余ったクッキーは誰のもの?
@05271204aB
余ったクッキーは誰のもの?
「ねえねえ、佳奈ちゃんに聞いてほしい話があるんだけどー」
放課後の夕日が照らす教室。
美香は気怠そうにいい、わたしのシャーペンを持つ右手を握ってくる。今の季節が秋だからか、美香の手は少し冷たい。
「なに? 今学級日誌書いてるんだけどー」
わたしは感情のない言葉を放ち、美香の手を水気を落とすように払う。
「えーいいでしょう。すぐ終わるからー」
わたしの前の席に座っていた美香は、今度は学級日誌の上に顎を乗せてくる。シャーペンの芯で頬を刺してやろうかと考えたが、赤く膨らんだ頬が金魚のように可愛かったので止めておいた。
わたしは溜め息を吐き、机の上に頬杖をつく。
「分かったよ。で、話ってなに?」
「お、やっと聞く気になったか」
そっちから頼んできたのに、なぜか美香は居丈高に言う。
「早く終わらせてね。五時半までには職員室に持っていきたいから」
わたしは右手でペンを回しをしながら、BGM代わりに美香の話を聞くことにした。美香は学級日誌から上げ、姿勢をこちらに向けてくる。
「わたし、先週の連休に家族と旅行に行ったの」
長くなりそうだなと、わたしは心の中で思う。
「でね、帰りにサービスエリアのお土産屋さんで、部活の人達にお土産を買ったの」
「へーそうなんだ」
わたしは心なしの相槌をうつ。
現地ではなくサービスエリアの店でお土産を買うのは、奔放な性格の美香らしい。
「バレー部の部員は全員で二十人だから、二十個入りのクッキーを買ったの。全部同じ味だから喧嘩にならないなーって。あと安かったから」
おそらく、最後が一番の決めてだろう。
「それで一昨日、わたしは用事があったから部活に行けなくて、昼休みにお土産ですっていう張り紙をつけて、部室に置いておいたの」
わたしはペン回しをしながら、学級日誌の報告の欄に何を書こうかと考える。今日のお弁当の具材でと書こうかな・・・
「で、昨日の放課後にみんな食べてくれたかなーって期待しながら部室に行ったの。そしたら一個だけクッキーが残ってて、誰か一人だけ食べてないことが分かったの」
わたしはペンを床に落としてしまう。いや、それは流石に彼女でも・・・
「ちょっとー、ちゃんと聞いてる?」
「あ、うん、聞いてるよ。続きをどうぞ」
わたしは手のひらを美香に向ける。
美香は空気を大きく吸い、真剣な眼差しで話を再開する。
「あたし、誰が食べてないのか気になって、先輩とか後輩に聞いたの。味はどうだったーって」
わたしは笑うのを必死で堪える。
「でもね、みんなクッキーを食べたらしくて、全員が美味しかったとか甘かったとか言うの。一人はまだ食べてないのに・・・」
「へ、へぇー」
わたしはシャーペンの芯で自分の太ももを刺す。
「なんで嘘なんてつくのかな。正直に食べてないって言えばいいのに」
「その話、他の誰かにした?」
「えっ? 同じ部活の友達には言ったけど、どうしたの?」
美香は話の腰を折られて首を傾げる。もしかしたら、その友達はクッキー食べていない犯人を知っていて、敢えて美香には話していないかもしれない。
「その友達は、嘘をついた人に対してなんか言ってた?」
「えーとね、わたしの一番身近にいる人って言ってたかな。でも、一番身近なら佳奈ちゃんになっちゃうんだけど」
それを聞いて、わたしは吹き出して笑ってしまう。その友達も、きっとわたしと同じ気持ちだったのだろう。
「え? なんで笑うの?」
美香は目を丸くする。
わたしは手で口を覆い、涙目になりながら返事をする。
「いや、嘘をついた犯人がわかったから」
「ええー!? 犯人って誰なの教えて!」
美香は机の上に両手をつき、身を乗り出して犯人の正体を訊いてくる。
わたしはシャーペンを置き、美香の瞳に映った自分を見ながら言う。
「わたしの一番身近な人」
余ったクッキーは誰のもの? @05271204aB
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