第6話 青山ミナが路上で多田夏を拾う。
僕は時折とガンガンに絡んでわけのわかんない遊びをしていた頃を懐かしく思い出す。それにしても、あれはほんとに起きたことだったのだろうか? 今の僕は、あの頃とは幾光年も離れた場所にいるような気がする。青山ミナという女が僕の前に現れてから、僕は文字通りの異次元へ連れていかれたようなものだ・・・・・・。
青山は今日も美しい。
「また、ぼうっとしてるね、夏くん」
「あ、すみません」
「ええんよ。どうせ夏くんの人生の足しになるようなことなんか、わたし少しもしゃべってへんから。聞き流しといて。わたしのこと、アホやと思っても、聞き流しといて」
カメラに向かって青山が喋っていることは、そばで聞いていても僕にはからきし理解できず、そう思っていることが僕の顔に出ている、と青山は言うのだった。そういう時の青山は、生まれが京都だと本人は言うのだが、ねっとりとした口調で僕をからかってくるのだった。
「わたしのこと、やっぱアホやと思うてるやろ?夏くん」
「いえ」
こいつに絡めとられたら最後だ、と警戒しつつ、青山にそんな風にあしらわれるのを喜んでいる自分もいて、おそらく青山はそんなこんなの全てを見通しているのだろう。青山は決してアホなどではない。
「夏くんの顔がすき」
青山は
ある晩、僕は青山ミナに拾われたのだった。
僕は、路地裏の、ゴミが出してある電柱によりかかるようにして
青山ミナが歩いていると、そういう男が突然、視界に現れた。もちろん、青山は驚いたが、肝の据わった彼女らしく、大きな声を出すかわりに僕に近づいて、よくよく観察した。
僕は両ひざを折り曲げ、頭をうなだれ、両手はそれぞれの膝の上に置いていた。運動場のトラックの脇で、走り終わってくたびれた男子がふうふう言いながら腰を下ろしている時のような姿勢だったはずだ。
僕はその時スーツ姿で、髪にはゆるくウェーヴがかかっていて(生まれつきだ)、顔は下を向いていてわからない。左手の手首には高価そうに見えるはずの銀色の時計が光っていた。電柱の高いところから射す光が、時計の文字盤に当たり、
青山は僕の靴を足先でつついた。靴はよく磨かれていて、きれいだった。というか、一日仕事をした人間の靴らしく汚れてはいたけども、人に見られる仕事をする人間の靴だとわかったはずだ。たぶん。
僕は動かなかった。
もしかして死んでいる? どこかに血溜まりがあったりするとか?
青山はちょっと下がって見回したが、そんなものはなかった。そりゃそうだ、よく観察すると、僕の体が呼吸に合わせてかすかに動いており、熟睡しているのだがわかったと思う。
で、この珍しい獲物を目にして、青山ならきっと、このまま帰ってしまうのはもったいないと思ったはず。では、どうやって連れて帰るか?
青山は僕の腕の時計に軽く触れた。時刻は午後11時11分だった。僕の体は青山ミナの何かに反応し、更にその僕の体内の変化がトリガーとなって辺りに濃い霧が立ち込めはじめ・・・・・・。
僕らの前に一台のタクシーがやってきて、静かに止まった。ドアが開いた。車体には青い鷺のロゴマークが輝いていたはずだ。
青山は無言で僕を車内に押し込み、自分も乗った。。
路地裏を抜け、大通りに出ても、誰にも見られなかった。こうして僕はひっそりと、そして滑らかに青山ミナの家まで運ばれたのだ。
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