【 3 】

「どうして私たち、前世であんな恋愛こじらせ精霊と契約しちゃったのかしら……」


「そりゃ魔王を倒すのに、少しでも戦闘で有利な材料が欲しかったからだろ。最終的にはおまえもメルもカレンも、パーティー全員賛成したじゃんか」


 俺と有紗は、並んで廊下で窓際に立ち、尚も屋外をながめていた。


「あと契約した時点では、みんな『どうせ魔王を倒したら契約解除するし……』と思っていたんだよな」



 ところが予期せぬ事態が生じ、思い通りにいかなくなったのである。


「まさか最終決戦の直後、いきなり魔王城が時空の狭間はざままれるとは思わなかったもんね」


 有紗は、口元を引きらせながら自嘲的につぶやく。


 主人を失った魔王城は、暗黒世界の最奥で崩れ去った。

 だがそれだけでなく、城自体が空間のゆがみに吸い込まれてしまったのだ――

 もちろん、そこに巻き込まれて俺たちのパーティーメンバー全員も。

 単に城が崩壊しただけなら、脱出の手段があったかもしれない。

 しかしたちまち巨大な魔力の力場に呑まれてしまっては、すべもなかった。

 パーティーメンバーは当然全滅、しかも遺体は物質界から完全に消失している。



 ……かくして俺は気が付くと、新たな世界で「日本」という国に転生していたのである。


 だがそれにしたところで、転生先の世界までも精霊の加護が持続しているとは驚きだった。

 俺の場合は、生まれ変わって早々に前世の記憶を取り戻していたものの、契約の効果で高校に進学するまでに何度となく酷い目にった。


 小学生の頃に体育の授業でプールを泳いでいたとき、水着の女子と水中で接触したら、手足が麻痺マヒしておぼれそうになったりとか。中学校時代には間違って女子が着替えに使用していた教室へ入ったら、突然激しい頭痛に襲われて保健室へ運び込まれたりとか……


 諸々の体験が契約の弊害と悟ったときには、呆然ぼうぜんとしたものだ。

 だから有紗が「今のままじゃ幸せになれない」となげく気持ちも、わからないではない。前世でパーティメンバーだった以上、こいつも同じ弊害を負っているはずだ。

 とすれば契約が続く限り、好きになった相手とスキンシップする際にも、常に手探りで距離を縮めなくちゃならないだろうからな。


 そう、取り分け有紗は辛いに違いない……。

 何しろ前世じゃ神官だったぐらいだから、基本的には真面目だが、実はむっつり――

 と、いやこれは本人の前で言うと殺されるから、口に出したりできないのだが。



「でもまあ、転生した先の世界でも、有紗と幼馴染になれたのは不幸中の幸いだったよ」


 俺は、隣に立つ有紗を見つつ、気を取り直すように言った。

 有紗もこちらを振り返り、互いの目と目が合う。


「やっぱ気心知れた相手が近くにいてくれると、特殊な状況でも少しは安心できるし。……それに元の世界でも有紗は可愛かったけど、転生しても可愛いしな」


「も、もう。慧ちゃんったら、すぐそうやって女の子のことを可愛いとか言うし……」


 有紗は、ちょっと身動みじろぎしながら、目線を横へ逃がした。

 また不機嫌そうな表情になり、頬をわずかに上気させる。


「他の子に言って、勘違いされたら大変なんだから。そういうことを言うのは――だから、わ、私だけにしておきなさいよ。わかった?」


 いきなり険のある言葉で、訓戒されてしまった。

 しかし口調は満更でもなさそうだから、やはり女の子は難しい。

 俺が曖昧あいまいに受け流すと、有紗は思いも寄らない話を持ち出してきた。



「実は慧ちゃん以外のみんなが精霊と契約した理由、抜け駆け防止の目的もあったんだ」


「……抜け駆け防止?」


「慧ちゃんだって、前世では何となく気付いていたんでしょう? パーティーメンバーの子たちは、みんな勇者ケインのことが好きだった」


 俺は、そこに言い逃れを許さない雰囲気を感じて、また少し口をつぐむ。

 とはいえ否定の態度を示さないことこそ、この際は明確な回答だった。

 さらに有紗は続ける。


「でも魔王討伐が最優先だっていうのも、わかっていたから。だから全員、お互いに勇者ケイン――前世の慧ちゃんを好きになった女の子同士のあいだでは、当時『告白するのは魔王を倒してから』っていうのが暗黙の了解になっていたんだよ。それで契約の弊害はそのときまでの、休戦条約みたいなものだったの」



 俺は今一度、廊下の窓に向き直り、まだ明るい西の空を遠い目で眺めた。


 前世で共に旅したパーティーメンバーは、勇者ケイン(俺)を除いて、全員が女の子だった。

 現代日本のサブカル文化においては、ハーレムパーティーと呼ばれるグループ構成である。

 いや別に、意図してそうなったわけではない。


 だが結果的にそのせいで、パーティー内では時折恋の鞘当さやあて的な空気(※修羅場ともいう)が流れることがあったのはたしかだ――……



 と、前世の恋愛事情に想いをせていたところ。

 校舎南側へ伸びる廊下の先から、勢いよく接近してくる人影が視界に入った。

 近付いてくるのは、二人の女子生徒だ。片方の子が先行し、もう片方の子の手を引いて、廊下を走っている。


 尚、手を引いている方は、俺や有紗も面識がある女子生徒だ。

 そもそも空き教室前の廊下に佇んでいたのは、彼女から今日ここで「最近知り合った女の子を紹介したい」という申し出があって、それに応じることにしていたからなのだった。


「慧先輩、連れてきましたよぉ~! こちらが三年生の黒木河くろきがわ華恋かれん先輩ですっ!」


 手を引いている方の女子生徒――

 藤凛学園一年生の森沢もりさわ芽琉めるは、目の前まで来て立ち止まると、明るく声を張り上げた。


 芽琉は、その名が示す通り、戦士メルの生まれ変わりである。

 前世では年齢不詳のドワーフ族だったが、現世ではごく普通の人間に転生していた。藤凛学園高校の一年後輩で、明朗快活な女の子だ。まあ多少、猪突猛進というか、思い立ったが吉日的な行動が目立ち、それがトラブルをまねくこともあるが。

 背丈は前世と異なる種族になっても相変わらず小柄で、身体を元気に動かすたびに栗色の長いツインテールが揺れる。砂色の瞳は、きらきらときらめいていた。


「……はあはあ。もう芽琉さんったら、そんなに急がないでくださる? わたしはあまり、身体が丈夫ではないのだから」


 もう一方の手を引かれていた女子生徒は、よろけながら息も切れ切れに言った。

 芽琉は「あっ、ゴメンナサイ。気付きませんでした~」と謝罪しつつ、手を離す。



 ――この子が芽琉の紹介したいと言っていた女の子……黒木河華恋か。


 俺は、芽琉が連れてきた女の子を見て、そこにかつての仲間の面影を探そうとした。

 芽琉は何しろ、この子こそ魔法使いカレンの転生した姿だと言い切っているのだ。

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