第7話 青山ミナは、テレヴァンジェリスト

最後にもう一度、鏡に向かって自分が美しく仕上がっていることを確認すると、青山はうなずき、動画撮影が始まった。


青山は今日も愛想よく説教をしていた。カメラに向かう青山の話す言葉は自信に満ちている。使ってる言葉は決して難しくないのだけれど、僕には結局どういう話なのか、さっぱりわからないのだった。


「信じる者は救われます」


僕が聞き取って覚えていられたのは、このフレーズくらいだ。


青山は一種のテレビ宣教師なのだった。昔、アメリカにテレヴァンジェリストという人たちがいて、人気を博したそうだ。今や何かを広めたければ、みんなYoutuberになる。


言っていることは少しも理解できないけれど、青山には妙なオーラがあるようだった。このオーラに感染した視聴者は、その思考を知らないうちに乗っ取られているのかもしれない。そうして、みんなフォロワーになっていくんだ。


「信奉者」といつか青山が言っていた。

「人は何かの信奉者になりたいのよ、いつでも。わたしがそれを叶えてあげてるの」

青山は収録が済んで、髪をブラシできながら僕に言った。

「夏くんも、の信奉者になりたいでしょ?」


青山は、僕が誰のことも信じていないのを見抜いていたのだと思う。


津田ユウスケという男が、いつもスタジオで青山のヘアメイクやスタイリングを担当していた。津田は50がらみの小柄な男で、いつもヴェストに蝶ネクタイとか、タートルネックとかのクラシックな格好をしていた。あまりしゃべらない感じの人だったが、僕にはちょくちょく声をかけてくれた。


「多田くんは、青山さんのことをどう思う?」

ある時、津田さんにそう聞かれた。


「え? あぁ、お世話になっています」

「それ、答えじゃないよ」

津田さんは笑った。僕らはスタジオの外の灰皿のところで、壁によりかかっていた。


「あの人って、すんごい美人ってわけでもないよね」

「いや、わかんないす」

「ふふ。遠慮しなくてもいいよ。って、俺が偉そうなこと言える立場じゃないけど」


津田さんは、とん、とタバコの灰を落とした。


「あの人はすごいよね。スタジオに来るときはさ、すっぴんで、すごい地味じゃない?でも、支度したくが済んでカメラの前に立つと、別人になってるものね」


僕は黙って津田さんの話を聞いていた。


「あとは、話の術だよね。彼女、一種の巫女みこだと思うな、俺は」

そうすか、と僕はまた地味な返事をした。


「多田くんをバディに選んだのは、彼女、見る目があるよね」

僕は何と答えていいかわからず、ただ黙って缶コーヒーをすすった。


津田さんは煙草を吸い終わるとスタジオへ戻って行った。青山が巫女的だって話はそれっきりになった。

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2024年12月12日 20:00

夜の縁に立つ者たち 砂庭 ねる @sunaba_neru

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