【 4 】

 誓いの精霊グラディスとの契約を解除するには、手続きに際して必要な条件がある。

 ひとつは精霊本人に直接解約の旨を伝えることで、もうひとつは手続きの場に契約の当事者が全員そろっていること。その上で申し入れが受理されれば、加護の恩恵と共に、弊害も消滅する。



 だから根本的に「この世界の日本から、どのように解約の意思をグラディスに伝えるのか」という問題はあるものの、差し当たり契約者全員――

 要するにかつてのパーティーメンバー全員と、こちらの世界でも再会せねばならない。

 魔王城が時空の狭間はざままれたあと、パーティーは全滅し、皆の魂が次元を超えて散り散りになってしまったから、これは大きなハードルだ。


 ただ昔の仲間は幸いにして、日本に転生後も「運命力」のようなものの導きにより、近い場所で引かれ合い、集合する傾向にあるらしい。

 おかげで有紗とは現世でも幼馴染だし、芽琉とは中学二年生の頃に学校行事で再会できた。

 またそれぞれ、前世と同じか似通った名前を持つようで、性格なども変化しないようだ。



 それだけの材料があれば、元のメンバーを探し出し、再会するのも簡単ではないか……

 と思われるかもしれないが、これがなかなかそうでもない。


 というのはまず、名前や性格は同じでも、前世と現世では容姿がかなり異なっている。

 例えば、前世のアリサは金髪だったのだが、現世の有紗はとび色の髪だ。メルと芽琉の場合は、小柄な点こそ同じだが、ドワーフ族と人間で種族自体が違う。

 見た目が異なると、案外会話してみるまで前世の仲間とわからない。また名前が同じでも本当にかつてのメンバーと同一人物か断定するのは、難しかった。



 ――さて、黒木河華恋はどうだろう? 


 芽琉が連れてきた女の子は、品の良い美人だった。

 黒くつややかなロングヘアの持ち主で、瞳は薄墨色。肌は白く透き通るようだが、不健康そうにも見えた。三年生というから、俺や有紗より一学年上だ。


「えっと、初めまして黒木河華恋先輩。俺の名前は、葛城かつらぎ慧だ」


 ひとまず名乗ると、先輩女子はこちらへ向き直る。

 前世の話をどう切り出すか迷っていたら、相手は意外な反応を示した。

 不意に瞳を見開き、驚嘆の声を発したのだ。


「――慧、ケイ……もしかして、勇者ケインさんですか!?」


「何だって!? 黒木河先輩、いや華恋! 俺がケインの生まれ変わりだって、わかるのか!」


 こちらもびっくりしてき返すと、華恋は目の端に涙を滲ませた。

 感極まった様子で、何度も首肯する。


「ええ、わかりますともケインさん。いえ今は慧さんとお呼びした方がよろしいかしら」


 これは僥倖ぎょうこうだ。

 転生後には、必ずしも前世の記憶がよみがえっていない場合がある。

 有紗は、ずっと子供の頃から一緒に過ごしていたおかげで、自然と思い出してくれた。

 芽琉は、再会後に半年余り対話を続けていく中で、徐々に過去を取り戻してくれた。


 しかし華恋は再会する以前から、自力で前世のことを思い出していたらしい! 

 芽琉が「カレン=華恋」の見込みを断定的に語っていた理由も、よくわかる。



 俺が華恋とやり取りする傍らで、芽琉は得意気に胸を張っていた。


「えへへ、だから言ったでしょう慧先輩。華恋先輩は、魔法使いのカレンさんだって!」


「ううっ……また慧ちゃんを好きな女の子が一人増えた……。契約解除のために仕方がないのはわかっているけど……」


 頭を抱えてうめいているのは有紗だ。言葉を掛けにくい。

 なのでそっとしておき、俺は芽琉に礼を述べておく。


 それからくわしく話を聞くと、芽琉と華恋は共に保健委員だとわかった。

 委員会活動で相手の名前を知った際、お互いが前世のパーティーメンバーである可能性に思い当たったそうだ。




     〇  〇  〇




 いずれにしろ、これで前世のパーティーメンバー四人が集結した。

 あとは「グラディス本人に直接解約したい旨を伝える」だけ! ……ただし前世と異なる世界に転生してしまったわけだから、かつて面会した古代遺跡へおもむくことはできない。


 とはいえ、もうひとつの条件を満たす方法についても、何かしら上手い手段があるはずだ。

 前世の世界で精霊とは、時空を超えて遍在へんざいする思念体のようなものだと考えられていた。


 とすれば、こちらの世界でも召喚の手段さえあれば、グラディスを呼び出すことができる! 

 ……はずなのだ、理屈としては。


 問題は、精霊召喚の手段自体がこれまで全然わからなかったことである。



 ところがここへ来て、華恋が非常に心強い言葉を聞かせてくれた。


「実はわたし、精霊召喚できるかもしれません」


 これにはさすがに驚いた。

 何でも華恋は記憶を取り戻して以来、グラディスと接触する手段を調査していたという。

 そうしてあるとき、自宅の書庫で怪しい魔導書を手に取り、そこに精霊召喚の方法を発見したそうなのだ。


 書庫に魔導書がある自宅って何なんだよ……

 とツッコミ入れたくなってしまったが、華恋の家は相当な資産家の一族らしい。祖父はその筋で有名な古物収集家のようで、蔵書の中にもわけのわからない稀覯きこう本が多数あるのだとか。

 前世でも金持ちお嬢様だったが、現世での出自まで似た状況に生まれつくとは恐ろしい。

 ていうか転生後も魔法が使えるの? 俺は無理なんだが。



 しかしまあ、とにもかくにも。

 俺たち四人は、いよいよ精霊との契約を解除する要件を満たすに至ったわけである。

 で、すぐにも解約しようという話になり、翌日の放課後に再び皆で集まることになった。

 精霊召喚を実行する場所には、華恋が学校の美術準備室を望んだ。


「ここにあるデッサン用の石膏像にグラディスを憑依ひょういさせます」


 四人で当該教室に会すると、そう言ってギリシャ彫刻の模造品みたいな像を指し示す。身体に布切れ一枚羽織っただけの女性を模った代物で、なるほどあの恋愛こじらせ精霊を宿らせるには最適に見えた。


 華恋は、自宅から持ち込んだ魔導書を取り出し、ページを開いて手に持つ。

 次いでまぶたを伏せると、よくわからない言語で呪文を唱えはじめた。


 ……やがて、目の前の石膏像が青白い光を帯び、柔らかくきらめく。

 それからほどなく、聞き覚えのある怪しい言葉遣いの声が聞こえてきた。


「――おう。なんやキミら、久し振りやんか。あっちの世界で魔王諸共消滅したかと思てたら、こない辺鄙へんぴな別世界で生き延びとるとは思わへんかったわ」


「誓いの精霊グラディス! ご無沙汰しております!」


 召喚の成功に興奮して、俺は精霊の名前を声高に呼んだ。

 芽琉も歓喜の表情を浮かべ、華恋は瞳に安堵の色をのぞかせた。

 そこで有紗が要望を申し入れる。


「今日こちらへあなたをお呼びした理由は、他でもありません。どうか前世で私たちに与えてくださった加護の契約を、解除して頂きたいんです!」


 それはパーティーメンバー全員が、ずっと待ち望んだ願いだった。

 きっと前世でも「えっちなことができない」状況が持続していたら、何某なにがしか心に鬱屈を抱えて生きていたかもしれない。

 それが現世の皆に至っては、転生後まさに思春期真っ只中だ。異性と本気で仲良くなりたくても、弊害のせいで思うに任せないのは、拷問に等しい。


 ゆえに冗談みたいな馬鹿馬鹿しいペナルティからは、どうにか早く解放されたい。それだけは誰しも、間違いなくいつわらざる本音のはずだ――



 しかし誓いの精霊グラディスの返答は、思い掛けなく無情なものだった。




「……えっ。そんなん、あかんけど?」

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