第2話 鷺影屋でのアルバイト

「夏、今年も手伝ってくれよ。俺んとこ」

「あ~、もうそんな時期か」


僕、多田夏ただなつは同級生の伊佐時折いさときおりと並んで歩いていた。もうすぐ夏休みが始まるという7月の暑い放課後だった。


「じゃ、早速お前んちに寄るか」

僕たちは駅の改札を出ると、鷺影屋さぎかげやに向かって歩き始めた。


鷺影屋というのは、時折の家がやっている旅館だった。鷺影屋は代々続いている旅館で、「エドジダイから続いてるんだぜ!」と、エドの何たるかを知らない頃から時折は自慢げにそう言っていた。本当だとしたら、数百年も続いているわけだ。


入口には紺地に白でさぎもんが染め抜かれた暖簾のれんが掛けられていて、表玄関の格子戸をガラガラと開けると、いつもきれいに掃き清められた土間が広がっているのだった。もちろん、僕たちは裏の勝手口へ向かった。


小さい頃から鷺影屋に出入していた僕は、夏になると当たり前のように宿の仕事を手伝っていた。最初は、一日手伝うとアイスでもジュースでも好きなやつを一つ食べていいことになっていた。


「こんにちは、おばさん」


僕は裏にいた時折のお袋さんに挨拶をした。あぁ、夏ちゃん、ごくろうさん、とお袋さんの挨拶も適当に軽くって、今年も夏休みよろしくね、とかいちいち言わないところが、ここの家の変わっててすきなところだ。


時折が大きな冷凍庫からアイスモナカとガリガリ君を取り出し、僕たちは外が見下ろせるぼろい椅子に腰かけた。もう幾度となく繰り返してきたルーティンだ。眼下にはのんびりと車が走っていた。


「あのさ、夏。下を通ってるあの車がさ、ぜんぶ敵の襲撃ってことにしたら、おもしろくない?」

「ん?」

「車ひとつひとつが、敵なんだよ」

「使徒みたいにデロデロ湧いてくるわけ?」

「そうそう! さすが、夏くん! 俺の言いたいことよくわかっててナイス!」


時折が機嫌よく叫んだ。


「敵の名前も考えようぜ」

「そだな・・・・・・」


僕はしばらく足元の泥をサンダルの先でじょりじょりやったあと、ガイリン、てのはどう?と言った。


「ガイリン? どんな漢字?」


僕は食い終わったアイスの棒で「骸輪」と地面に書いた。


「あ~、なるほどね!冴えてんな、夏くん」

「ま、何となく」

「君さ、体育祭のクラスのスローガンとか考えんのうまかったもんな」

「まぁ、そのノリ」


でさ、その骸輪がデロデロ湧いてくるわけだけど、骸輪には実は親玉がいてさ・・・・・・と、僕たちはあれやこれやと設定を増設し、盛り上がるあまり、時折はノーパソを持ってきて、ぱたぱたと何やら打ち込み始めたのだった。


時折のお袋さんが、あんたたち、オリーブの仕事やってくれる?と僕たちに声をかけたが、時折は顔を上げもせず、没頭していた。こういうときの奴は、でも動かないので、あ、はーい、と返事をして僕だけ立ち上がった。


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