気がついた時には、廊下に寝っ転がっていた。


 薄紫色の髪が降りかかるように、私はメイドを見下ろす。


「どう? 己の立場は分かって?」

「旦那様が愛人を連れて来るからって、気でも触れたんですか!」

「まぁ怖い! 私は旦那様の愛人が、この屋敷に来ていただいてもいいと言ったのよ! その愛人との時間を作りたいから、領地と商会の経営を、私に任せてくださったのに! 気が触れただなんて、そんな悲しいことを言うの!」


 私はわざとらしく大声で言った。すると案の定、わらわらと使用人たちが集まり出した。


「なんですって! 悪妻のあんたが経営?」

「奥様。今の話は本当ですか?」


 メイドの『悪妻』という言葉に引っかかったが、それを無視するように、老齢の男性が姿を現した。


「えっと、どちらの話について?」

「両方です。が、そうですね。まずは旦那様が愛人を連れて来るお話を伺いたいのですが」


 普通、連れて来るなら、前もって使用人たちに言うべきじゃないの? 誰が世話をすると思っているのよ。金髪男じゃなかった、旦那様は!

 でも、おかしいわね。


「あら、なぜ貴方は知らないの? そこのメイドは知っていたようだけど。確か言っていたわよね。旦那様が愛人を連れて来るから、気でも触れたのかって」

「それは……」

「コリー! お前はまた! 申し訳ありません、奥様。今後気をつけるように言いますので」

「いいえ。これから私は、領地と商会の経営をするのよ。傍に置いておくのは危険だし、貴方の話しぶりからすると、常習のようだから、解雇してちょうだい。また重要な話を盗み聞きされるのは困るから。そうでしょう」


 厳密に困るのは、雇われている側である使用人の立場だ。領地はともかく、商会の情報を他に売るような使用人は危険でしかない。

 私は念を押すように言うと、老齢の男性は心得たように頷いた。


「奥様の仰る通りです。コリーを連れて行け」


 その一言で従える、ということは、この男性は執事かしら。


「とんだお目汚しを。以後、目を光らせますのでご安心ください」

「いいえ。それよりも、あのメイドみたいに反対しないの? 悪妻である私が領地と商会を経営するなんて、気でも触れたのかって」

「そ、そのようなことは。間違っても、このロルフは致しません」


 しかし、他の使用人たちはどうだろうか。あのメイド、コリーが言っていた『悪妻』が経営など。さらに愛人がやってくるという事態だ。

 どちらにつこうか判断しているのだろう。


 まぁ、私は追い出されないようにするだけ。子供が生まれるまでには時間がかかる。それまでに次の算段をしておかないと……。


「ありがとう。詳細は旦那様が話してくれると思うわ。その愛人さんのことについてもね。もうそういうことになっているから」

「心得ました。今後のこともあるので、旦那様のところへ行ってもよろしいでしょうか」

「えぇ。構わないわ。それから、本当にありがとう。助かったわ」

「いえ、執事として当然のことをしたまでのこと」


 ロルフはそういうと、一礼をして立ち去ろうとした。


 うん。やっぱり執事で合っていた。これが間違っていたら、大変なことになっていたわ。


 ふぅ~と一つ息を吐いたところで、肝心なことを忘れていた。


「あっ、待って。コリーの代わりを用意してもらわないと困るわ」


 そう、私はまだ自分の部屋の場所を知らないのだ。

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