第四章 闇に蠢く者 その2
城塞都市メルンの近くに最近発見されたダンジョンがある。カナタが発見したものだが、その存在は今のところ秘密にされていた。下手に噂になれば冒険者がこぞってやってくる。
土地の領主からするとダンジョンは資産であり下手に荒らされたくはない。街のギルドに委託して管理を任せるのが通例だ。しかし、どこから情報が漏れたのか王都のフェニックスというチームが探索に向かったという。放っておくとさらに情報が拡散し手がつけられなくなりかねない。そこでダンジョンに詳しいカナタにその探索隊の回収もしくは討伐が依頼されることになった。
しかし―
「ちょっとぉ! なんでこんな大所帯でついてくるわけ?」
薄暗いダンジョンの通路でレジーナが口を尖らせて不平を言う。
それもそのはずカナタのダンジョン捜索になぜかギルド長を含め多くの職員が後をついてくる。かくいうレジーナも一度は同行しないと身を引いたが、ベンドリックが…。
「わしはついていくぞ。よろしくなカナタ」
とか悪びれもなく言うものだからそれならば私もと前言を翻したわけだが、さらに番頭格のベルモンドやギルドの受付嬢であるソフィアとアイリまで付いてきているのだ。カナタの従者のディールはまだわかるがこれは予想外である。
「ベンドリックはともかく… 低レベルのギルド職員なんて足手まといなだけじゃない… ブツブツ」
「そうはいうがの、ベルモンドはこれでもレベル30の斥候特化の戦士職じゃし、受付の二人もレベル10は超えとる。サポートとしては十分じゃ。例のバーストデーモン以外ならなんの心配もいらん」
「私とイルマならそれ以上の働きができるのに… なんで私達だけじゃダンジョン潜るのを禁止にしてるのよ!」
「そりゃ決まっとるじゃろ。おまえさんはすぐに先走るからじゃ。今こうして安全にダンジョンに降りられるようになったのはカナタがしっかり下調べしてくれたからじゃ。その前に潜るとなるとそれなりの準備と覚悟がいる。それがわかっておらんから止めておったのじゃぞ。少しは頭を使え不肖の弟子よ」
ブーとレジーナはむくれる。そんな戯れには我関せずとカナタは先頭を進み敵を排除していった。以前、ベンドリックが言っていたが、カナタの戦闘スタイルではパーティーの連携は逆効果になる。なので彼に先行してもらい露払いしてもらっているのである。そして取りこぼしがいるようであれば、後続のベンドリック達が始末するという算段であった。
少々、カナタ頼りにしすぎる嫌いはベンドリックも感じてはいたが、これがベストのフォーメーションだと思っていたし、なによりカナタは別に気にもしていなかった。
「大丈夫なんですか? ギルド長… カナタ君一人で…」
ソフィアが心配そうに言う。自分よりはるかに強いことは知っているがやはり年下の華奢な少年に戦闘を全て任せるのは気が気でない。
「大丈夫じゃろ。見よ効率よく打撃武器でスケルトンを倒しておる。余裕じゃろな」
「フン…そんなのうちのイルマだってできるわよ…」
出番がなくて少々手持ち無沙汰なレジーナ。引き合いに出されたイルマは少し顔を赤らめた。
「8階層までは油断しなければ低レベルパーティーでも踏破できる程度。カナタなら準備運動にもなるまいて」
「そうそう、油断は禁物」
ベルモンドが口を挟む。その瞬間、彼のダガ―が襲ってきたスケルトンバットを切り裂く。後ろでもアイリも鉄鞭で別の方向から来たスケルトンバットを叩き落した。小型の魔物はまだまだ隠れていたようで、ソフィアも軽やかなフットワークで攻撃をかわし、鋼鉄のナックルで反撃する。
しかし意外と数が多い。こうなると範囲攻撃のできるレジーナの出番である。
「フン、こんな小物相手にするだけつまらないけど… 私の呪文で…」
レジーナが不敵に笑い意気込む…が、
「
ベンドリックの呪文で生じた電撃が周囲を走り、群がってきたスケルトンバットを一瞬で一掃してしまった。ベンドリックも範囲攻撃はできるのである。
「さ、先を急ぐぞ。カナタを待たせてイカンからの」
肩透かしを食らって茫然と硬直しているレジーナを無視してスタスタと歩を進めるギルド長。皆もそれに続く。ただ、イルマだけが心配そうに後ろから見守っていた。
「~ヴヴ… 弟子の活躍の場を取るんじゃないわよっ!」
一方、カナタはというとベンドリックの言った通りまるで無人の野を行くがごとくであった。どこから何が現れるか、そしてどんな挙動をするか彼は完全に把握していた。ダンジョンのような狭い場合、開けた地と違って動きが制限される。そのため前世のゲームと同じ動きを確実にしてくるのだ。
(このダンジョンだけならRTAするのも良いかもね)
カナタもすっかりゲーム感覚で軽く対処していたが、これがこの世界の住人のレベル1となるとおそらく一階層目で死ぬ思いをすることになるだろう。
(それにしても意外と討ち漏らしの敵が多いな。数時間でリポップするような敵はあまりいないハズだが…。先に下ったシュトルム達は隠密に徹して先を急いだのかな?)
フェニックスのメンツであれば、ここら辺の敵は苦戦することはない。だから順当に階を下って行ったなら大体の敵は倒されいて良いハズである。しかし、そこそこ敵が残っている。その処理を今カナタがしているわけだが、敵の残り方が不自然なのだ。まるで素通りしているかのような場所が幾つもあり、カナタが訝しく思うのも当然と言えた。
6階層を抜け、いよいよ変だと思うようになった。まるで敵が倒されいないのだ。ランダムエンカウントはともかく、あまりに敵の数が多い。それに討たれた敵の残骸も見当たらない。
このダンジョンは基本的に一本道である。もしシュトルム達が潜っていれば気づかず追い抜くなどはありえない。もともと彼らを追って入ったのだ。一応、彼らの痕跡である魔物の残骸を追ってきたが、ここにきてその痕跡なくなった。
カナタが改めて周囲を探索していると、ベンドリック達が追い付いてきた。
「どうした? カナタ。シュトルム達はおったか?」
「あ、ギルド長。それがですね。変なんですよ。彼らの痕跡がなくなってしまって…。もともとランダムエンカウントの魔物以外も少々多めだったので、隠密に徹してすり抜けたりしてるのかな? とも思ったのですが…」
「ふむ、たしか6階層から7階層に抜けるこの扉は特定の魔物を倒さないと開かないタイプの仕掛けがしてあるところじゃな」
「ええ、今、僕が倒しましたがコイツがいるってことはここには来ていないってことになるんです」
「レベル20のアークスケルトンね。私なら余裕よ」
転がっている魔物の残骸を見てレジーナが胸を張る。
「すでに通っていてリポップしたってことは?」
ソフィアが言う。それに対してカナタの代わりにベンドリックが首を振り答えた。
「この手の仕掛けに絡んだ魔物のリポップはそれなりに時間がかかるものじゃ。このレベルじゃと最低でも丸一日位はかかるじゃろ」
「じゃあ、抜け道とか?」
今度はアイリ。
「うーん。同じハズだからそれはないと思うんだけど… こちらの世界だと微妙に違う事あるからなぁ」
「「こちらの世界?」」
カナタの迂闊な発言に数人が引っかかる。
「い、いや… そ、それは…こっちのことなので…」
「もしかしたら調和の鈴を使ったのかもしれないれすね」
ディールの言葉に助けられるカナタ。
「なんだい? その調和の鈴って」
カナタはディールに聞くが、実は知っている。そのアイテムならゲーム内でも出てきており、彼自身ゲーム内で使ったこともある。
「昔、お世話をしていたご主人様が持っていたものれす。なんでもその鈴の音を聞くと魔物が攻撃してこなくなるそうれす」
「その手のアイテムは確かにあるが、店で売っている鎮静の鈴なんてレベル5程度の魔物にしか通じない値段ばかり高い産廃アイテムだろ?」
(ドレスデンさん“産廃”って… こっちの世界でもそんな言い方するんだ)
「いや、そうでもないぞ。店売りのものは確かに使えん。しかし、ダンジョンなどに眠っている伝説級のお宝の中には常識では考えられん効果を発揮するものがあるものじゃ。もしやその一つを奴らが手に入れていたのやもしれん…」
「ま、あの家は格は低いけど金だけはもってるからね。あり得る話よ」
レジーナがフンと鼻をならす。
「でも、この扉の仕掛けは… 魔物を倒すことが条件なんだよな… 一体…」
カナタは開いた扉を触れならつぶやく。そうしてあることを思い出した。前世でこの世界のゲームをしていたときに一度だけあった期間限定イベント。
[プレイアブルキャラの魔物化]
もともとカナタが前世でプレイしていた[仮初の世界]というゲームはPVPも盛んなマルチプレイゲームであったが、通常、プレイヤー同士はあくまで魔物と敵対する側の存在であった。ただ、ある期間テスト的にプレイアブルキャラを魔物属性にすることができたのである。それによって魔物に襲われることもなく普段いけないところに行ったり、それこそ高位の魔物と話したりもできた。ただ、この状態でPVPさせると不都合がおきるため期間限定に終わった。
そのときカナタも魔物属性になってこの世界を巡ったが、魔物属性になるとこの手の魔物を倒さないと入れない様な仕掛けのある場所にも自由に出入りできたのである。
(まさかフェニックスの中に魔物が…?)
カナタはハッとディールに視線を向けた。ディールはキョトンとしていたが、彼女はボニーに浄化され普通の獣人に戻っているが、以前は体内に魔族性を持っていた。もしや本物の魔物が協力してるのではないか…。そう考えた。
「な、なぁ、ディール。あいつらの仲間でいたときに魔物…というか魔属性をもつ仲間か協力者はいなかったか?」
「え…、あの、その…、わ、わかりますぇんが… わらし以外はみな人族だったと思いますれす」
「そ、そうか…」
「ちょっと待ちなさいよ! あんたばかねー。魔属性をもつ者が人の協力なんてするわけないじゃない。常識よ常識!」
ディールに詰め寄るカナタにレジーナが横槍を入れる。
「そ、そうなの?」
「あのねぇ…。ホントあんたって学がないのね。魔族が私達を襲う理由はわかってるの? 私達から経験値を奪って力を培うためよ。その魔族がなんで獲物である人族に協力するのよ」
「で、でも相手をハメるための策略とか…」
「そんな知性のある魔物なんて聞いたことないわよ! 神話の世界じゃあるまいし! 人語を話すヤツはいるけどそれでも頭の中身は蛮族そのもの。だからこそ衝動的に人を襲ったりしてるんじゃない!」
「な、なるほど…」
二人のやりとりを興味深げに見ていたベンドリックが口を開く。
「どういうことじゃ? カナタ。仮にも魔物が人に協力したりすることはありえんが… この扉とどう関係が?」
「あ、そ…それはですね。この扉は魔物を倒さないと開かない仕掛けだけど、魔物であれば自在に開け閉めできる… かもしれないかなって…」
「ふむう…」
挙動のおかしなカナタを懐疑的な目で見つつも、視線を扉に移し、長いアゴ髭をたくし上げながら考えこむベンクリッド。
「カ、カナタ君、一度戻って改めて通路を調べた方が良いんじゃないかしら」
とソフィア。カナタも前世のゲームとは少し違っているのかもと彼女に同意する。しかし―
「いや、レベル20の魔物を鎮静化するアイテムを持っていたとしたら、この仕掛けも何らかの方法で開けたかもしれない。先に進んだ方が良いと思うぞ」
ベルモンドがそういうとレジーナが続く―
「そうよ! ここまでの道のりではあいつらの痕跡があったんでしょ? ならここに抜け道がない以上、先に進むべきね」
「そうじゃな。カナタ、先方をまたお願いするがどうじゃ?」
「は、はい! わかりました」
こうしてまたダンジョンの先に進むことになったが、ソフィアが不安気な視線を投げかけていた。その視線にカナタが気が付く。
「大丈夫ですよ! 任せてくださいソフィアさん!」
そういっていつもの笑顔を見せる。それをみてソフィアの顔に喜色が浮かび、頬が紅潮する。彼女にとってカナタの笑顔はなによりの薬のようだ。
ダンジョンの薄暗い石畳の廊下をカナタ達は進んだ。
そしてカナタは作業のように魔物を狩る。先ほどより近くでカナタの様子を見ている後続パーティー。彼の戦い方を知っているベンドリックやレジーナ達ともかく、他の者はその戦いに瞠目していた。
「俺はレベル30あるからここらの敵なら余裕だが… あの戦い方を見ると自信をうしなっちまう」
凹むベルモント。その様子とニヤニヤしながらギルド長は見ている。凹んでいるが彼がそれでは終わらないタイプの男だと知っているからだ。より精進してくれそうなので少しうれしいのである。
「すっご… ねぇソフィア今の見た?」
アイリもソフィアも元は戦士職である。近接戦はそれなりに出来る方だが、その二人でも凄いのはわかるがまるで要領がつかめないそんな次元の違う戦い方であった。
「う、うん… す、素敵…」
「あ、なに惚気てるのよ!」
「あ、そうじゃなくて! その… 何といっていいか…」
うっかり本音が漏れてしまったソフィア。暗がりだが顔も耳も真っ赤になっているのがわかった。
「さすがカナタ様れすね! こうやってわらしをあのシュトルムから救っていたいたのれすね。ありがたや、ありがたや」
ディールはなにやら手を合わせて拝みはじめる。その姿をちらと見たカナタはなんだかこそばゆい気持ちになった。そのため少し手元が緩む。パリィで受けようとしたがタイミングが少しずれた。身体に染み込ませた動きなのでこんなことは滅多にないのだが、それより遥かに滅多にない[拝まれる]という体験が彼の動きを乱したのも無理からぬことだ。
「おっと!」
レベル15のスケルトンの攻撃を小盾でまともに受けてしまった。本来、このレベル相手に戦える戦士ならどうということはない。しかし、カナタはレベル1なのだ。スキルを使っていないところではただの脆弱な16歳の少年でしかない。
カナタは酷く弾かれ態勢を崩してしまう。そこにスケルトンは返す刀で切り裂きに来た。が、そこはスキル[
(今のはヤバかったな。まさかあんな簡単なパリィをミスるとは… ホント油断大敵だね…)
回避後は今までと同じようにスケルトンの頭蓋を砕いて終わった。あと数体いるがそれも数秒の内に駆逐してしまうだろう。
「珍しいわね。あんたが回復ポーション使うなんて」
歩きながら回復ポーションを使うカナタにレジーナが後ろから声をかけた。
「そうでもないよ。僕はポーションや毒消し、そのほか補助アイテムは常備してるから。結構、使っているよ」
「でも私との闘いでは使わなかったわよね。使うほどでもなかってこと?」
「いや、勘違いしてるようだけど、この手の補助アイテムは一対一の戦いより、こういったダンジョンに長時間潜るときに有用なものだよ。ふとした油断で怪我することは多いからね。知らず知らずのうちに消耗が重なることこそが本当に怖いことなんだ」
「そうじゃぞ。レジーナ。おまえもそういう準備はしておくものじゃ。イルマ任せばかりじゃと成長せんぞ!」
「わかっているわよぉ…。いちいち細かい事を…。私だって魔力補充のポーションは常備してるもの。まぁ、そういう意味では私も使わなかったか…。お互い様ってことね」
正直、回復ポーションを使うほどの相手ではなかったのが真実なのだが、それを言うとまた反発されるだろう。しかし、勝手に自分で納得してしまったことにカナタは内心ホッとしていた。
(それにしても… ゲームではあまり感じなかったレベル差だけど、実際受けるとかなり差があるな…。数値じゃわからない力を差を実感した…。今後もっと気を引き締めないといけない!)
改めて肝に銘じるカナタであったが、その後ろの方でまだ歩きながらもディールがカナタに向かって拝んでいた。その様子をみてカナタは少し頭を抱えた。
(…あれは…止めさせた方がよいかも… 僕の弱点になりそうだし…)
どうもカナタは拝まれることに相性が悪いようであった。
いよいよ例の8階層に到達した。ここにはレベル60のバーストデーモンがいる。ここまでの道のりはアンデッド中心でレベル3~20程度の魔物ばかりだ。それもその中で高レベルの魔物は一度に大量に湧くことはない。かなり初心者に親切な設計になっているが、この8階層からは急にレベルが上がる。
ゲーム設計的にオカシイ気はするが、一応、[仮初の世界]ではこのダンジョンは5階層で一度出て、別の街やマップを回り再度訪れるところで、十分にレベルが上がってからくるようにデザインされていた。ここだけに潜って進めるダンジョンではなかった。
しかし、それは前世世界でのクリエイターのデザイン設計であり、こちらの世界の作りには関係ないハズ…なのだが、逆になぜこの世界ではこのような形になっているのかはよくわからない。現状こうなっているのだからしかたない。もしかしたら前世世界のクリエイターが気を利かせて迂回する設計にしたのかもしれない。
だがこの世界が元々存在し、それがゲームに反映されてるという話であった。…が、意外とその実互いに影響し合っているのではないかという考えがカナタの頭をかすめた。
「きたわね…!」
レジーナが緊張する。前回来た時は魔物の強大さに醜態をさらしてしまったが、汚名挽回と意気込んでいるのだ。イルマもそれに応えてモーニングスターを強く握りしめる。
「この前は後れを取ったけど… 今度こそは…」
先頭を切って扉を開けようとする。が、ベンドリックに首根っこをつかまれヒョイと持ち上げられてしまう。
「な、なにするのよぉ!」
「わしがいれば我々でも倒せるかもしれんが相当に危うい。ここはやはりカナタに頼もう。良いかなカナタ?」
「もちろんですが、シュトルム達がここにたどり着いていたとすると、彼らだけでは確実に餌食になるだけ…」
「でも奴らは調和の鈴とかいう魔物の戦意を消失させるアイテムをもってるんだろ?」
ベルモンドが口を挟む。しかし、カナタは知っていた。ディールの言っている調和の鈴はレベル25の魔物までしか効果がない。ここにいるレベル60のバーストデーモンには絶対に通用しない。といってもこれは彼の前世におけるゲームの中の話。この世界では微妙に違っていることもある。
「どうでしょうか…。あの手のアイテムにはレベル縛りがあるから…。このダンジョンだとこの8階層から急激にレベルが上がりますし…」
「別にそんなことどうでもいいじゃない! 私達は先に進んで魔物を倒せば良いのよ! この際、シュトルム達なんてどうでもいいじゃない!」
口を尖らせたレジーナはもう雪辱戦の事しか頭にないようだ。
「まぁ、ダンジョンに潜って死んだならそれはいたしかたないことじゃ。なまじ生還されてここのことを吹聴されるよりマシじゃな」
(ドライだな…ギルド長…)
カナタは少し引いていた。
「とにかく中を確認する以上、戦闘は避けられん。カナタ頼むぞ」
「わかりました!」
8階層への扉を開き躍り込むカナタ。しかしそこには予想だにしない光景が広がっていた。
「…こりゃあ…どうなっとるんじゃ?」
そこには以前見た通りの広い石畳の空間があったが、その中央にはバーストデーモンの残骸が残されており、その血や体液が飛び散っていた。
なかなかに凄惨な光景であった。一緒に降りて来た受付嬢から「うえっ!」とか「いやぁ!」とか悲鳴にも似た声が上がる。
「戦闘で倒した…のでしょうか…。なんか人間の戦士が倒したような感じがしないのですが…」
カナタが不審に思う。それはベンドリックも同じであった。
刀で切り付けられた跡もあるが、それより引きちぎられたとか押しつぶされたような損傷が目立つ。だから血糊が酷く飛び散っているのである。
「人間技とは思えんな」
「ベルモンドさんよくそんなの触れますね…」
ベルモンドが遺骸をひっくり返し、それこそ臓物を漁るように確認しているのを見てソフィアが引いている。
「ソフィアはこういうのダメだったな。それでギルド職員になったんだっけ?」
「え? そうなの?」
カナタがそこに乗る。
「あ…、うーん…。小さいのは大丈夫なんだけど…このサイズになるとちょっと…怖くって…ね、アイリ」
アイリがコクコクと頷く。どうもこの二人は同じ理由で冒険者を諦めたらしい。カナタにつっこまれて少し顔が赤くなる。別に隠していることでもないが、なんとなく恥ずかしいのだ。
(さっきはドライなギルド長に少し引いたけど、こういう普通の感性も持っている子もいるのはちょっと安心)
ソフィアへの好感度が上がったようである。
「ちょっと変だぞ」
ベルモンドが何かに気が付く。バーストデーモンの残骸に紛れて人の身体の部分も見つかる。それはちぎれた腕や足、頭のない胴体などであった。
「バーストデーモンに食われたものが腹から出て来た… とも違うっぽいな」
たしかに腕には歯型がついており、食われたものもあるようだが、胴体などは残骸に投げ込まれた感じで腹から出てくるには大きすぎた。
「面妖な…。わしも凄惨な現場には何度も立ち会っておるが、こんなのははじめてじゃ…」
「シュトルム達は相打ちにでもなったのかしら」
イルマの後ろからレジーナの声がする。さっきから姿が見えないかと思ったら、遺骸に近づこうとするレジーナをイルマが止めているのだ。イルマからするとこんな不浄のものにお嬢様を触れさせたくないという気持ちらしい。
(なんかイルマに遮られてジタバタしている)
「相打ちにしては人数が足りないな。ここには二人分位しか部位がない」
「フェニックスのメンツはディールを除けば5人。ベルモンドさんがもっているその手は盗賊のつける籠手をつけているから、彼らの一人で間違いないと思う」
「カナタの言う通りだな…。こっちは指輪か。別の人間の手のようだが魔術師かな?」
「シュトルム本人とその弟、そしてヒーラーがいないみたいですね」
周りを見回す一同。するとソフィアが何かを見つける。
「あれ! 人がいますよ!」
入口から入って右方向の壁のスミに人体のようなものが見えた。彼らはそこに行ってみると果たしてヒーラー倒れていた。
「死んでおるか?」
ベンドリックのその言葉に皆顔を見合わす。このパーティーにはヒーラーはいないのだ。と言ってもヒーラーがいても蘇生はできない。しかし手当はできる。少しでも息があれば救うことができるのだが…。
「私がやってみましょう」
ベルモンドが物理的蘇生を試みる。いわゆる心臓マッサージと人工呼吸である。
(こういうところはベテランだよな。ベルモンドさん)
しかしそんなことをする必要もなく、ベルモンドが胸に手を置き力を入れる前にヒーラーは目を覚ました。
「うびゃああああああああああああ!」
ヒーラーは目を覚ました途端悲鳴を上げる。それも何か狂気じみた騒ぎ方であった。目の焦点は合わず身体は瘧のように痙攣していた。そして悲鳴だけを上げるのである。
「ぶひゃあああ… ひいいいい… うきゃあああああ」
一同は手を付けられずにいるとレジーナが「ライトニング」と電撃の呪文を放つ。電撃はヒーラーに直撃しそのショックでヒーラーの声が止まった。
「何をしとるんじゃ! レジーナ!」
「何って、やかましいから。こういう輩にはこれが一番よ」
ベンドリックが苦い顔になるが、ヒーラーは憑き物が落ちたように「あれ?」と我に返った。レジーナは鼻高々である。
「無茶しよるのう…」
ソフィアから震えた手で水を受け取るヒーラー。
「わ、私はクラルという雇われヒーラーです…。レベルは32…」
「ほう、なかなかに習練をつんでおるのじゃな」
「い、いえ… そういうわけでは… 実のところ…」
そう言いかけたときに彼を注目している一同を見回すクラルの視線にディールが入る。
「ディ、ディール! なんで君がっ?!」
慌てるクラル。
(そりゃ、自分達が虐待していた相手がこの状況でここにいたらビビるよな)
カナタはそう思ったが、ディールは静かに言う。
「安心するのれす。わらしはあなた方への恨みなどもうないのれす。ボニー様に帰依し、カナタ様を崇めるわらしにクラルさんを害する気持ちなど一ミリもありませんれす」
そう言うとまたカナタを拝む。カナタは苦笑いをするしかなかった。
「そ、そうなのか…」
「それより何があったか話してくれんかの」
ベンドリックがクラルを促す。
「じ、実は…」
シュトルム達は案の定、調和の鈴を使ってダンジョンに潜り、さらには[魔物の手]と呼ばれるアイテムで仕掛けの扉を開けていたのだ。それらを使えば真っすぐこの8階層までたどり着く。だが、それではつまらぬと所何処で固定ポップする魔物を狩ったりしていた。その残骸をカナタ達が追って来たのである。
しかし、先を急ぐのと無抵抗の魔物を狩るのに飽きた一行は階層が下がるにしたがって魔物を狩らずにそのままスルーしていく。彼らの目的は最下層にある秘宝であった。
「なんじゃその秘宝とは」
「なんでも究極までにレベルを上げられるアイテムとか…。これは私達、フェニックスが高レベルになるのに使った“経験値の実”の上位アイテムと聞かされていました」
「経験値の実?」
「ええ、フェニックスというチームが不自然にレベルが高いのは全部これのおかげです。これを食すと無条件でレベルが1~2上がります」
「そんなアイテムが?!」
一同は皆驚く。魔物を倒さなければ手に入れることのできない経験値をアイテムで代用できるというのは誠に寝耳に水な話であった。
しかし、カナタだけはその存在を知っていた。前世でのゲーム内で確かにそのアイテムはあった。しかし、[仮初の世界]ではプレイヤースキルの方が重要視されるので、レベルを1~2上げる程度のアイテムはその入手難易度からも産廃扱いされていたのである。
「ホントか? それはわしも聞いたことがないぞ? のう、ディールよ、お主そのことを知っておるか?」
「わらしは知らなかったれす。ただ、なにか貴重な食べ物のアイテムを皆で分けていたのは知ってますれす」
「そう、ディールには与えていませんでした。これはシュトルムの方針というよりそのアイテムを提供してくれる者から与えないように言われていたからです。その理由は知りません」
「それにしてレベルを上げるアイテムとは…」
ベンドリックは苛立つ気持ちを抑えるように髭を何度の撫でながら唸っていた。ギルド職員の面々もただ驚くことしかできなかった。ただ、レジーナは違う。
「それってどこで手に入るのよ! そんなのがあれば苦労なんてしないじゃない! ずるいわ!ズルよ! 私にもその入手法を教えなさい!」
と、食いついた。いつものようにベンドリックが首根っこをもって引きはがす。
「このアイテムの入手先はシュトルムしか知りません。我々はただもらうだけでした。そしてこのアイテムのすごいところはギルドなどに置いてあるアーキテクチャーを使わずとも肉体に反映できるのです」
二度目のショックである。特にベンドリックの狼狽は激しかった。
「ば、馬鹿な! それではまるで魔物ではないか! 我らは女神の祝福の元に経験値を授かるのじゃ! それは明らかな異端! 許されざることじゃ!」
ベンドリックはこう見えて意外と信仰心が強い。今の人間社会では大女神であるマジェスタが主に信仰の対象になっている。他にもいくつか女神や男神の信仰対象はあるものの、どれも聖なる神であり、人や亜人は彼らの加護の元に安寧な生活ができるのである。と信じられていた。
経験値による人の向上は神によって与えられる恩恵なのだ。
「…ごもっともです。私もヒーラーですから信仰心は強くもっております。ですのでかなり後ろ暗い気持ちにはなりましたが… それでも楽にレベルアップできることへの誘惑に抗えず…。不本意ながらシュトルムに追従していたのです… し、しかしやはりあれには大きな報いが待っていたのです!」
途中まで冷静に話していたクラルは急に顔を引きつらせ、手の震えを抑えられなくなった。あげく手に持っていた水の入ったコップを落としてしまう。
「そうなのです! あれは報い! あのようなことになるとは誰が予想しえたでしょうか! ああ、女神様! マジェスタ様! お許しを!」
興奮するクラル。アイリが宥め、ソフィアが再び水を入れて彼に持たせる。そしてその水をグイっと飲み干し、ようやくクラルは落ち着いた。
「なにがあった?」
ベンドリックが険しい目でクラルを覗き込む。
「この階に我々が降り立ったとき…、そこに居た魔物には鎮静の鈴は効きませんでした… なので我々は戦闘に入ったのですが… いかんせん強く、まるで歯が立ちません…」
「さもありなん。お主らのレベルではパーティーを組んでいても逃げるの精一杯であろう」
「そうです。我らは逃げようとしました。いや、逃げれば良かったのです…しかしシュトルムは違いました…。彼は経験値の実を貪ったのです…そして…」
そこにいた魔物は七つの赤い目を爛々と輝かし、黒く巨大な体躯に複数本の腕を生やしていた。そしてそれぞれに武器をもち、侵入者という贄を喰らってやろうと待っていたのだ。
「こんな奴いるなんて聞いてないぞ!」
アドンが恐怖に顔を引きつらす。彼の打撃はまるで効かない。さらには敵の攻撃は受けるの精一杯であった。魔法使いの攻撃魔法も表皮を焦がす程度でダメージが入っているとは思えなかった。
「シュトルムさん! 魔法が効かない以上、ここは撤退した方がよいかと!」
魔術師の悲痛な訴えをシュトルムは聞かない。彼自身、数度剣を合わせたが勝てる見込みがないのは痛感しているのにだ。
(馬鹿な! こんなところで俺が死ぬなんてありえない! タイヤールにハメられたか? …いや、ヤツもこいつのことは知らんだろうし…、もうこうなったら…)
「兄貴! どうする? 撤退か?」
人語を解するのか、その話を聞いていたバーストデーモンは驚異的な跳躍力で入口の前に飛び、そこに陣取った。誰も逃さないという意志の表れである。
アドン達の顔がさらに青くなった。
「いいか! 少し時間を稼げ! 俺が何とかする!」
シュトルムは叫ぶ。何か何やらわからないが、他の一同はフォーメーションを組みなおしてシュトルムを守るように構えた。魔物は余裕があるのか中々攻めてはこない。嬲る気なのだ。そして最初の犠牲は…盗賊であった。
左側に構えていた盗賊に猛ダッシュで近づき顎でかぶりつこうとした。しかし、流石に反応が早い。辛うじて第一撃をかわすが、そのあとがない。身体をねじってにげようとしたが右手を食いちぎられる。
「ぎゃああああああ」
悲鳴がダンジョンに響く。即、ヒーラーのクラルが反応し、治癒の魔法をかけた。痛みは引くが腕は戻らない。腕は魔物に飲み込まれる。再び盗賊を狙うかと思ったが、回り込んで攻撃魔法を仕掛けようとした魔術師が捕まる。
また腕に噛みつく。魔物が首をふるとブツリと腕がもげ、身体が放り出された。こちらは悲鳴もなく動けなくなってしまう。腕に噛みつくのはすぐに殺さないつもりなのだろう。
ヒーラーのクラルがまた治癒魔法を使おうとすると、今度はそのクラルの前に立ちはだかる。攻撃手段を持たないヒーラーはただ茫然と立ち尽くすばかりであった。
(こ、これは確実に殺される…)
そうクラルが思ったとき、後ろから援護攻撃が飛ぶ。アドンが渾身の一撃を加えたのである。大岩でも砕きそうな一撃であったが、魔物は少しよろけただけである。ヒーラーをさしおいてアドンに向き直る魔物。
今度はアドンが恐怖におののく。
「あ、…あ…、ヤバ…」
魔物は武器を使わず大きく顎を開いた。だが、そのとき強烈な一撃がバーストデーモンに加えられた。その一撃は今までまるで通じなかった魔物に大きなダメージを与えるものであった。
「またせたな…。これなら効くようだ…」
それはシュトルムがバーストデーモンの横っ面を拳で殴った一撃であった。
「兄貴!」
アドンの顔に喜色が浮かぶ。
「とっておきだったんだがな…。おい、アドンも喰え。渡してある分全部な」
仲間のうちアドンにだけは経験値の実を預けておいた。流石に他の雇われに無条件に渡すほどお人よしではない。
「で、でも兄貴…。コイツは一回につき一個までだって…。このダンジョンに入るときすでに一個喰ってたろ。大丈夫なのか?」
「ガタガタ言うな! さっさと喰え! ほれ俺をみろ… どうだこの力… レベルがこれほど高いとこんな高揚感があるんだな… 気分が良いぞアドン」
シュトルムは不気味にニヤリと笑う。その笑いに戦慄するアドンと他の仲間達。しかし、そんなことは無視しシュトルムはぶっ倒れた魔物に向かう。
地面に倒れた巨体を起こしバーストデーモンはシュトルムに対し戦う姿勢をみせた。
「ったく…しぶといヤツだぜ… だが今は俺の方がレベルが上だ…お前に勝ち目はない」
そういいつつゆっくりと魔物に歩を進める。シュトルムの顔には何本もの血管が浮かび、身体も着ている鎧がはちきれんばかりに肥大化しはじめていた。一足ごとにはじけた鎧のパーツが零れ落ちていく。
その変化は非常に急激であった。先ほどアドンが言ったように、本来、経験値の実は一度に一つ以上食べてはいけない劇薬だ。だが、彼はそれを一度に何十個と食べたのである。
身体が変化に追いつけない感じであったが、シュトルムは平静であった。
そして何よりの変化はカナタに切り落とされた右腕が再生していたのである。ヒーラーのクラルは魔物への恐れより、このシュトルムの変化の方が余程恐ろしいものに感じられた。
「来いよ。お前なんぞ素手で十分だ」
そう言われ激高するようにバーストデーモンは咆哮し、手にもつ複数の武器をかざしシュトルムに突撃する。しかし、その攻撃を全てまともに受けてもわずかな傷を作ることしかできなかった。それどころか、少しだけめり込んだ武器はシュトルムの肉体の膨張によって押し出されている。
シュトルムが手刀で両側の腕を全部落としてしまう。武器を使っても大した傷をつけらなかったのに素手で切り落としたのである。ニタリと愉悦の笑みを浮かべるシュトルム。
バーストデーモンは第二段階の姿に変化していく。そしてそれを余裕をもって見ているシュトルム。早く変身しろよと言わんばかりだ。
再びの咆哮。巨大化した顎をシュトルムに向けるが、今度はアドンに殴られる。アドンも身体が巨大化していた。
「い、今まで… よくも…や、やってくれたな…」
シュウシュウと音が聞こえそうな勢いでアドンから蒸気が上がっている。変化はシュトルムより早い感じがした。
「おいおい、兄の楽しみを奪うなよ」
「あ、兄貴… こ、コイツは俺に…やらせて…くれ」
「別に良いが、魔石は俺がもらうぞ」
アドンはコクリと頷き、魔物に向き合うとまるで自分が魔物かのように飛び掛かり、怪獣同士がもみ合いをしているようであった。殴ったり殴られたり、引っかいたり噛みついたりと、人の戦い方ではなかった。が、最初にシュトルムから受けたダメージがデカかったのか、結局、魔物はアドンにズタズタに引き裂いてしまった。
その凄惨な光景にクラルはただただ慄くことしかできなかった。
「それはそれは恐ろしい光景でした… あ、あんなのは… 人の振る舞いではありません…」
ブルブル震える手でコップを握りしめ、クラルは忌々しそうに語った。
「もとより人の業を超える魔族の所業。おかしくなるのも無理からぬことか…」
ベンドリックは嘆息する。先ほどまで欲しがっていたレジーナは神妙な顔で話を聞いている。誰もが聞いたことないような内容に言葉を失っていた。
「しかしです… 本当の恐ろしいのはその後だったんです… ううう…」
嗚咽をあげつつクラルは続けた。
アドンはバーストデーモンの残骸をひとしきり弄ぶと満足したかのように後にする。そして彼は倒れて意識を失っている魔術師に近づくのだ。
何をするのかとクラルは見守っていると首筋にかみついたのである。
「何をしているのです! アドン! やめなさい!」
クラルは立ち上がりアドンにすがった。アドンは面倒臭そうに拳を振ってクラルを弾き飛ばす。その衝撃はすさまじく8階層の壁にぶち当たり、ボロ布のように地面にへたりこみ動かなくなった。
「おいアドン、力を制限しろそれじゃ死んじまうぞ。生きていないと経験値は習得できないからな。お前ばかり経験値を吸収してどうする」
「す、すまん…アニキ…」
「まぁ、いいさ… さて」
隠密していた盗賊が部屋から逃げようとしていたが、その前に瞬間移動のようにシュトルムが現れる。
「お前は俺の贄だな」
「ま、まってく…」
言葉も終わらないうちにシュトルムの手刀が盗賊の頭蓋を打ち抜く。シュトルムは経験値を得る悦楽に浸った。
このことはクラルが意識を失う寸前に見た光景である。幸い、大雑把なアドンの贄になったと思われたのがクラルの命を救った。シュトルムとアドンはそのまま8階層を後にし最下層に向かって行った。
「なんと… 恐るべきことじゃ…」
ベンドリックが言葉を失った皆の静寂を破る。
「もはや奴らは人間ではない。魔物じゃ。今の内に始末しておかないと後々大変なことになるぞ」
「し、しかし…一体どうしたらよいのでしょうか…」
クラルが泣きながら問う。他の者も同じ気持ちであった。
「やりましょう! 必ず僕が仕留めます!」
カナタがきっぱりと言った。その言葉にソフィアの顔が明るくなる。それが伝染するように皆の顔に血色が戻って行った。
「あ、あなたなら…」
カナタの戦闘力を敵として知っているクラルも少し顔に色が戻って来た。
「よし! 我らで討伐隊を組むぞ! 先方をカナタに! 我らは後続としてサポートする! ソフィアとアイリはクラルを連れて地上に、そしてこのことを緊急にカンダ伯トリーに報告するのじゃ。手持ちの戦力を全部回せとワシが言っていたと伝えよ!」
ベンドリックが激を飛ばす。皆、生き返ったような顔つきになりそれに従った。そしてカナタはこの世界にきて初めての「新敵キャラ」に沸々と闘志がわくのを感じていた。
(果たしてどんな敵になっているのやら…)
「クラルさん」
別れ際のクラルにカナタが声をかけた。
「シュトルムが持っていた[魔物の手]ってアイテムはどんなものでした?」
「え? なんというか… 干からびた人の手のような… そんな感じのものでしたが… 私も見るのも初めてのものでした… それが何か…」
「いえ、僕も聞いたことないアイテムなのでちょっと気になって。…なんだか便利そうですよね」
「ええ、たしかに。あんなアイテムがあったらダンジョン攻略が恐ろしく楽になりますからね。私も感心したものですが… ただ、異様な禍々しさも感じました。まだ生きているかのような…」
クラルはおぞましいものを思い出すかのように言う。カナタは「わかりました」と話を切り、ソフィアたちと地上に上がるのを見送った。
([魔物の手]なんてアイテムは[仮初の世界]にはなかった…。どうもゲームの範疇… つまりマジェスタ様の作ったこの世界を逸脱する勢力があるみたいだな… 油断できないぞこれは)
カナタは改めて兜の尾を結ぶ気持ちで先に進む。
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