第三章 フェニックス その3

「困りましたねぇ。まったく使えない人たちです」

 少し離れた建物の屋上から、カナタとフェニックスとの戦いを観ていた者がいた。タイヤールである。

「下手を打つにしても、よりによってディールを持っていかれては…今後の活動に支障をきたしかねません…私がいきましょうかね…でも、なにか嫌な感じがする建物です…何かあるのか…」

「その活動ってやつ、俺に教えてくれないかな」

 タイヤールが振り向くと、そこには猫型の獣人族、コーシカがいた。

「いつの間に…。私に気づかれずここまで近づけるとは…相当に隠形がお得意な方ですな。どなたです?」

「俺のことはどうでも良いよ。あんたの独り言で言っていた[活動]ってやつを聞かせてくれないかな。このままほっとくとカナタに始末されちゃいそうなんでね。その前に教えてよ。ね、お願い」

 コーシカは軽口を叩く。が、全身は殺気で満ちていた。それはタイヤールも同じで、表面上平静を保っているが、全力で相手を叩き潰すような緊張を全身から発していたのだ。

「また、独り言を言っていましたか。私の悪い癖です。生まれのせいかもしれませんが… ふうむ。貴女もかなりレベルがお高そうです…が、私には勝てませんよ」

「それは…どうか…にゃ」

 次の刹那、互いに踏み込み一気に間合いをつめ一撃を加える。夜の冷たい空気がひどく振動する。

 俊敏性と攻撃力に全振りしているコーシカの一撃は、タイヤールを吹き飛ばす。しかし、しっかりガードしておりすぐに態勢を立て直し反撃に出た。その攻撃をかわしながらもう一撃コーシカが加えるがダメージが通らない。タイヤールの防御力は相当に高かった。互いに何度か拳を交わすが、一進一退で決着がつかない。

「レベルは…30ですか。その割にはお強いですね。もう少し簡単に済むかと思ったのですが」

「おまえこそ…フェイクでレベルがわかんないけど、30以上は確実そうだね。冒険者でもないのにそんな高レベル聞いたこともない…何者だい? あんた」

「世の中には高レベルな相手など幾らでもいるものです。スキル[毒素吐出ポイズンミスト]!」

 タイヤールの紫色の口元から異様な煙が吐き出される。

「にゃっ! 毒攻撃? なんの職能を持ってるんだおまえ! まるで魔物じゃないか!」

 コーシカは毒の煙を避ける。後ろに飛び退り、そこから時計回りにタイヤールの位置に駆け抜けようとした。

「スキル[毒針駿撃ポイズンニードル]!」

 逆立つタイヤールの髪の毛が射出されコーシカを襲う。彼女の進路上に無数の針が走る。行く手を塞がれコーシカはたまらず建物の外に飛び出てしまう。猫のように建物の間を飛びながら、再び態勢を整えて屋根まで跳ね上がる。が、タイヤールの姿はそこにはなかった。

「まいったなぁ… こうも簡単に見失うとは…俺もヤキが回ったかな」


 コーシカとタイヤールの戦いが起きていた頃の寺院。地下手前の朽ちた礼拝室にディールを連れてきたのだが、流石にボニーに会わせるわけいかないので、ここで手当して落ち着いたら出ていってもらおうとカナタは思っていた。

(それにしてもこの子、なんて種族なんだろ。鑑定スキルでも表示されないってことは、既知の種族じゃないのは間違いない)

 ディールは寺院の領地内に入ったときから、ずっと小刻みにプルプル震えており、さらに呼吸が早い。留まりの壺の痺れ薬には効果はないし、どちらかというとひどく怯えている感じしか受けない。今もうつ伏せになって震えている。

「大丈夫か? 今、ポーション使うからな」

「あ、あぐぐ…」

「どっか苦しいのか?」

 ポーションで蹴られた傷や痺れはすぐに収まるハズだが、獣人の震えは止まらない。身体も萎縮したまま動くに動けない感じだ。

 ディールの背中を擦ったとき、背中の毛皮には何本もの黒い筋に気がついた。それらは模様になっているようで頭や腕に伸びている。

「ち、違うの…れす…わ、わらしはこ、ここにいてはいけないのれす…お、お願いします…そ、外に連れ出して…逃して…」

「え? 別にどうこうしようとは思ってないよ。逃げたければすぐにでも…」

「う、動けないのれす… こ、怖くて…い、今すぐ、連れ出して…お、お願いしますぅ…」

(よくわからないけど、苦しんでいるみたいだし、外に担いでいってあげるか…)

 カナタがそう思ったとき。

「ちょっとまって、その獣人、よく見たいからこっち連れてきて!」

 ボニーが真面目な口調で彼を呼び止めた。


 ボニーの指示で寺院地下の絵画の前にまでディールを運んだ。

「この子、キメラね。しかも魔物と獣人のハーフ」

「え? キメラってライオンの身体をもった…」

「そういうのもいるけど、この子の場合、意図的に作り出された…いわば新種。私もこんな種族知らないもの」

「なるほど、それなら僕が知らなくて当然だな。…それより、この子さっきから怯えたように身体を震わせているんだけど、なにかの病気? 治療してあげられないかな」

 ディールはさっきより遥かに症状が悪くなっていた。呼吸も早く浅い。言葉もはっきりとはもう言えない状況で震えている。二人には聞き取れてはいないが、口のなかで「許して、許して」と繰り返していた。

「しょうがないな。やってみますか」

「え? できるの?」

「逆に私じゃないとできないわよ。女神ボニーの名において…」

 彼女は祝詞を唱える。辺りがほんのり明るくなり、キラキラとした光がうつ伏せのディーンに降り注いだ。すると背中から身体の反面に伸びていた黒い筋が消えていく。それと同時に身体の震えが静まり、光が収まるころにはディーンは静かな寝息をたてて眠ってしまっていた。

「な、なんか凄いね。どんな治癒魔法?」

「治癒魔法じゃないわ。一種のお祓いね」

「どういうこと?」

「この子の魔物の部分を浄化して普通の獣人に戻してあげたの。この寺院は強力な結界が張ってあって、本来なら魔物や敵意のある人間は近づくことすらできない…まぁ、人間には効きづらいんだけど、魔物には効果テキメン。そんな場所に魔属性の者が入り込んだら…体調崩すだけじゃすまないわ」

「あーすると、僕が担ぎ込んだから…」

「そうねぇ。この子を苦しめたのはカナタかもね…(ニヤニヤ)。ま、そんなことより今回のことで魔力をつかっちゃったから、その分がんばってね」

「え? あ、そういえば絵の損傷が増えている気が…」

 以前、バフォメットを討伐したときに目に見えて修復した部分が元に戻っていることに気がつく。

「そうよ、私の本来の力が戻ればこんなこと朝飯前だけど、この状況だと魔力消費が過剰になっちゃうから…がんばって働いてね!」

「まじかぁ…」

 でも苦しんでいたディールがすやすやと眠っているのを見て「それでも良いか」と思うカナタであった。


 カナタの住む寺院でイザコザが起きていた同刻。オルソ伯の執務室に一人の男が訪ねてきた。

「トリー、こんな時間まで仕事をしておるのか? 相変わらずエコノミックアニマルだの」

 執務室に一人、いつものようにオルソ伯は書類に目を通していたところに現れたのは、ギルドマスターのベンドリックであった。召使いなどの家人の案内もなしに一人でふらりと現れた。家人の案内なしにこの部屋に訪れる者は以外に多いが、オルソ伯をトリーと愛称で呼べるのはこの街ではベントリックだけである。

 彼の本名はトリオロス・フォン・オルソ。三本角をもつハーフオーガだ。

「ビーストと言ってほしいですな。あのころのように。ようこそ師匠」

 正確にはベントリックはオルソ伯の師匠ではない。ただ、彼の剣の師匠がベントリックの盟友であり、同じ位敬慕していた。ビーストは今は亡き師匠やベンドリックとともに戦場を巡ったときの愛称である。

「例のダンジョンの詳しい報告書を持ってきた」

「わざわざありがとうございます」

「事が事、じゃてな。領地経営する者にとっては重大であろう」

「は、誠に。冒険者の育成にも役に立ちましょうや?」

「上層なら十分“練習”にはなるじゃろうよ。街に近いし、良いダンジョンをみつけてくれたものよ」

「…その見つけた冒険者ですが… いかがです?」

 オルソ伯の目が鋭くなる。ベントリックもそれを察する。

「正体は不明。どこから来たのかもわからん。まぁ、そんな冒険者はいくらでもおるし、今のところ普通の若い冒険者にしかみえん。バックもなさそうじゃな。…が、気になると言えば、今は街の外れにある寺院の廃墟で暮らしているそうじゃが…、相当に稼いでいるのにあの場所に執着するのはなにか理由があるのか…とも思える。単に物欲がないだけかもしれんが」

「あの寺院は古く、もう宗派も残っていない寺院でしたな」

「うむ。すぐに更地にされても良いのだが、何故か誰も手を付けず今となってはこの街で最も古い建物の一つになってしまっている」

「ひそかにその宗派の者がカバーしてきたのでしょうか?」

「それをしていたらお主の耳に入らぬわけがなかろう」

「たしかに… で、あの新人冒険者ですが聞く所によると恐ろしく強いと」

「…強い。間違いないだろう…ただ…」

「ただ?」

「あの強さはわしらとは根本的に違うものを感じる…。なんというか次元が違うというか…」

「魔の者でしょうか?」

「それはない。ウチの者が真っ裸にして身体検査しておるでの…そうそう、アーティファクトではレベルが上げれない体質のようじゃ」

「聞いております。レベル1だがどんな高レベルの魔物にも遅れをとらないと…なんだか血が騒ぎますな」

 オーガ特有の犬歯をむき出しにして笑う。

「おいおい、内ゲバはごめんじゃぞ」

「そんなつもりはありません。そこまで若くないですから」

 と、いいつつも腕の血管が少し浮き出し、身体が反応している。強いと聞くとどうしても血の騒ぎが収まらない。オーガの気性なのかもしれない。

「失礼します」

 ドアのノックと共にライチルが入ってきた。彼女も家人の案内を必要としない者の一人だ。

「ベンドリック様? お取り込み中でございましたか」

「かまわぬ。なんぞあったか?」

「は、例のフェニックスの一団ですが… 監視していたところ、先程、パーティーで宿から出たと連絡がありました。町外れの方に向かったので、まさかダンジョンの件が漏れたかと思ったのですが、彼らは町外れにある寺院の廃墟に向かったとか…」

「む、例の新人冒険者の住処だな」

「は、おそらくは昼間の意趣返しかと思われます」

「ベルゲン卿のバカ息子どもめ…面倒をおこしてくれるわ… どうしたものかのトリー」

 オルソ伯に話を向けるが、その前にライチルが口を開く。

「口を挟むようで申し訳ありませんが、どの様な理由にしろこの街で人を害することがあれば、ベルゲン卿、延いてはビフィル伯への圧力のカードになるかと。つぶさに経過を記録し…」

「そうではない。問題はこの街でフェニックスが全滅させられた上、ベルゲン卿も息子二人失うとなると…どう出てくるか…じゃ。」

「は? ベンドリック様はあのフェニックスが返り討ちに会うと…? たった一人の新人冒険者に?…ですか?」

 ライチルは常識はずれな物言いに冗談かと思い一瞬イラつきもしたが、ベンドリックが真面目に頭を痛めているのがわかったのでひどく困惑した。カナタの腕が良いのは報告で知っていたが、いくらなんでも一人で高レベルパーティーをどうにかできるものでもない。…しかし、二人の態度はそうではないことを如実に語る。

「ライチル。今どうなっておる? リアルタイムの状況はわかるか?」

「は、尾行している部下に魔法通信用の腕輪を持たせておりますので!」

 オルソ伯に促されライチルは手元の腕輪を起動する。

「今すぐ衛兵を動かして世間に喧伝するような真似はしない方がよいぞ、トリー」

「わかっております。何が起きようと内々にすませるつもりです」

「は、伯爵様… 状況がわかりました」

 詳しい事情はともかく、シュトルムが腕を切り落とされフェニックスは退散したということで、大事にはなりそうもなく完全に静観することにした。が、オルソ伯もベンドリックもシュトルムに一度[釘]を刺さねばならないとは思っていた。


「いやー悪いね、こんな夜更けに訪ねてきた上に、治療までしてもらって」

 コーシカはカラカラ笑いながら、朽ちかけた礼拝堂でカナタに毒消しのポーションをかけてもらっていた。

「ポーションはたくさんあるから別にいいけど、まだ、なんでこんな時間にここに来たか聞いてないよ」

「まぁ、なんというか、カナタに挨拶でもしようかと思って…以前、世話んなったし…こんな夜更けに俺のような綺麗なお姉さんが訪ねてきたから期待しちゃった?」

 そう言って胸を強調し“しな”をつくる。「うっふん」とか自分で言いそうである。それをジト目で見返すカナタ。

「以前もそうだったけど、コーシカは謎が多すぎて信用できないんだよな」

「そんな、信用されないなんて、お姉さん悲しい」

 芝居がかった仕草で話をそらすのでカナタとしてはやりづらくてしかたない。

「ときに… 小柄な獣人を担ぎ込んでいたようだけど、そいつはどこ?」

 流石にこれにはカナタがギクリとした。今は地下の隠し部屋で寝ているが、この地下の秘密は知られてはやっかいである。特にこの能天気を装う得体の知れない獣人に知られるのはまずい。

「て、手当したらさっさと逃げていったよ…」

「ん~ ホント?」

「…な、なんだよ。なにかおかしいか?」

「うーん。俺も全部見てたわけじゃないからな… でも、まさかとは思うけど… カナタって小柄な獣人が好きって趣味?」

「なんでそうなる!」

「いやぁ、人族にたまにそういう奴がいるから… 虜にでもしているのかなって」

「そんなことする趣味も余裕もありません!」

「ん~ 俺にも小さな妹いるから心配になっちゃうんだよな… カナタには会わせられないかも」

「だから、獣人の子になにかしようという趣味はないってば!」

「なにかって…なに?」

(このクソ獣人!)

 このままだとコーシカのペースである。カナタは今までの話を振りろうとコーシカの傷の話をする。

「どうでもいいけど、その傷… というか傷を侵している毒って何? 毒効を消すのに普通のポーション量じゃ全然足りないよ」

「うーん、実はわからないんだよな…これが」

「また秘密か?」

「いやいや、これはマジでわかんない。毒のダメージはいくらでも受けたことあるけど、効果がここまで切れない毒は初めてでさ、正直、毒消しのポーションって初めて使うのよ」

 獣人族のそれも高レベルのコーシカにしてみると、大抵の毒は自分で解毒するかレジストしてしまう。あまりに酷い色に変色していたので、気を使ったカナタが毒消しのポーションを使ったのである。

「どんな敵と戦ったのさ。想像がつかないんだが」

「うーん、それもわかんない。鑑定スキルが通用しなかったから…」

(まさか別のキメラ?)

「それにカナタみたいにフェイクのアイテム使ってたからレベルもはっきりわからなかったな。多分、レベル30以上はあると思うけど」

「そういえばコーシカ。以前会ったときよりずいぶんレベルが上がっているようだけど…」

「わかる?! あれから一生懸命レベル上げしてさ! カナタのトカゲ退治見て触発されちゃったんだ。それで、カナタは今レベルいくつ?」

 まだ、彼女はカナタが本当にレベル1であることを知らない。耳に入っているかもしれないが信じていない。

「秘密」

「ちぇっ! 自然に聞き出せたかと思ったのにな…」

(どこまでも計算高い…)

 一泊することを勧めたが、コーシカはすぐに帰っていった。フェニックスとのイザコザをただ確認するためだけに来たみたいだ。

 ただ、帰り際―

「ああ、カナタ、今日のお礼に一つだけ忠告しておくよ。フェニックスにはタイヤールって奴がバックについている。コイツにだけには気をつけてな。じゃあにゃ」

 と、言っていた。カナタには意味がわからなかったが、ディールにしろそのタイヤールにしろ、このままではすまなさそうである。

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